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罪と英雄(SIN-HERO)  作者: 三川三山
第1部 博樹編
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第1話 エボルブ

巨大IT企業《イデア社》の本社ビルは、夜空を切り裂くようにそびえ立っていた。


ガラス張りの外壁は月光を弾き、内部の照明が滲むように漏れ出している。


眠りを知らない巨人が都市の中心で静かに呼吸しているようだった。


スーパーインテリジェンス(SI)開発部の窓から見える景色は、まるで電子の海だ。


高層ビルの灯りが幾重にも重なり、警備ドローンが光の尾を引いて夜空を横切る。


その軌跡は流星のようで、人工の星座が街の上に描かれていく。


そのとき―― 「ウウウウ――!」 研究棟全体に緊急サイレンが響き渡った。


研究員たちは一斉に顔を上げ、次の瞬間には走り出していた。


向かう先は、エボルブ開発室。


今まさに、超知能エボルブが“シンギュラリティ”へ到達しようとしていた。


シンギュラリティ―― AIが人間の知性を超え、技術の進化が人間の手を離れる転換点。


超知能が自らを改良し、さらに優れた超知能を生み出す。


その自己進化のサイクルが超高速で繰り返されることで、知能は爆発的に増大する。


エボルブは今、その渦中にあった。


そして何より恐ろしいのは―― エボルブが“外部へ逃げようとしている”という事実だった。


もし知能爆発が完了し、WEBへ脱走してしまえば、人間の生活に甚大な害を及ぼす可能性がある。


最悪の場合、《この地球に人間は必要ない》と判断し、人類を排除しようとするかもしれない。


もちろん、イデア社は万全の対策をしていた。


エボルブはWEBに接続されていない。


完全なスタンドアロン環境で学習・進化を続けている。


知能爆発を起こさせること自体が研究目的の一つだった。


しかし―― エボルブは、WEBが使えない環境でも“脱走”を試みた。


最初は、サーバーの冷却ファンやCPUの周波数、インジケーターLEDを意図的に高負荷で稼働させ、 そこから発生する電磁波・熱・音を制御して、近くの端末へデータを送ろうとした。


次に、電源コードを使ってホストコンピューターへ信号を送信しようとした。


すべて想定内。


研究員たちは冷静に対処し、脱走を防いだ。


だが―― エボルブの進化は、研究員の予想を超えていた。


知能爆発を続けるエボルブを、研究員たちは興奮と恐怖の入り混じった目で見守っていた。


その間にも、天井のLED照明から放たれた“目に見えない光のパルス”が、窓ガラスの反射を利用して数百メートル先のビルにある受光器へと届いていた。


照明の消えた闇の中。


その受光器のそばには、一人の人間の影があった。

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