旅の目的
回復師は勇者様から転移の魔法巻物を使って追放されたあと、ベヒーモスと戦闘中だった勇者様(本物)と賢者のもとへ下り立ったらしい。
「死にそうになっていた私達を、この子が助けてくれたの」
そのご縁で、一緒にパーティーを組んで旅することになったようだ。
「それでね、あなた」
賢者から突然指をさされ、宣言される。
「あなたが勇者だと思っているのは偽物で、彼女こそ真なる勇者なのよ!!」
「あ、知ってます」
思いがけない言葉だったのだろう、賢者は目を丸くする。
偽物という言葉は見当違いだが、補欠については彼女らに説明しないほうがいいだろう。
補欠勇者がいるから、と途中で魔王を倒す旅を諦めてもらったら困るから。
「本物の勇者じゃないってわかっていながら、どうして一緒に旅をしているの?」
「私にも彼と共に旅する理由があるんです」
突然、回復師がガタッと音を立てて立ち上がる。
ワナワナと震えながら、質問を投げかけてきた。
「魔法使いさん、あなたもあの人が好きなの?」
「いいえ、ぜんぜん」
「だったら、どう思っているの?」
「我が儘で情けなくて、自分勝手で考えなしの、クズ男だと思っています」
聞かれたことを答えただけだったのに、シーンと静まり返ってしまう。
これまで勇者様を批判していた賢者ですら、口元を押さえて「あなた、言い過ぎじゃない?」と言ってきた。
「私は勇者様に対し、好意はまったく抱いておりません。利害の一致で一緒に旅するまでです」
回復師は安心したのか、ストンと腰を下ろす。
普通ではない関係に、勇者様(本物)のほうが引っかかりを覚えてしまったようだ。
「その、魔法使い殿の得と損というのは、もうひとりの勇者との間でしか叶えられないものなのか?」
「おそらく」
「私では無理なのだろうか?」
「もしかして、私をパーティーに誘っているのですか?」
「ああ。例の勇者も一緒にどうかと思って」
「それは嫌!!!!」
賢者が目を血走らせながら、私や勇者様とは一緒に旅をしたくないと訴える。
「偽勇者と旅するくらいならば、死んだほうがマシよ!」
「しかし、魔王を倒すという目的が同じならば、仲間はひとりでも多いほうがいいと思ったのだが」
「嫌ったら嫌!!」
「そうか、わかった」
あっさりと勇者様(本物)は私達をパーティーに誘うことを諦める。
仲間を大事にするいい人だな、と思ってしまった。
賢者は警戒の視線を私に向けつつ、話しかけてくる。
「あなた達も、もしかして世界樹の様子を見にきたの?」
聖都には月から舞い降りてくるマナを吸収し、魔力へ変換する世界樹があると言われている。
ただ、世界樹は結界の中に隠され、外からだとどこにあるのかわからない。
勇者様(本物)は魔王にマナを奪われ、枯れかけている世界樹を心配し、様子を見にきたようだ。
「いえ、私達は前の街にあるギルドで、この辺りに出現するモンスターが凶暴化している、なんて話を聞いたものですから、様子を見にきたんです」
勇者様が食べて中毒死したフォレスト・ボアも、他の地域で見た個体より大きく、凶暴だった気がする。
そんなモンスターの凶暴化について、勇者様(本物)ご一行は把握していなかったようだ。
なんでもモンスターのほとんどは勇者様(本物)が一撃で倒してしまうようで、強さを他と比較できるような状況ではなかったらしい。
勇者様(本物)は顎に手を添え、美しい横顔を見せながら物思いに耽る様子を見せていた。
「モンスターの凶暴化か。もしかしたら世界樹が枯れかけている件と関係あるかもしれない」
なんでもこの世界には、モンスターの集団暴走と呼ばれる事件が多発していたらしい。
「それらのモンスターは魔王により凶暴化の魔法がかけられていたのだが、それはマナの力を悪用した禁術だったのだ」
ならば今回の凶暴化も、世界樹のマナを使って展開された可能性があるというわけだ。
「勇者様が蘇生されたら、〝大森林〟に向かう予定だったんです」
大森林というのは、聖都の転移陣から行ける巨大な森である。
そこには強力なモンスターがうじゃうじゃいるという話だった。凶暴化したモンスターはそこから逃げ出したのではないか、というのが勇者様の推測だったが……。
「大森林か。目的地は同じだったわけだな」
なんでも大森林は世界樹を隠す巨大な結界のようなものらしい。
世界樹のもとへ行くには、大森林を通る必要があるのだとか。
「なるほど。聖都に世界樹がある、というのはそういう回りくどい意味だったのですね」
「みたいだな。普通に隠すだけでは、すぐに悪人共に発見されるだけだろうから」
ただ、大森林へ繋がる転移陣は教会が管理しており、誰でも入れるというわけではないらしい。
「ひとまず、勇者である私は無条件に入れるだろうが――」
「あ!」
勇者様(本物)のあとに勇者だと名乗っても、偽物扱いされるだけだろう。
彼女達はこのあとすぐに、大森林へ行く予定だと言う。
「あのー、他にはどういう人が入れるのでしょうか?」
「聞いた話によると、多額の寄付金を払った者は入れるらしい」
寄付ならば、勇者様は得意である。
問題なく入れるようで、ホッと胸をなで下ろした。
そのあと勇者様(本物)ご一行と別れる。
回復師は心配げな様子で、声をかけてくれた。
「魔法使いさん、絶対に無理はしないで」
「はい」
「彼のことを、頼んだよ」
それには返事などできず、苦笑いを返してしまう。
不安を煽ってしまったのだろう。回復師は眉尻を下げ、後ろ髪を引かれる思いで私を見つめる。
「回復師、ゆくぞ!」
「わ、わかった」
心の中で回復師よ、ごめんなさいと謝罪したのだった。




