043 協力者って何のこと?
客室は、ベッドが二つと、小さな机が一つという、質素な部屋だった。丸い窓から見えるのは、青く輝く海。狭くも落ち着きのある空間は、船旅での疲れを癒すのにぴったりだった。
私とレインで相部屋なのだが、レインはそのことを知らなかったようで、さっき荷物を置きに来たとき、「シエルさんと相部屋、シエルさんと相部屋……」とぶつぶつ呟いていた。それが嬉しさゆえなのか、嫌だったからなのか、彼の表情と声色からは読み取れなかった。
レインは部屋のドアがしっかり閉まっていることを確認したのち、耳に手を当てた。
「魔王様、聞こえますか?」
返事を待つ。が、待っても何も聞こえなかった。
「取り込み中でしょうか」
レインは諦めて手を下ろす。
レインにプニカメの島の存在を教え、船の予約をしたのは、魔王コスモだ。ちょうど同じ船に勇者が乗っているだなんて、コスモが最初から仕組んでいたとしか思えない。それなのに、コスモとの通信魔法が繋がらないとは、一体どういうことだ。
「勇者が同じ船に乗ったのは、ただの偶然だったりして」
「そうでしょうか。プニカメの島はあまり知られていない場所ですし、そんな運悪く鉢合わせることなんてないと思いますが……」
確かに、プニカメが大好きすぎるレインでも知らない島なら、田舎出身で情報に疎い勇者やアストが知りえるわけがない。もし誰かから聞いたとしても、二人なら「へーそんな島があるんだー」程度で忘れ去られるだけだ。イルやチユはあまり冒険者の知り合いがいるようではなかったから、どこからプニカメの島を知ったのか、本当に謎である。
コンコン、と誰かが部屋の扉を叩いた。
私たちは顔を見合わせる。スタッフの人だろうか。今の会話は外に漏れてなかっただろうか。
考えていても仕方がない。レインは私にそこで待つよう指示すると、扉に手をかけた。
「あなたは……」
少しやり取りをしたのち、レインは来客を部屋へ上げた。
どう見ても怪しい人だ。来客は、黒のローブをすっぽりと被っており、顔を隠すようにうつむいている。その手には、紙の束とペン。来客はさらさらと紙に何かを書き、こちらへ見せた。
『初めまして。私はマリーナと言います。決して怪しいものではなく、魔王軍に所属するテイマーです』
魔王軍の一員、ということは魔族だ。それが乗客や船の乗組員にバレないよう、マリーナと名乗った来客は、ローブで姿を隠しているのだろう。
『私は声が出せません。筆談でもよろしいでしょうか?』
レインはこくりと頷く。
『ありがとうございます』
マリーナは、今度は時間をかけて、紙に文章を書いた。
『私がここへ来たのは、勇者への試練についてお伝えするためです』
私とレインは顔を見合わせた。一体何の話だ。私たちが考えている間に、マリーナは次の文章を書き終えてしまった。
『すでに、私がテイムしたクラーゲンという魔物が待ち構えています。船を襲わせるときは、合図をください』
「ちょっと待ってください。何の話ですか……?」
レインは人見知りのせいで訊けないとわかっていたため、私がマリーナに尋ねた。
彼女は驚いたように一瞬静止し、そののちに、震える手で文章を書く。
『魔王軍四天王のレイン様と、協力者のシエルさん、で合ってますよね?』
文字は手の震えのせいで、さっきまでの字よりも形が悪くなってしまっていた。別の人に計画内容を話してしまったかもしれない、という不安でいっぱいだったのだろう。
マリーナは私のことを協力者だと思っているらしいが、実際は人質である。でも、人質が人間界に行ったなんてことが知られれば、魔王軍の信用がなくなる。だから、マリーナには協力者だと伝えたのだろう。
「合ってますよ」
『それならよかったです』
マリーナは安堵の息を吐きだした。それから、次の文章を見せた。
『もしかして、何も聞かされていませんか?』
私たちが頷くと、マリーナは目を見張るような速さでペンを走らせた。
『この船を魔物に襲わせ、勇者へ試練を与えるようにと、魔王様からのご命令がありました』
その文章を読み、私はレインを見た。
「コス……魔王様から聞いた……てました?」
私が協力者なら、魔王のことを「コスモさん」と呼ぶのはおかしいし、魔王軍四天王であるレインに敬語を使わないのもおかしい。そう思ったら、かなり変な話し方になってしまった。
「いいえ、全く」
レインはちらりとマリーナを見た。レインは初対面のひとに緊張して、力が入ってしまっていた。だからか、マリーナにはレインが睨んでいるように見えたらしい。
『本当です。これは確かに魔王様からの手紙です』
マリーナはそう書いて見せたのち、封筒を取り出してレインへ渡した。彼はそれから手紙を取り出すと、さらりと目を通す。
「この印は魔王様のもので間違いありません」
レインは私へ耳打ちする。
「別に疑っていたわけではなかったんですけど……本当みたいですね」
私とレインは顔を見合わせ、面倒なことになった、とため息をついた。