勇者と回復師の関係について
賢者は弾かれたように立ち上がり、私を指さしながら大声で叫ぶ。
「そいつは偽物の勇者なのよ!! 勇者を騙るなんて重罪なんだから!! 今すぐにでも騎士隊に突き出すべきなのよ!!」
「賢者、ここではいけない」
勇者様(本物)はテーブルにお代を置くと、店員に声をかけて食堂をでる。賢者はジタバタ暴れたからか、途中から横抱きにされ、運ばれていた。
急ぎ足で向かった先は、個室がある喫茶店だった。
賢者は私に向かっていろいろ物申そうとしていたが、勇者様(本物)の膝の上に座らされ、優しくなだめられていた。
回復師は顔色を青くさせ、落ち着かない様子を見せている。
温かい紅茶とチョコレートチップクッキーがすぐに運ばれ、たくさん食べるようにと勇者様(本物)は勧めてくれた。
クッキーをかじり、紅茶を一口飲む。
ホッとひと息つくと、回復師が再度話しかけてきた。
「その、彼はどうして死んでしまったの?」
「あー、えー、その、あえて説明するほどの死因ではないのですが、フォレスト・ボアを食べて、中毒死してしまったようで」
「なっ!? モンスターを食べることは禁忌なのに!」
「ええ。私も止めたのですが、聞く耳なんて持たなくて」
しかも死んだのは初めてではない。回復師がいなくなってからというもの、私達は何度も全滅している。
これまでの私と勇者様の残念過ぎる冒険について語って聞かせると、回復師は頭を抱え、ショックを受けていたようだ。
「私がいたら、彼の死を止められたかもしれないのに。私のせいで、死なせてしまった!」
普段の物静かな様子は鳴りを秘め、回復師は自分を追い詰めるような発言を繰り返す。
そんな彼女に対し、勇者様(本物)が初めて口を挟んだ。
「回復師よ、それは違う。モンスターを食べてしまったのは、その男の個人的な不注意や怠慢から生じた失敗だ。回復師はまったく悪くない」
「で、でも、私がいたら食事は用意してあげられたし、モンスターを食べようという思考に至ることはなかったはず!」
「少し落ち着け。その男が極めて大事な存在であることはわかったから」
勇者様(本物)に指摘された途端、回復師の頬がみるみるうちに赤く染まっていく。
「回復師、お前は例の男のことになると、冷静さを失う。卒業パーティーでの失敗を繰り返すつもりか?」
卒業パーティーでの失敗とはいったい?
回復師は完璧な女性だ。何かやらかすなんて考えられない。
気になってしまったので、空気を読まずに質問してしまう。
「あの、卒業パーティーでの失敗ってなんですか?」
勇者様(本物)は気まずげな表情を浮かべ、回復師のほうを見る。
回復師は唇をぎゅっと噛み、黙りこんでしまった。
そんな彼女らに代わり、賢者が説明してくれる。
「この子、婚約者がいる偽勇者と卒業パーティーに参加したのよ。そのせいで、偽勇者は婚約破棄されてしまったのよね?」
事実だからか、回復師は否定せずに涙目になっていく。
まさか、勇者様と仲がいい女子生徒というのは回復師のことだったなんて。
「卒業パーティーは婚約者と参加しなければならないことくらい、私もわかっていた。けれども彼が、参加が面倒だと言うものだから」
回復師は勇者様を正装に着替えさせ、会場まで引きずっていったと言う。
「そこまで連れていったら、婚約者のもとに向かうと思っていた」
けれども勇者様は、回復師の傍を離れなかった。
「彼はあろうことか、私といるほうが気楽だ、なんて言いだしてしまい」
そんなことを言われても、突き返せばいいだけだった。けれども回復師はそれをしなかった。
賢者がにんまり笑いつつ、ズバリと指摘する。
「あなた、偽勇者のことが好きだったのよね?」
回復師は耳まで真っ赤にさせる。
否定しないのは、肯定しているようなものなのだろう。
まさか、回復師が勇者様のことを愛していたなんて。
一年以上旅してきたというのに、まったく気付いていなかった。
「魔法学校最後の日だからって、私が彼を拒絶しなかったから……」
その言葉を聞いた賢者が、意地悪な顔で回復師に言った。
「卒業パーティーでの行動だけが、婚約破棄の原因なわけないじゃない」
「え?」
「相手は貴族のお嬢様なんでしょう? たった一度、婚約者が他の女性と仲がいい様子を見せたくらいで、婚約破棄なんてするわけがないわ」
「それは、どういうこと?」
「要は積み重ねだったのよ。婚約者のお嬢様は、あなたが偽勇者と仲睦まじい様子を何度も前にしていて、我慢していただろうけれど、卒業パーティーでの様子が止めになったに違いないわ」
たしかに、婚約者よりも優先する女性というのは危うい存在だ。
将来、愛人となって子どもでも生まれたら、面倒を見なければならいし、男子であれば爵位の継承問題も絡んでくる。
結婚後悩むよりは、早い段階で見切りをつけていたほうが賢いのだろう。
「ち、違う。私は彼の幼馴染みで……姉弟のように仲良くしていただけで、他意はなかった」
「そんなわけないじゃない。あなたは偽勇者を愛しているのよ」
ついに、回復師は泣きだしてしまう。
勇者様(本物)は言ってしまった、とばかりに深く長いため息をついていた。
なぜ優秀な回復師が勇者様のパーティーにいたのか謎でしかなかったのだが、彼女は勇者様を深く愛していたのだ。
そんな感情に回復師は気付かず、自分のせいで婚約破棄になってしまったという負い目があって旅に同行していると理由づけていたに違いない。
「あなたはきっと、旅する中でも偽勇者を甘やかしていたのね。だから彼は、あなたがいなくなった途端にポンコツ化して死ぬようになった」
賢者の言葉は一緒に旅をしていた私も否定できない。
回復師は常に勇者様の強化と守護、回復に努めていた。勇者様はそうとは知らずに、回復師のサポートありきの戦闘能力を自分の実力だと思い込んでいたのだ。
さらに、旅する中で三食おいしい食事を作ってくれるし、野営するときは魔物避けの結界と天幕を張ってくれた。
至れり尽くせりの中でいたのだ。
賢者の言うとおり、私と勇者様は回復師に甘やかされ、快適な冒険をしていた。
「私が、私がすべて悪かったんだ……」
回復師は途方に暮れるように呟く。
私は励ましにもならないような言葉をかけてしまった。
「あー、でも、勇者様は死んでも気にしてませんし、自分に実力がないのを嘆いたりしていないので、その、信じがたいほど図太いので、大丈夫ですよ」
とてつもなく前向きに死に、元気いっぱいに旅を続けているので心配しないでほしい。
そう言うと、回復師はこくりと頷いてくれた。




