第一話「聞こえるはずのない音」
その日、誰も異常に気づいていなかった。
ただ一つを除いて。
「音が、遅れてる」
大学生の青年は、イヤホンを外しながら呟いた。
電車のホーム。
アナウンスが鳴る。
しかし、声が“意味より先に消える”。
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「……今の、聞いたか?」
隣にいた友人は首をかしげる。
「何が?」
「いや、今……変な音が」
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ゴォォン……
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その瞬間、ホームの空気がわずかに沈む。
しかし誰も気づかない。
誰も“それを音として認識できない”。
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都市は正常に動いている。
だが、内部だけが少しずつズレている。
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同時刻。
山間部の無人神社跡。
そこに新しい“鐘の影”が現れていた。
形はない。
しかし、存在している。
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その中心で、小さく何かが動く。
人影。
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顔は見えない。
だが確かに“意識”がある。
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その存在は、初めて声を発した。
「……ここか」
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ゴォォン……
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音は返事のように鳴る。
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都市へ戻る。
青年は駅のベンチに座っている。
スマートフォンを見ても異常はない。
だが画面の端に、小さな黒い点がある。
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それは、少しずつ広がっていた。
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友人が言う。
「お前、顔色悪いぞ」
青年は答えようとして、止まる。
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“音”が来る。
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ゴォォォン……
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今度ははっきり聞こえる。
しかし周囲の誰も反応しない。
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青年だけが立ち上がる。
「……聞こえるのか?」
誰に向けた言葉でもない。
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その瞬間。
駅の天井に“円形の影”が浮かぶ。
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都市のどこかで、同時に同じ影が発生している。
高層ビル
学校
病院
住宅街
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すべての場所に、“鐘の気配”。
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青年の耳元で声がする。
木村の声ではない。
鈴音でもない。
もっと古い、重いもの。
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「戻り始めた」
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青年は振り返る。
そこには何もない。
だが確実に“見られている”。
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ゴォォン……
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その音とともに、駅の時計が一瞬止まる。
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そして再び動き出すとき。
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世界は、少しだけ違っていた。
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第三章・第二話
「円の再出現」へ続く。




