修復の代償と、万能の少年の選択
神の演算機「エデン」に手をかざしたクロノの脳内に、世界を修復するための唯一の『正解の数式』が浮かび上がる。しかし、それと同時に、彼の「完全看破」は非情な現実をも映し出していた。
「……なるほど。これが、この世界の歪みを正すための『代償』ですか」
クロノの呟きに、ルナが敏感に反応した。
「代償って……どういうこと、クロノ!?」
「天界、地上、地獄の三界を繋ぎ止め、暴走するシステムを初期化するには、膨大なエネルギーを一点に凝縮して制御する必要があります。その負荷に耐えられるのは……僕の持つ【神への誘い手】の全スキルと、これまで集めてきたすべてのジョブデータだけです」
「それって、あんたの力が全部消えちまうってことじゃない!」
ガイルが叫び、千代も動揺を隠せない。
「主、それはあまりにも……! 我ら全員の力を合わせても、身代わりにはなれぬのか?」
ジードも影の中で拳を握りしめ、いつもの余裕を失っていた。クロノがこれまで歩んできた軌跡のすべてを失う。それは、彼が「万能の少年」でなくなることを意味していた。
しかし、クロノはいつもと変わらない、穏やかで涼しげな笑みを浮かべた。
「皆さん、僕のスキルは何のためにあったと思いますか? 常に窮地を切り抜け、みんなで笑い合える『最高の結末』を選ぶためです。ここで世界が消えてしまっては、これまでの冒険がすべて無駄になってしまう」
クロノの瞳が、最後の、そして最も激しい青い光を放つ。
「それに、スキルやジョブが消えたとしても――僕がみんなの『リーダー』であることは変わりません。僕を信じて、少しだけ力を貸してください!」
その言葉に、仲間たちの目に宿る迷いが消えた。彼らが信じた少年は、いつだって最悪の盤面を最高の正解へと変えてきたのだ。
「……応ともよ! 魔法が消えようが何だろうが、あんたは俺たちのリーダーだ!」
ガイルが叫び、ルナが最後の魔力をクロノへと繋ぐ。ジードと千代が、迫り来るシステムの防衛ノイズを完全に遮断した。
「【神への誘い手】――最終アクティブスキル『世界案内』!!」
クロノが杖をエデンの核心へと突き立てる。
次の瞬間、天界を、そしてすべての世界を包み込むような、圧倒的な純白の光が炸裂した。
光が収まったとき。
天界のデジタルノイズは完全に消え去り、そこにはかつての美しい雲海と、平穏を取り戻した三界の姿があった。
「……終わった、のね」
ルナが周囲を見渡す。システムは完全に修復されていた。
そして、その中心に立つクロノの手から、純白の杖がサラサラと光の粒子になって消えていく。彼のステータス画面に並んでいた数々の最強ジョブはすべて白紙に戻り、ギルドカードはただの『見習い冒険者』の表記に変わっていた。
「クロノ……」
仲間たちが駆け寄る。
クロノは自分の手のひらを見つめ、それからみんなを振り返って、にっと悪戯っぽく笑ってみせた。
「ふぅ……。すっかり身体が軽くなりました。これで僕も、ようやくただの『冒険者』に戻れましたね」
最強の看破スキルも、万能の力も失った。
しかし、彼の目の前には、命を預け合える世界最強の仲間たちが揃っている。
「ガハハ! ただの冒険者からやり直し、か! 悪くねえ、また一から、俺たちと一緒に最強を目指そうじゃねえか!」
ガイルがクロノの肩を叩く。
「そうね、今度は私たちがクロノを引っ張ってあげる番よ」
ルナが微笑み、ジードと千代も深く頷いた。
力はなくとも、その頭脳と絆は健在。
万能の少年だったクロノと、彼を愛する仲間たちの『本当の冒険』が、ここから再び始まろうとしていた。
(神聖領域編・完)




