大森林へ
どうやら名付けをもって、契約を結んでしまったようだ。
魔物使いの補助がないと、できないはずなのだが……。
勇敢なる者は幾多の可能性を秘める才能なので、契約できたのかもしれない。
はーーーーー、と盛大なため息が零れる。
どうして勇者様は、厄介事を引き寄せる天才なのだろうか。
ひとまず、勇者様の足元でうろうろしているぶーちゃんをどうにかしなければならないだろう。
この人混みだと、小さなぶーちゃんは踏まれてしまうかもしれない。
勇者様に抱いて移動するように言ったら、素直に従ってくれた。
「ふはは。ぶーちゃんはいったいどれくらい大きくなるのだろうか?」
勇者様が精肉店の店主に問いかけると、一般的な豚の大きさを示していた。
「そうか、そうか、それくらい大きくなるのか。成長が楽しみだな!」
ぶーちゃんは精肉店の店主が示した寸法よりも、さらに大きくなるだろう。
神話に登場する聖猪グリンブルスティは馬四頭分ほどの巨大な猪で、馬よりも速く駆け、〝恐るべき歯を持つ者〟という異名を持っている。
気性が激しく、極めて獰猛。主人と認めた神以外従わないと神話に書かれていた。けれども今、目の前いるぶーちゃんは勇者様の胸の中で大人しく抱かれている。
呪いがかかっていて、弱体化しているとあった。そのため、従う振りをしている可能性がある。
「勇者様、ぶーちゃんとの契約はどうなっていますか?」
「契約?」
「ええ。名付けにより、イッヌ同様、ぶーちゃんも勇者様の配下になっているそうです」
どうやら無意識だったらしい。勇者様は真顔でぶーちゃんに「そうなのか?」と問いかけていた。
ぶーちゃんは勇者様の言葉を理解しているようで、片手を挙げつつ『ぴい!』と鳴いていた。
「イッヌは勇者様からの魔力供給のみで、餌を与える必要はありません。ぶーちゃんも同じように、勇者様が魔力を分け与える契約なのでしょうか?」
勇者様はぶーちゃんに「どうなんだ?」と尋ねる。
『ぴい、ぴいいいい!』
「ふむ、そうか」
契約を交わしたからか、勇者様はぶーちゃんの言うことがわかるらしい。
「勇者様、ぶーちゃんはなんとおっしゃったのですか?」
「食事が必要らしい」
「なるほど」
どうやらぶーちゃんには餌が必要だと言う。
飼育費は勇者様が負担する上、餌を持ち運ぶのも勇者様だ。まあ、大きな問題ではないのだが。
「魔法使いよ、ぶーちゃんを大きくするためには、餌は何を与えたらいい?」
「そうですね。なんでも食べると思いますが、持ち歩きしやすいものであれば、イモやナッツ類でしょうか」
「わかった。それらを購入しよう」
野菜を売る通りに向かい、イモを購入する。
勇者様は山のように詰まれたニンジンを掴んで、私を振り返った。
「魔法使いよ、これがイモとやらなのか!?」
「違います」
生まれてこの方、食卓で待っていたら料理が運ばれてくるという環境で育った彼は、野菜の名前は知っていても、どういう形状をしているのか知らないらしい。
「勇者様、それはニンジンという野菜です。隣にあるのはカブ」
「これは知っているぞ! 魔法学校に勤務している魔法薬学科の教授が研究室で育てていた。名前はキュウリだ!」
「それはズッキーニです」
「親戚みたいなものだろうが」
「まあ、ウリという括りでは仲間みたいなものですが……」
面倒になってきたので、青果店の店主にジャガイモを八つほど頼む。手持ちの革袋に入れるよう頼んだ。
ずっしりと重たいそれを、勇者様に押しつけた。
「ぐっ、けっこう重たいな」
「ぶーちゃんを大きくするために、頑張ってください」
「う、うむ。そうだな」
その後、ナッツと蜂蜜を購入する。
蜂蜜はぶーちゃんが店先で欲しがったのだ。甘い物を所望するなんて、贅沢な豚畜生である。
「よし、こんなものだな」
あとは、塩分も必要だろうと思い、岩塩も買った。
それらの食材はすべて革袋に詰め、勇者様の腰ベルトに吊す。
「むううう……食材を持ち歩いていると、少々動きにくいな」
それをしたいと望んでいたのは勇者様である。発言にはきちんと責任を持っていただきたい。
「あとは、魔法薬を購入しましょう」
「ああ、そうだな」
必要な品々を買い集めたので、大森林へ向かおう。
教会に行き、近くにいた修道女に大森林への入り口について尋ねる。
「では、ご案内しますね」
教会内を歩くこと五分ほど。大森林への転移陣があるという、広間に行き着く。そこには大勢の冒険者達がいて、賑やかな様子を見せていた。
行列を成しており、先が見えないほどである。
「こ、これは――!?」
「あちらが最後尾になります」
にこやかな表情のまま去って行こうとする修道女の腕を掴み、どういうわけなのか問い詰める。
「あの、大森林は世界樹を隠す結界の役割があると聞きました。立ち入りは制限されていて、どうしても入りたい者達は多額の寄付を募る、なんて話を耳にしていたのに、どうしてこのようにたくさんの冒険者がいるのですか?」
「大森林への立ち入りが規制されていたのは、先代の枢機卿がいらっしゃった時代です。今の枢機卿になってからは、寄付は大きく減額され、誰でも出入りできるようになったそうですよ」
「そ、そんな!!」
魔王が出現し、世界樹を厳重に守らなければならない時期だろうに、大森林への入場を制限しないなんて。
いったい誰の仕業か、と修道女に問い詰める。
「その、現在の枢機卿はどなたなのですか?」
「イーゼンブルク猊下です」
「ああ……」
アイゲングラフォ・フォン・イーゼンブルク――たしか、現国王の弟だ。
教会関係の中央役員はすべて王族関係者で固められている。
おかしな決定が下っても、誰も指摘なんてできないのだろう。
「大森林には危険なモンスターが最近出現するようになったと聞きます。それなのになぜ、冒険者達が集まっているのでしょうか?」
「教会がモンスターに懸賞金をかけるようになったそうです。それから、大森林内には稀少なアイテムや素材が取得できるようで」
これまで未踏の地だったので、珍しい物がたくさん眠っているのだろう。
「最深部には近寄れないよう、イーゼンブルク猊下が強力な結界を張っているというので、心配ありません」
「はあ」
聖都に冒険者が多かった理由を理解する。皆、大森林へ賞金稼ぎとアイテム集めをしにきていたのだ。
「他にご質問は?」
「ないです」
今度こそ、修道女は微笑みながら去って行く。
入場前だというのに、ぐったり疲れてしまった。




