表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/76

047 友達と見る夕日

 海に飛び込まないのであれば好きにしていいと言われたので、私は船のデッキを歩いていた。今日はずっと部屋と外を行ったり来たりしている気がする。


 レインはというと、勇者の行動を把握したいからと、勇者パーティーのところへ行ってしまった。私は正体がバレるとまずいから、勇者たちのところへは近づかないようにしている。


 時間が経つのはあっという間で、もう日が傾いてきていた。赤くなった日の光が、海に差し込み輝いている。


 そんな様子を眺めていると、デッキの手すりから夕日を見ている、真っ黒な人影を見つけた。そんな格好をしているのは、きっと一人しかいない。


「マリーナさん」


 私は彼女の隣へ行き、話しかけた。


「お疲れ様です」


 マリーナは頷き、夕日へ視線を戻した。


「綺麗ですね」


 彼女はもう一度頷く。しばらく夕日を眺めた後、マリーナは紙にペンを走らせた。


『私に敬語は使わなくて大丈夫です。それから、呼び捨てで呼んでください』


 私がそれを読み、マリーナの顔の辺りに視線を移すと、彼女はフードを掴んで引っ張った。顔を見られたくないらしい。


「わかった。じゃあ、マリーナも敬語は使わないでいいよ」


 マリーナはこくりと頷き、新たな文章を私へ見せた。


『シエルちゃんって呼んでいい?』


「うん、いいよ」


 私が頷くと、マリーナは紙の束をぎゅっと胸に抱いた。表情は見えずとも、嬉しさが伝わってくる。


「ずるい。わたしも、いれて」


 空から、しゃべるコガラス――ティフォーネが下りてきて、手すりにとまった。


 マリーナはさらさらと文章を書き、ティフォーネへ見せる。


『じゃあ、ティフォーネちゃんって呼んでもいい?』


 文字を見せられたティフォーネは首を傾げた。


「わたし、文字、読めない」


 マリーナは、そんなこと予想外だったのか、焦ったように、視線を文字とティフォーネの間で行ったり来たりさせている。


「ティフォーネちゃんって呼んでもいいかって」


 私がマリーナの言葉をティフォーネに伝えると、マリーナは安心した様子で息を吐きだした。


「ティフォーネちゃん?」


 驚いたように、コガラスの小さな目を見開き、ティフォーネはマリーナを見た。


「いいよ」


 マリーナの、ローブから少し見える口元が、ほころんだのが見えた。


「ちゃん、ともだちに、つける、聞いた」


 友達。その言葉に、マリーナは少しうつむいた。私が首を傾げていると、彼女は決心したように言いたいことを書いた。


『ふたりとも、私と、お友達になってくれませんか?』


 レインに攫われて、魔王城に囚われて、五年。友達は……レインやプニカメたちを含むならたくさんできたが、含まないのなら誰もいない。そもそも私は人質なのだから、友達なんてできるわけがない。


 マリーナとティフォーネは、私が魔王軍の協力者だと思っている。私が本当は人質で、魔王軍の味方ではないと知ったら、どう思うだろうか。


 ……だけど、この船旅の間だけでも、ふたりと仲良くしたかった。


「もちろん、いいよ!」


「なんて、書いてある」


「友達になってって」


「ともだち。いい響き」


 ティフォーネはマリーナの頭の上へとまった。


『これからよろしくね』


「うん!」


 マリーナは上機嫌でペンを動かした。長い文章なのか、時々考え込みながら、丁寧に書いているようだった。


「わたし、文字、勉強する」


 そう言って、ティフォーネはマリーナの手元を覗き込んだ。それだけでわかるようになるはずがなく、ティフォーネは首を傾げていた。


 マリーナは文を書き終え、息を吐きだす。そして、私たちへそれを見せる。


『まずは自己紹介をしよう。私はマリーナ。マーフォーク族だよ。好きな食べ物はリンゴ、嫌いな食べ物は、お魚とか、お肉』


 マーフォーク族――魚のような、人のような、どちらにも属さない種族だ。水中でも地上でも生きていけるというが、戦闘能力は他の魔族と比べて低いと聞く。それでも、人間よりも断然強い。前四天王でレインの師匠であるひとも、マーフォーク族らしい。


 私がティフォーネに伝えたのを確認して、マリーナは紙をめくった。


『魔王軍に所属するテイマーで、好きな魔物はクラーゲン。趣味は、魔物さんたちと泳ぐことかな』


 ティフォーネは、好きな魔物がコガラスではないことに、むっとしていた。


「次、わたし。名前、ティフォーネ。種類、コガラス。好き、パン。嫌い、プニカメ」


「なんで!?」


 思わず口をはさんでしまった。プニカメを嫌いだなんて、信じられない。


「おいしくない」


「食べっ!?」


 そういえば、こうして話せるけど、ティフォーネはコガラス。プニカメにとっては天敵となる魔物なのだ。


「止めちゃってごめん。続けて」


 あんな可愛いプニカメが食べられるなんて……信じたくない。


 少し顔色を悪くした私に首を傾げながら、ティフォーネは続けた。


「仕事、アイレの、ほさやく。趣味、ない。おわり」


 次は私の番だ。魔王コスモは私が人質だと知られたくないようだから、それは黙っておく。


「私はシエル。人間だけど、今は魔王軍にいるよ。好きな食べ物はメロンパンで、嫌いな食べ物は辛いもの。いつもはプニカメのお世話をしていて、趣味はお菓子作りかな」


 何も嘘は言ってない。


 全員が自己紹介を終えると、マリーナは沈む夕日のほうを見た。


『もう沈んじゃうね』


 夕日はそうしているうちにも、どんどん海に沈んでいく。


『もっとお話ししたかったけど、また明日かな』


「うん、明日も話そう」


 マリーナはこくりと頷き、ローブの下で顔をほころばせていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ