007 だめです
プニカメの飼育所、もといレインの執務室にやってきた魔王コスモは、真剣な表情でプニカメたちを観察していた。
鋭い視線に見つめられ、プニカメたちは怖がって後退りしてしまう。
「さて、どの子を勇者のもとに遣わそうか」
コスモはプニカメに顔をぐっと近づける。
プニカメたちはふるふると震えながら、小さな目を見開いていた。
「コスモさん、プニカメちゃんたち怖がってます。やめてください」
コスモは私の言葉を聞いてこちらへ視線を向ける。
私が言ったことは全く伝わっていなかったのか、コスモは私の肩に乗った小さなプニカメを見つけると、近づいて凝視した。
「その子もいいかもね……」
ぼそりとつぶやく彼の顔は悪役のそれだ。でも、魔王のような大物の悪役ではない。ヒロインに絡むがすぐに主人公が現れて倒される、そんな小物の悪役の顔だ。魔王なのに。
「ね、レインはどう思う?」
コスモが振り返った先には、涼しい表情のレインがいた。いつもと何ら変わりのない無表情のはずだが、私にはレインが怖く見えた。
「魔王様、今日から出禁です。二度と来ないでください」
「えっ、な、なんで?」
珍しくレインが怒っている。もしかすると、彼が怒っていたとしても私が気づいていないだけかもしれないけれど、今回は誰が見てもわかるぐらいに怒りのオーラを纏っていた。
「プニカメを怖がらせる奴なんか、この世から消えてほしいです」
いつも通りの抑揚のない淡々とした口調が、今は鳥肌が立つほど怖い。
遠回しにコスモがこの世から消えればいいと言っているけれど、魔王にそんなこと言って大丈夫なのだろうか。それが考えつかないぐらい、レインは頭に血が上っているらしかった。
レインは、怒らせてはいけない人ナンバー1かもしれない。
「レインもそう言っていることだから、行こうか兄ちゃん」
「え……カオス、なんでここに……」
違った。一番怒らせてはいけないのはこのひとだった。
少し前から気配を消してコスモの後ろに立っていたカオスに首根っこを掴まれ、コスモの顔がサーッと青くなる。カオスの邪悪な笑みは、まさしく魔王だった。側近なのに。
「ちょ、ちょっと待って……レイン、シエル!」
「自業自得です。真面目に仕事してください」
カオスに連れ去られるコスモには見向きもせず、レインはプニカメをぷにぷにしていた。
無慈悲にも、執務室の扉は閉ざされた。その先では、悪魔による説教が……想像するだけでも恐ろしい。
「気を取り直して、勇者のもとへ行かせるプニカメを選びましょうか」
「そうだね……」
レインはプニカメに癒されたのか、いつもの調子に戻った。
勇者にプニカメを送って魔物への恐怖心を和らげようという作戦、名付けて、プニカメ大作戦。緊急会議にて、それを実行することが決まったらしい。
勇者のもとへ送るプニカメは、人に慣れている子ではないといけない。そんなわけで、レインの執務室にいるプニカメの中から選ぶことになったのだ。
「勇者の好きな色とか、知っていますか?」
「うーんとね……黄色とか、明るい色かな。まあ、五年前だから変わってるかもだけど」
そう言いながら、私はプニカメたちを見た。その中に勇者が好きそうな色合いの子を見つけ、抱きかかえた。
「この子は? 柑橘類ちゃん」
黄色とオレンジのグラデーションがきれいなプニカメ。この色の美しさには、勇者も魅了されてしまうだろう。
「柑橘類はすぐ脱走して迷子になるので無理でしょう」
「あー……無理だね」
私は柑橘類を床におろす。
「じゃあ、ほっぺたちゃんは? 人懐っこくて――」
「だめです」
私は思わず顔をしかめた。我ながら良い人材――カメ材? を見つけたと思ったのだが。
「小さすぎて、勇者が気づかないかもしれません」
「そうかな?」
何者かに頬を触られれば、さすがに気づくのでは。でも、レインはほっぺたが肩の上にいることに気づかないことがあったし、たしかにレインの言う通りかもしれない。
「じゃあ、泥ちゃんは?」
「だめです。あの子は人見知りなので」
「なら、水まんじゅう――」
「だめです」
レインはプニカメをぎゅうっと抱きしめた。
これはつまり、どのプニカメも勇者に渡したくないということか。
ずっと一緒に過ごしてきた大事な家族と離れることになるのだ。レインの気持ちはよくわかる。
「ん? どうかしたの?」
足元にいる、派手な模様のプニカメ――組長が、何かを訴えるように私の目を見つめている。
「……もしかして、プニカメ大作戦に協力してくれるの?」
それに答えるように、組長は小さな手を挙げた。
「組長さんはどう?」
「まあ……組長が行きたいというなら、良いと思いますけど……ですが……」
組長は、レインの執務室にいるプニカメたちのリーダー的存在。
プニカメの中では比較的頭が良く、脱走はしたことがないし道にも迷わない。
ネオングリーンの体はよく目立ち、気づかれないこともないだろう。
ただ、甲羅に不気味な模様が描かれているため、勇者が必要以上に警戒してしまわないか心配だ。
いや、勇者は警戒心を抱く前にこの可愛さの虜になってしまうだろうから、要らぬ心配かもしれない。
レインは組長をぷにぷにしながら持ち上げる。組長はレインの服をぎゅっと掴み、ぷにぷにボディーで誘惑する。
その可愛さにやられたのか、レインは組長を抱きかかえたまま固まった。
「レインくん?」
「やっぱり……だめです」
組長をぎゅうっと抱きしめたレインの声は、少しだけ震えていた。