24・少女は旅立ちの証を求めて・2
リルフォードを出る前に、アスターシャとドリューはとある施設に立ち寄る。
それは大きな街にはほぼ存在している場所だ。
『冒険者ギルド』。
世界中の街に点在し、冒険者として生きる者を補助したり、手助けする組織だ。
そこでは世界情勢を確認出来たり、情報交換の場でもあり、冒険者にとっては最も重要な場所でもある。
その最たる大きな特長としては、その地域の大小関わらず、街からの依頼などを張り出している。
冒険者はその自由と引き換えにしたかのように、収入という点に置いては安定とはいい難く、ロマンと金は比例しない。
その過酷な冒険から、金銭面で足を洗う人間が一定数いるのもまた事実だ。
ギルドは各地からの仕事を集約させ、それを冒険者に引受させる。依頼主は困りごとの憂いが無くなり、冒険者は懐が潤う。
両者の潤滑油的な位置づけとして、ギルドは存在している。
冒険者の世界を回るその足は、世界の広さや情報を調べるのにも友好な手段となり得る。
アスターシャとドリューは、リルフォードギルドに立ち寄り、今後の指針を決める。
何か手頃な仕事があれば、そこを当面の目標として行き先にするつもりだった。
ギルド内はアスターシャと同様の情報を求める同業者がポツポツと伺える。
壁に張り出された求人の張り紙に、アスターシャは細い目で見定めている。
「これなどはいかがでしょう」
アスターシャが指を刺したのは、目玉である大型の魔獣討伐の依頼では無く、片隅に申し訳程度に張り出されている紙片だった。
「・・・収穫期のため、見回り、警備の募集」
その文面を目で追いつつ、ドリュー。その紙に記されたのは、山間の小さな村からの依頼だった。
そこは広大な果樹園を有する村であるらしく、記されている依頼文の通り、収穫までの果実や野菜などの守備であるらしかった。
山間部故、そこは野生の獣と同居するエリアのため、毎年の収穫時期には必須なのだという。大昔は村で応対を行っていたが、時代と共に冒険者とギルドの繋がりが出来上がってからは、その警備を外部に委託することも増えていった。農家は作業に専念でき、警備は手練れの戦士に任せられる。
報奨は決して多くはないが、その時々の旬の果実もそこに含まれるのではないかという打算もある。
「いかがでしょうか?」
「俺は構わない」
ドリューもその考えに同意。
アスターシャは手続きに早速カウンターに向かう。
一枚板の向こう側にいたのは、妙齢の中年男性だ。メガネに口ひげを蓄えた彼は、目の前に現れたアスターシャに胡乱な視線を向けている。
「すみません、この依頼を引き受けたいのですが」
受付の男性は、差し出された紙をテーブルの上で滑らせ、反転。
記された文面に目を巡らせた後、頭上の少女へとメガネを向け直す。
「・・・これは誰でも引き受けられる難易度の依頼だが」
そのセリフは、目の前のアスターシャの身なりを見てのものだろう。女性の冒険者は今では物珍しくもないが、アスターシャにまで若いと、その当たり前は狭まれる。
依頼は、実力と信頼で成り立つ事業だ。依頼をこなせない安請け合いをしてしまえば、ギルドの信頼に関わる。
「見たところ、お嬢ちゃんはギルドに冒険者登録していないようだが」
ギルドへの登録は、ギルドに関わる冒険者の統制の意味合いもある。
依頼を多くこなしたり、その成功率やギルドへの貢献度によって、その人物、引いてはそのチームの名声はランクという制度となって還元される。ランクが高ければ依頼を受けやすくなり、より高度、高難度の仕事も受けられる。
冷やかしや楽観的に身分不相応な仕事を引き受けられても困る。ギルドと冒険者との間にあるのもまた、信用だからだ。
「では、ギルドへの登録もお願いしてよろしいですか?」
受付男性は依頼とは別の紙をカウンターしたから取り出しながら、
「・・・お嬢ちゃんはシングルか?」
冒険者は、それに挑む人数に制限はない。それもまた自由だ。
だが、あまりにも少人数、大所帯では条件にそぐわない依頼もある。
「いえ、お付きの」
そこまで言って、アスターシャは口を切り。珍しそうに張り出されている壁に目を向けている遠間の大柄に視線を向けた。
「仲間があそこに」
そう、笑顔で言ったのだった。
カウンターに現れたその見上げるような体躯に、受付の中年男性は眼鏡の奥で目を丸くさせる。
「・・・では、ふたり体制のチーム、と」
受付男性は手慣れた手つきで紙面にペンを走らせ。その先をアスターシャに手渡し、名前を書くように促す。
「この先仲間が増えるようなことがあれば、その都度ギルドで更新するように」
アスターシャはドリューの分の名前も書き終え、それを男性に戻す。その紙をメガネの奥の目で見定めた後。
「・・・では、こちらで登録しておこう」
アスターシャは書類を書き直されるのではないと思ったが、何とか受理されたようでほっとした。
ドリューの名前はともかく、自分の名前を書く欄に、本来の自分の名前を記してしまったのだ。それをペンで塗りつぶした後に、その横にこの旅での偽名を記した。
「では、こちらも」
続いて、本来の目的である依頼の手続きに取り掛かる。
依頼を受けるための大まかな流れは、引き受けるのが個人だろうがチームだろうが、代表者の名前を記し、契約金と称した幾ばくかの前金を支払う。
今度は仮の名前をちゃんと書く。
長いこれからの旅を考えると、決して安いとは言えないお金を支払い、書類を字で埋め。これで依頼の受理は完了。
その場で冒険者の証である印を手渡された。円状で、コインを模したような、木製の。
それは、ギルドで登録した冒険者としての証。これからの功績でランクと共に素材も変化する。
アスターシャは木のメダルを感慨深そうに握りしめる。この旅が終わりを迎える時、手の中のメダルはどんな色になっているだろうか。
「収穫の時期は決まっているから、向かうなら早いほうがいいぞ」
受付の男性が依頼の紙でもギルド登録の紙でもない、別の紙を取り出す。それは、ここら一帯の地図だった。
「アブル村へは、こっちの方が近いが、こっちのルートの方が・・・、安全だろうな」
受付の男性は、親身になって依頼先の村までのルートを教えてくれた。
「ありがとうございます」
「・・・まあ、頑張りなさい」
アスターシャは深く腰を折り、礼。ドリューを伴いギルドを後にした。
聞き慣れた喧騒が耳に戻る。
受付の男性は、アスターシャの書き残した書類に目を落とす。
初々しい文字は、初めての世界への緊張が見て取れる。
ギルドの事務作業は、広がる世界へ飛び立つ若人を繋ぐだけでなく、見守る仕事でもある。
今もまた、新たな世界に飛び込む少女達を見送ったところだ。その手助けを出来ることが、この仕事の楽しさでもあり、誇りなのかも知れない。
外の世界に出ることは、かねてからのアスターシャの夢でもあったが、ギルドに登録し、その立場を改めることは、確実にその世界に足を踏み入れたことの証明に思えた。
「受付で、思わず本当の名前を書いてしまいましたの」
数分前の出来事だ。この旅では素性を隠すためにアスターシャは偽名を名乗っている。どうやら仮の名前は自分で言い出しっぺにも関わらず、未だ自分に馴染んでいないらしい。例えギルドに登録するその名前が一国の姫だったとしても、面白くないイタズラだと思うだろうが。
依頼先であるアデル村に向かう道すがら。
アスターシャとドリューは、既に舗装整備された街道を外れ、山道に足を踏み入れ始めている。
「この依頼を受けたのは、俺達の情報を少しでも手に入れるためか?」
「それだけではないですけど」
冒険者として初心者であるアスターシャは、手練れであるドリューの助けがあるとは言え、新米にも程がある。だからこそリルフォードでは人攫いの利き目に遭いかけたわけだが。
この広大な世界を渡り歩くには、アスターシャには何もかもが足りない。旅立つ前に城の家臣の手助けもあり、剣の腕を始めとする武技については、一端に届くような物を手に入れたと自負している。
「人里離れた場所には『規格外』の情報もあるかと思いまして」
『規格外』とは、太古の昔から『竜人族』から枝分かれした存在らしい。
人の姿を手に入れた『竜人族』とは異なり、自我を持つことは叶わず、『竜人族』の姿を模した『怪物』に他ならない。対話による解決はままならず、その命を断つことでしかその攻撃性を収めることは叶わない、悲しき存在。アスターシャも実際にその場に居合わせた。同族の姿に刃を振るわなければならない虚しさ。その時のドリューの表情を、昨日のことのように思い出す。
『規格外』は、本来は『竜人族』の祖である竜の本質を体現させた存在だと語る学者もいる。『竜人族』の方こそ、異質なのだと。言葉や文化こそ人に似せてはいる者の、その姿は見知らぬ人間にとっては醜悪そのもので。だからこそ、初めてロズタリアに現れた時、城の人間はその姿に畏怖をもたらし。伝説として人間に恐れを抱かせ続ける。世界に適応出来ない、そちらの方が哀れで悲しい存在なのだと。
アスターシャはそうは思わない。
『竜人族』が人の姿を手に入れたのは、人間と繋がる運命を悟ったからなのかも知れない。その遠い時代のことを知らないアスターシャには、楽観にも似た希望的観測に過ぎないだろう。
でも、こうして今。
その『竜人族』の戦士と肩を並べて歩いている。だからきっと、その夢も有り得ない夢物語では無い気がするのだ。
「『竜人族』の情報すら無いのに、そこに『規格外』の情報があるとは思えないが」
『竜人族』いるところに『規格外』あり。逆に言えば『竜人族』の生息地域を大きく外れた場所に『規格外』は出現しないのだとドリューは言う。それは、同種族の結びつきがそうさせるのか。
仮に『規格外』に遭遇した時、ドリューはそれに刃を向けなければならない。そして、その時。
アスターシャはそれを見守るのか、手を貸すのか。
ドリューと旅を共にするということは、その悲しみを分け合う覚悟を持つことなのかも知れない。
「今は、受けた依頼を忠実に守ることを念頭に置いたほうがいい」
どんな依頼も高レベルで遂行し、信頼を得る。この広い世界を冒険者として生きていくには、あって困るものでも無いだろう。
アスターシャとドリューは、涼やかな風の吹く緑の回廊の中、目的の地へただ、足を進めるのであった。




