金で救える命がある
ぶーちゃんは首輪を装着され、鎖で繋がれた状態でてくてく歩いている。反抗するような態度はいっさい見られない。
さらに、イッヌに対しても社交的な態度を見せている。
今は勇者様に鎖で繋がれた者同士、仲良く肩を並べてシャカシャカついてきていた。
年若い女性冒険者は、イッヌやぶーちゃんを見て、「かわいい!」と甲高い声をあげている。端から見たら、愛らしい犬と豚にしか見えないのだろう。
ミニチュア・フェンリルのイッヌはまあいいとして、ぶーちゃんの正体は聖猪グリンブルスティである。本当の姿を前にしたら、ひっくり返るに違いない。
「勇者様、この行列を並んで大森林へ入るようです」
「面倒だな。勇者だから、特別に早く行かせてくれないのか?」
「そういう融通は利かないと思いますよ」
もしもイーゼンブルク猊下と知り合いであれば別だろうが。
「勇者様はイーゼンブルク猊下との繋がりはないのですか?」
「あー、一度夜会で言葉を交わした覚えがある程度だな」
イーゼンブルク猊下の年頃は五十代半ばくらいだろうか。
国王よりも三つ年下だ。
幼少期より教会に身を置いているので独身である。
イーゼンブルク猊下と顔見知りならば頼んだらどうか。なんて提案したものの、勇者様は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
「あのお方とは、なるべく顔を合わせたくない」
「どうしてですか?」
「いや、イーゼンブルク猊下は私に興味があるようで、ベタベタ触られたことがあったから」
勇者様ほどの美貌の持ち主であれば、男女関係なく魅了してしまうのかもしれない。そういうお声がかかるのも無理はないのだろう。
今も金ぴかの超絶ださい装備さえ身に着けていなければ、女性冒険者から黄色い声援を受けていたに違いない。
それよりも、イーゼンブルク猊下が頂点に君臨する聖都の機能はどうなっているのだろうか。大森林を冒険者に自由に行き来させるなんて、どうかしているの一言である。
勇者として苦言を呈してほしいところだが、イーゼンブルク猊下に対して苦手意識があるようなのでここは黙っておく。さすがの勇者様も、王族相手に尊大な態度で接することはできないだろうし。
そんなわけで、私達は大森林へ繋がる転移陣の列に並び、大人しく順番を待ったのだった。
待つこと一時間半ほど。やっとのことで受付までやってきた。
名前と年齢、職業などを冒険者名簿に記入すると、修道女が寄付を集う。
「大森林へ入場するには、半銀貨一枚の寄付をいただきます」
思っていた以上にお手頃価格で入場できるようだ。
「使い魔は銅貨七枚いただきます」
勇者様が財布から銅貨を出すと、修道女から「あと七枚です」と追加徴収を言い渡される。
「使い魔はイッヌだけだが?」
「そちらの豚さんの分もいただきます」
「いいや! ぶーちゃんは非常食、食材アイテム扱いだ!」
生きている上に名前まで付けている豚を食材扱いするなんて、かなり無理があるだろう。
勇者様は払う気がないので、代わりに私が払っておく。
修道女は苦笑しつつ、寄付金を受け取った。
非常食扱いされたぶーちゃんをちらりと横目で見る。
イッヌとじゃれ合い、楽しそうに遊んでいた。
どうやら勇者様の失礼発言は聞いていなかったようで、ホッと胸をなで下ろす。
修道女はゲホンゲホン、と大きく咳払いし、説明を再開させた。
「大森林の内部は強力なモンスターが高い確率で出現します。今現在のパーティーですと、少々苦戦するかもしれません」
金貨一枚で他のパーティーを紹介しようか、と提案を受ける。
「今ならば、槍騎兵、盾役と回復師のパーティーが待機しておりまして、剣士と魔法使いを求めているようですが」
有料でパーティーのマッチングをしているなんて驚いた。けっこう高額なのは、そこそこ需要があるのだろう。
勇者様はきっぱり「必要ない」と言って断っていた。
「最後のご案内になりますが、大森林では一日三百名以上の冒険者が命を落としており、毎日のように運び込まれております。冒険者と名乗る者の中にはたくさんの略奪者がいて、遺体を運ぶことと引き換えに、稀少なアイテムを引き抜く者も多いようです」
ここでは略奪者に渡す金貨を忍ばせていても、スルーされる確率が高いらしい。
冒険者達が持っているアイテムや素材のほうが高価だからだ。
命が助かるのだから、その辺で拾ったアイテムくらい失ってもいいだろう。
「そこで、こちらでご紹介しておりますのは、大森林と教会を繋げる転移魔法が付与された、魔法巻物です」
全滅しそうになったら、その魔法巻物を使えばいいわけだ。
略奪者に所持金を奪われるよりは、転移魔法で教会まで戻ったほうがいいのだろう。
ただ、金額が気になる。思いきって聞いてみた。
「でも、お高いんでしょう?」
「いいえ!! こちらの魔法巻物、普段は金貨二十枚でご紹介しているのですが、今なら特別に、一枚金貨十枚ほどでお譲りいたします!!」
修道女は輝かんばかりの微笑みを浮かべ、魔法巻物を紹介してくれる。
思わず、「高っ!!」と叫んでしまった。
「大森林には金貨五十枚の価値がある虹水晶や、金貨百枚で取り引きされる魔法薬、エリクシールの素材、幻とも言われるメルヴの葉なども採取できます。それらを考えたら、金貨十枚の寄付なんて安いものです」
話を聞いているうちに、金貨十枚の魔法巻物を安く感じるから不思議だ。
「手持ちがないという方には、貸し金貨も行っております。十日で一割、利子をいただくことになりますが」
なんとも悪徳な金貸しである。神聖なる教会がするような行為とは思えなかった。
「勇者様、魔法巻物、どうします?」
「私の実力があれば、必要ないだろう」
回復師がいなくなってからというもの、何回も死んだことを覚えていないというのか。
よく実力云々なんて言えるな、と思ってしまった。
私は死にたくないので、隠し持っていた金貨で一枚だけ購入しておいた。
やっとのことで、大森林へ行けるらしい。修道士の案内で転移陣まで移動する。
「こちらが大森林へ繋がる転移陣になります。下り立つ先は無作為となっておりますので、ご了承ください」
小さな使い魔は転移途中にはぐれる可能性があるようで、勇者様は左腕にイッヌ、右腕にぶーちゃんを抱えていた。
「魔法使いよ、お前も私に掴まっておけ」
どうやら私も、小さき存在と認識されているらしい。
広い大森林の中ではぐれたくないので、勇者様の腰ベルトを掴んでおく。
「大森林の中にはいくつか帰還用の転移陣がございますので、無理だと思ったらすぐに教会へ戻ることをオススメします」
また、途中に宿泊施設や道具屋、死者蘇生をしてくれる教会もあるようだ。大森林の中に何を作っているのか。
まあ、助かるには助かるのだが……。
修道士が転移陣を発動させる。すぐに視界がくるりと入れ替わり、教会の中から深い森の中へ下り立った。
勇者様はイッヌとぶーちゃんを抱えた状態で華麗に着地し、私は背後に転んで尻を打ってしまう。
大森林の内部は魔力が濃く、少し息苦しい。
木々は天を突くように高く伸びていて、空を覆い隠すくらいだ。
周囲は少し霧がかっていて、昼間だというのに薄暗かった。
「ここが大森林か」
「ええ」
転んで手を突いた先に、ヒール薬草が生えていた。
一枚摘んでみると、ほのかに光っているのがわかる。
「勇者様、このヒール草、なんだか光っているのですが」
「それはヒール草ではない。キュア薬草だ」
キュア薬草というのは、ヒール草よりも回復力が高い薬草らしい。
めったに発見されないので、道具屋では高値で取り引きされているのだとか。
「では、この辺一帯に生えているものすべて、キュア薬草というわけなのですね」
「みたいだな」
こんなに簡単に、稀少な薬草が手に入るなんて。
冒険者達が押し寄せるわけである。
この先何があるのかわからないので、ありがたく摘んでおいた。




