王家が恐れる存在について
富裕層だけでなく、貴族が多く集まる場に行き、しらみつぶしに情報を集めることにした。
まず向かったのは、貴族の間で流行っているという歌劇。
神話時代の悲劇を舞台化したものであった。
主神と女神の悲恋だったが途中で猛烈な睡魔に襲われ、眠っていたようだ。
民衆となった元悪神達が大騒ぎする場面で、ハッと目覚める。
どうやら物語は終盤で、人間界の話になっていた。
とてつもない革命が起きたようで、神が選んだ王族達が死にかけているシーンだった。
申し訳ないと思ったものの、隣で勇者様も爆睡しているのを発見し、ホッと胸をなで下ろす。
上演中は誰も喋らないので、情報を得られないまま終わってしまった。
続いて足を運んだのは、世界のお宝が出品される競売。
大した物に見えない商品が、とんでもない金額で落札されていくのを、白目を剥きながら見ていた。
王家が脅威に思う、裏社会のボスが出入りしているかもしれない、と思ったものの、残念ながら全員身元がはっきりした貴族の面々ばかりだったらしい。
なんでも勇者様は国内の貴族であれば、顔と名前をすべて暗記していると言う。
その頭脳をどうして魔法学校時代に生かさなかったのか、謎でしかない。
最後に向かったのは、神話時代の絵画展が行われている美術館だった。
こういう場所に行くのは初めてだったので、中に入ってから気付く。
皆、静かに絵画を鑑賞していた。
なんでも私語厳禁らしい。入る前に言ってほしかった。
一応、入場料を払ったので、絵画を見て回る。
神の誕生から、神話戦争時代、悪神の魂を浄化させてから人間を作る様子など、さまざまな場面が描かれていた。
途中、ひときわ大きな絵画に人が集まっていた。
背中に翼を生やしたお爺さんが、見目麗しい若者に冠を捧げている場面が描かれている。
皆が皆、羨望の眼差しを向けているので疑問だった。
首を傾げている私に勇者様が気付いたようで、こっそり解説してくれた。
「あれは主神が人間の中から王族を選んでいるところを描いたものだ」
「ああ、なるほど」
初めてこの世界で行われた、戴冠式というわけなのか。
王族はどこから生まれたのか、というのがわかる一枚であった。
それから先も、神話時代の絵画が続く。
どれも抽象的なものばかりで、神話を深く読んでいないと理解できないものなのだろう。
途中、勇ましい猪に跨がる神の姿が描かれているのに気付いた。
神が跨がっているのは間違いなく、聖猪グリンブルスティを描いたものだろう。
鞄の中にいるぶーちゃんを呼んで、絵画を見てもらった。すると、ぶーちゃんは恥ずかしそうに『ぴい』と小さく鳴く。
ちなみに勇者様は、神様が跨がる猪を見てもぶーちゃんだとわかっていなかった。
それどころか「あの猪、五十人前はありそうだな」と食材を見るような視線を送っていた。
がっくりとうな垂れてしまう。
最後に展示されていたのは、処刑されそうになっていた王族が、光を手にしたシーンである。
光を手にした王族はどや顔で逆らう民衆を倒していた。
なんとも趣味が悪い絵だな、と思ってしまう。
思いのほか展示されていた枚数が多く、ぐったりと疲れてしまった。
外にでると、勇者様が話があると言う。
「私は気付いてしまった。王家が恐れる存ざ――むが!!」
慌てて勇者様の口を塞ぐ。
人通りの多いところで何を言いだすのか。誰がどこで話を聞いているかわからないので、普段から発言には注意しないといけない。変装しているとはいえ、安心はできないのだ。
だんだんと太陽が沈んできていたので、今日の調査はこれくらいにしよう。
馬車に乗って公爵邸に戻ったのだった。
一日中鞄の中にいたイッヌやぶーちゃん、メルヴは疲れただろう。
イッヌは勇者様の膝の上に載せ、ぶーちゃんには果物の盛り合わせを与え、メルヴには蜂蜜水を作ってもらった。
皆、嬉しそうにしていたので、ホッと胸をなで下ろす。
帰宅後、勇者様の気付きとやらについて話を聞く。
部屋には防音効果のある魔道具が置かれているようで、声にだして話しても問題ないらしい。なんでも公爵が用意するよう執事に命じていたようだ。
「さすが、公爵様ですね」
「父上は用心深すぎるのだ」
逆に、勇者様は無用心が過ぎている。この親子は足して二で割ったらちょうどいいのかもしれない。
「それで、今日一日の調査で何がわかったのですか?」
「ああ。王家の者達が恐れている存在について、私は気付いてしまった」
欠伸をしながら聞いていたら、真面目に聞くようにと怒られてしまう。
勇者様は私と夫婦の振りをするのに疲れていないらしい。私は慣れていないことの連続で、気疲れしてしまったというのに。勇者様の図太い神経が羨ましくなってしまった。
勇者様は背筋をピンと伸ばし、真剣な眼差しで喋り始めた。
「彼らが恐れているのは――神だ!」
「ああ、なるほど。たしかに、神様は王家の上に唯一立てる存在ですよね」
神の怒りを買ったら、国王といえども逆らえないだろう。
「ただ、神を味方に付けるというのは、魔王と手を組むよりも難しい話のように思えるのですが」
「まあ、それはそうかもしれない」
それにもしも神に会えたとしても、イーゼンブルク猊下の罪を悪と認めてくれるだろうか?
「もしも神様が悪を憎み、打ちのめしてくれるのならば、この世界に悪人はいないのでは?」
この世には悪がはびこっていて、弱い者が強い者の餌食になる世界だ。
神話時代以降、神は人間世界に介入せず、傍観している。
きっと今回の件を神様に訴えても、「知らんがな」と言うに違いない。
「ふむ……。私の気付きを、全否定だったな」
「ええ。そもそも神様の存在なんて、信じてなかったので」
「そうか」
一瞬、ぶーちゃんに頼んだら神様のもとに連れて行ってもらえるのでは? と思ったものの、どうせ会っても碌でもない存在だろう。
だって、神様は私に才能を授けてくれなかったから。
それだけではなく、私がもっとも不幸だと思っていたときに、神様は助けの手を差し伸べなかった。
神様は人間に対し、平等ではない。
きっと王族の罪も、見逃しているのだろう。そう思えてならなかった。




