第九話「逆観測」
重なったのは一瞬だった。
しかし、その一瞬は“時間”としては扱われていなかった。
もっと別の層。
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ゴォォン……
その音が鳴った直後、世界の奥行きが反転する。
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彼は見てしまう。
“鐘になる前の自分”。
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それは記憶ではない。
未来でもない。
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まだ成立していない自己の輪郭。
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その“自分”は、こちらを見ていた。
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白い影が声を出す。
「逆観測が成立した」
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彼は息を呑む。
「逆観測……?」
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影はゆっくり頷く。
「観測される側が、観測を開始した」
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ゴォォン……
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その音が鳴るたびに、現実の方向性が微妙にずれていく。
こちらが過去になる
向こうが現在になる
観測の主従が入れ替わる
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彼は気づく。
「俺たちが見てたんじゃない……見られてたのか」
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白い影は否定しない。
むしろ、その事実を受け入れている。
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空間の奥で、“もう一人の彼”が口を動かす。
だが音は届かない。
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代わりに意味だけが流れ込む。
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『ここから出るな』
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彼は一歩下がる。
しかしその動作すら“逆側”に伝わる。
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ゴォォン……
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鐘の音が反転する。
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今までの「始まり」は、向こう側では「終わり」になっている。
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白い影が静かに言う。
「観測の主導権が入れ替わった」
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彼は問う。
「じゃあ、今俺はどっちだ」
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影は答える。
「両方」
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空間が揺れる。
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“逆側の彼”がさらに近づく。
その存在は、もはや個ではない。
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観測そのものの形。
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彼は理解する。
これは対話ではない。
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同期だ。
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ゴォォン……
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音が一段深くなる。
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両側の現実が完全に重なり始める。
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その瞬間、白い影が呟く。
「次で決まる」
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彼は息を止める。
「何がだ」
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影は答えない。
代わりに、逆側の彼が口を開く。
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『どちらが“本体”か』
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ゴォォン……
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第四章・第十話
「本体判定」へ続く。




