昼食を食べよう!
お風呂から上がり、清潔な布で体を拭いて、洗濯が終わったばかりの服に袖を通す。
濡れた髪は魔力と引き換えに一瞬で乾かす乾燥器があったので、それを利用させてもらった。
髪を三つ編みにしてふー、と息を吐いていたら、目の前にミルクが入った瓶が差しだされる。
顔をあげると、勇者様と同じ顔をした美丈夫と目が合った。
「さあ、遠慮なく飲むといい」
「あ、ありがとうございます」
受け取ると爽やかな微笑みを返してくれる。皮肉めいた笑みしか浮かべない勇者様とは大違いである。顔はそっくりなのに、表情が違うだけで印象は異なるものなのだ。
お風呂上がりの冷たいミルクは格別で、満たされた気持ちを味わってしまう。
勇者様(本物)は回復師や賢者にもミルクを買い与えているようだ。
うちの勇者様との違いに、驚くばかりである。
ミルクを飲んでお別れしたかったのだが、このあと食事に誘われているのだ。
断ってもよかったのだが、私は回復師に対して罪悪感があった。
飲み終わった瓶はどうしようか、と辺りを見回していたら、勇者様(本物)が受け取ってくれる。
「魔法使い殿、さあ、食事に行こうか」
「あ、はい」
勇者様(本物)の腕にぴったり密着する賢者にジロリと睨まれてしまったものの、少しの間の我慢だろう。
外にでると、周囲の人々からの注目が集まる。
それも無理はないだろう。美貌の持ち主達が、パーティーを組んでいるのだから。
私の存在は皆に見えていないだろう。それでいい。私の人生なんて、光が当たらない場所がお似合いなのだから。
勇者様(本物)ご一行と共に向かったのは、素朴な大衆食堂だった。
美人揃いのパーティーなので、オシャレなお店で食べるものだと思っていたのだが。
皆、納得してやってきたものだと思っていたのに、賢者がわかりやすく嫌悪感を示す。
「ちょっと、このお店小汚いじゃない! もっと洗練されていて、個室があるお店がいいわ」
「賢者、こういう客がたくさんいて、少し汚い店は必ずと言っていいほど、おいしい料理がでてくるんだよ」
「そんな話、聞いたことがな――!」
勇者様(本物)は賢者の唇に人差し指を押し当てる。すると、賢者は顔を真っ赤に染めた。
「賢者、いい子だから、静かにするんだ」
賢者は素直にこくりと頷く。
勇者様(本物)は輝く笑みで賢者を納得させ、食堂の中へと誘った。
なんだかすごいものを見たような気がする。
強情な性格だと思われる賢者を、たった一言で従わせるなんて。
回復師のほうをちらりと見ると、少し気まずげな様子でいた。
ただそこまで驚いているように見えないのは、彼女達のこういったやりとりは日常茶飯事なのだろう。
賢者が言っていたとおり、食堂は小汚かった。
壁に貼り付けられたメニューは油でギトギトしており、なんて書いてあるのかまったくわからない。床もベタベタしていた。
幸いにも、テーブルや椅子はきれいだった。
「えーっと、なんにしましょう」
「こういう店は、一番人気の料理が一番おいしくて、でてくるのも早いんだよ」
「じゃあ、それで」
勇者様(本物)は片手をあげて店員を呼び寄せ、一番人気のメニューを人数分注文してくれた。
五分と待たずに、料理が運ばれてくる。
「お待たせしました。〝豚肉のカツレツ定食〟です!」
「豚……」
フォレスト・ボアを食べて死んでしまった勇者様を思い出してしまう。きちんと蘇生されているだろうか。なるべく迅速に、丁寧に、聖都まで運んだのだが。
「魔法使い殿、カツレツは苦手なのか?」
顔を覗き込まれ、ギョッとする。
カツレツを前に心あらずな様子を見られていたとは。
「いいえ、大好きです。いただきます」
なんとこの食堂は焼きたてパンが食べ放題らしい。焼けるたびに、店員が配って歩いていた。
ちょうど焼けた頃合いだったので、ひとついただく。
丸いパンにクリームバターをたっぷり塗って頬張る。
塩っけのあるバターが熱でじわりと溶け、パンに染み込んでいった。
皮はパリパリで、中はしっとり。とてもおいしいパンである。
勇者様はおいしい食べ方とやらを伝授してくれた。
「パンをナイフでふたつに割って、バターを塗り、中にソースをかけたカツレツを挟んで食べるんだ」
作ったそれを勇者様(本物)は賢者に差しだしていた。
賢者は本当においしいのかと疑う様子で受け取り、すぐに頬張る。
「なっ――お、おいしいわ!」
「だろう?」
私も真似して食べてみたら、とてもおいしかった。
あっという間に、パンを五つも食べてしまう。
小ぶりのパンとはいえ、こんなにたくさん食べたのは初めてだった。
そんな私を、勇者様(本物)は慈愛に満ちた顔で見ていた。
「よかった。魔法使い殿は酷く痩せているから、小食だと思っていたから」
「けっこう食いしん坊なほうなんです」
「そうか。たくさん食べて、大きくなってほしい」
勇者様(本物)には私がいったいいくつに見えるのか。
一応、回復師のひとつ年下なのだが。
隣に腰かけ、大人しく食事をしている回復師を横目で見る。
大人びた顔立ちに、凹凸がある体――とても同世代には見えなかった。
子どものときに、たくさん食べられない環境だったので、私の体は貧相なのだろう。
そういうことにしておく。
なんて考え事をしながら回復師を見ていたら、うっかり目が合ってしまった。
逸らす前に、話題を振られてしまう。
「魔術師さん、今日はどうしてひとりなの?」
「それは――勇者様が死んだからです。今、教会で蘇生してもらっています」
「なっ!?」
勇者様と口にした途端、勇者様(本物)と賢者の表情が鋭くなる。
和気あいあいとしていた雰囲気が、一気に殺伐としたものに変わっていった。




