047 友達と見る夕日
海に飛び込まないのであれば好きにしていいと言われたので、私は船のデッキを歩いていた。今日はずっと部屋と外を行ったり来たりしている気がする。
レインはというと、勇者の行動を把握したいからと、勇者パーティーのところへ行ってしまった。私は正体がバレるとまずいから、勇者たちのところへは近づかないようにしている。
時間が経つのはあっという間で、もう日が傾いてきていた。赤くなった日の光が、海に差し込み輝いている。
そんな様子を眺めていると、デッキの手すりから夕日を見ている、真っ黒な人影を見つけた。そんな格好をしているのは、きっと一人しかいない。
「マリーナさん」
私は彼女の隣へ行き、話しかけた。
「お疲れ様です」
マリーナは頷き、夕日へ視線を戻した。
「綺麗ですね」
彼女はもう一度頷く。しばらく夕日を眺めた後、マリーナは紙にペンを走らせた。
『私に敬語は使わなくて大丈夫です。それから、呼び捨てで呼んでください』
私がそれを読み、マリーナの顔の辺りに視線を移すと、彼女はフードを掴んで引っ張った。顔を見られたくないらしい。
「わかった。じゃあ、マリーナも敬語は使わないでいいよ」
マリーナはこくりと頷き、新たな文章を私へ見せた。
『シエルちゃんって呼んでいい?』
「うん、いいよ」
私が頷くと、マリーナは紙の束をぎゅっと胸に抱いた。表情は見えずとも、嬉しさが伝わってくる。
「ずるい。わたしも、いれて」
空から、しゃべるコガラス――ティフォーネが下りてきて、手すりにとまった。
マリーナはさらさらと文章を書き、ティフォーネへ見せる。
『じゃあ、ティフォーネちゃんって呼んでもいい?』
文字を見せられたティフォーネは首を傾げた。
「わたし、文字、読めない」
マリーナは、そんなこと予想外だったのか、焦ったように、視線を文字とティフォーネの間で行ったり来たりさせている。
「ティフォーネちゃんって呼んでもいいかって」
私がマリーナの言葉をティフォーネに伝えると、マリーナは安心した様子で息を吐きだした。
「ティフォーネちゃん?」
驚いたように、コガラスの小さな目を見開き、ティフォーネはマリーナを見た。
「いいよ」
マリーナの、ローブから少し見える口元が、ほころんだのが見えた。
「ちゃん、ともだちに、つける、聞いた」
友達。その言葉に、マリーナは少しうつむいた。私が首を傾げていると、彼女は決心したように言いたいことを書いた。
『ふたりとも、私と、お友達になってくれませんか?』
レインに攫われて、魔王城に囚われて、五年。友達は……レインやプニカメたちを含むならたくさんできたが、含まないのなら誰もいない。そもそも私は人質なのだから、友達なんてできるわけがない。
マリーナとティフォーネは、私が魔王軍の協力者だと思っている。私が本当は人質で、魔王軍の味方ではないと知ったら、どう思うだろうか。
……だけど、この船旅の間だけでも、ふたりと仲良くしたかった。
「もちろん、いいよ!」
「なんて、書いてある」
「友達になってって」
「ともだち。いい響き」
ティフォーネはマリーナの頭の上へとまった。
『これからよろしくね』
「うん!」
マリーナは上機嫌でペンを動かした。長い文章なのか、時々考え込みながら、丁寧に書いているようだった。
「わたし、文字、勉強する」
そう言って、ティフォーネはマリーナの手元を覗き込んだ。それだけでわかるようになるはずがなく、ティフォーネは首を傾げていた。
マリーナは文を書き終え、息を吐きだす。そして、私たちへそれを見せる。
『まずは自己紹介をしよう。私はマリーナ。マーフォーク族だよ。好きな食べ物はリンゴ、嫌いな食べ物は、お魚とか、お肉』
マーフォーク族――魚のような、人のような、どちらにも属さない種族だ。水中でも地上でも生きていけるというが、戦闘能力は他の魔族と比べて低いと聞く。それでも、人間よりも断然強い。前四天王でレインの師匠であるひとも、マーフォーク族らしい。
私がティフォーネに伝えたのを確認して、マリーナは紙をめくった。
『魔王軍に所属するテイマーで、好きな魔物はクラーゲン。趣味は、魔物さんたちと泳ぐことかな』
ティフォーネは、好きな魔物がコガラスではないことに、むっとしていた。
「次、わたし。名前、ティフォーネ。種類、コガラス。好き、パン。嫌い、プニカメ」
「なんで!?」
思わず口をはさんでしまった。プニカメを嫌いだなんて、信じられない。
「おいしくない」
「食べっ!?」
そういえば、こうして話せるけど、ティフォーネはコガラス。プニカメにとっては天敵となる魔物なのだ。
「止めちゃってごめん。続けて」
あんな可愛いプニカメが食べられるなんて……信じたくない。
少し顔色を悪くした私に首を傾げながら、ティフォーネは続けた。
「仕事、アイレの、ほさやく。趣味、ない。おわり」
次は私の番だ。魔王コスモは私が人質だと知られたくないようだから、それは黙っておく。
「私はシエル。人間だけど、今は魔王軍にいるよ。好きな食べ物はメロンパンで、嫌いな食べ物は辛いもの。いつもはプニカメのお世話をしていて、趣味はお菓子作りかな」
何も嘘は言ってない。
全員が自己紹介を終えると、マリーナは沈む夕日のほうを見た。
『もう沈んじゃうね』
夕日はそうしているうちにも、どんどん海に沈んでいく。
『もっとお話ししたかったけど、また明日かな』
「うん、明日も話そう」
マリーナはこくりと頷き、ローブの下で顔をほころばせていた。