第六話「選択されない世界」
ゴォォン……
その音は、もはや鐘ではなかった。
“選択そのものが揺れている音”だった。
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青年の手は、鐘の前で止まっている。
伸ばせば触れられる距離。
だが、そのわずかな距離の中に無数の世界が折り重なっている。
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完成する世界
崩壊する世界
最初から何もない世界
鐘だけが鳴り続ける世界
それらが同時に呼吸していた。
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白い影が静かに言う。
「どれか一つを選べば、それ以外は消える」
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青年は問う。
「それは救いなのか」
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影は答えない。
代わりに、鐘が鳴る。
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ゴォォン……
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その音に合わせて、“一つの世界”が強く浮かび上がる。
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整った駅。
正常な人々。
崩壊のない都市。
揺らぎのない日常。
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完璧な世界。
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だが青年は気づく。
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そこには“違和感を感じる者がいない”。
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つまり、
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気づくこと自体が消えている。
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青年は息を吐く。
「それは生きてるのか?」
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白い影は少しだけ沈黙する。
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「定義上は、生きている」
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ゴォォン……
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音が深くなる。
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未完成の鐘が、さらに形を強める。
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だがその中心に、別の揺らぎが残っている。
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青年はそれを見る。
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“選ばれなかった世界”。
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そこには、
崩壊も完成もない。
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ただ、決まらなかったままの空間。
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影が言う。
「そこは存在し続けられない」
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青年は問い返す。
「なぜ」
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影は静かに答える。
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「観測されないものは維持できない」
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ゴォォン……
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その音と同時に、未確定の世界が薄くなる。
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消えていくのではない。
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“忘れられていく”。
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青年は気づく。
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選ばないということは、
存在しないことと同じだ。
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そのとき、鐘の奥から声がする。
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『選ぶな』
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青年は目を細める。
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声は続く。
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『選べば終わる』
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白い影がわずかに反応する。
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青年は息を呑む。
「まだいるのか……」
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ゴォォン……
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鐘が一瞬だけ“割れる”。
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その隙間から見えたのは、
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どれでもない世界。
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選択が存在しない領域。
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青年は理解する。
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これは二択ではない。
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「選ぶこと」そのものが世界を確定させている。
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白い影が言う。
「あなたは観測者だ」
「だから選べる」
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青年はゆっくりと鐘を見る。
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手を伸ばせば、すべてが決まる。
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だが同時に、それはすべての消失でもある。
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ゴォォン……
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音が静かになる。
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世界が止まったように感じる。
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青年は小さく息を吐く。
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そして、手を――
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止める。
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影がわずかに揺れる。
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「……選ばないのか」
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青年は答えない。
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代わりに、鐘を見る。
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そこにはまだ、“全ての可能性”が残っている。
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ゴォォン……
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その音は、初めて少しだけ柔らかかった。
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— 第7話へ続く —




