目覚めたあとに
ぶくぶくと水底に沈んでいく。
水面は太陽の光を受けてキラキラ輝いているのに、水底は真っ暗だ。
まるで、闇に呑み込まれるよう。
もう何も考えたくない。存在を無にして、私をなかったものにしてほしい。
なんて考えていたのに、周囲がキラキラと輝き始める。
「――神よ、迷える者を救い給え!!」
ハッと目覚めたものの、私の体は水の中に沈んでいた。
「がぼぼぼぼ!!」
溺れそうになったものの、修道女達がやってきて、私を引き上げてくれた。
「げほ! げほ! げほ!」
どうやら私は大きな浴槽のような水場に沈められていたらしい。
すぐ近くにいた聖司祭に事情を伺う。
「あの、どうして私は水中にいたのですか?」
「腐死者化された状態で亡くなっていたので、全身を浄化するために、聖水に浸けておりました」
「あ――!」
今になって思い出す。私がどうやって死んだかというのを。
まず、先に腐死者と化したのは本物の村長様。その次に、勇者様が腐死者となった。
勇者様はあろうことか私に襲いかかり、魔法で倒したのはいいものの、そのあと村長様に襲われ、不死者からも腐死者化の攻撃を食らってしまう。
そのあと私は――考えた途端に、ズキンと頭が痛んだ。
「私達の遺体はイッヌ……白い犬が運んできてくれたのですか?」
「ええ。腐死者を咥えてきたものですから、街は大混乱となっていたようです」
「ご迷惑をかけてしまったのですね」
「まあ……」
ちなみにここは女性専用の聖水の間らしい。勇者様は男性専用の聖水の間で身を清めているようだ。
腐死者を咥えてきたイッヌも、三日間聖水浸けにされていたという。
今は勇者様の傍を離れず、目が覚めるのを見守っているようだ。
「運ばれてから、三日も経っていたのですね」
通常の死者蘇生を施した場合、早くて数時間から一日の間に目覚める。
三日も復活にかかったなんて、と思っていたら、聖司祭の口から想定外の情報が告げられた。
「あなた様が運び込まれてから、一週間は経っております。さらに、死者蘇生をかけたのも、今回で三回目です」
「そ、そうだったのですか!?」
今回、完全に腐死者化していたので、蘇生に時間がかかったらしい。
「あと数時間遅れていたら、死者蘇生は不可能だったでしょう」
腐死者化は通常の死亡状態とは大きく異なるらしい。死んでからすぐに死者蘇生を施さないと、元の姿に戻れないところだったようだ。
普通の遺体とは状態が大きく異なっていただろうに、運んできてくれたイッヌには感謝しかない。
「勇者様が目覚めたら、すぐにリーフ村に行って不死者を倒さないと――」
「いえ、それに関しては必要ないかと」
「必要ない? それってどういう意味ですか? もっと詳しい話を聞かせていただきたいのですが」
そんな要望を口にすると、聖司祭は少し気まずげな表情を浮かべつつ、話してくれた。
「いえ、その、すでに勇者様が、不死者を退治されたんです」
「え?」
勇者様は現在、聖水浸けになっていると聞いた。その状態でどうやって不死者退治に行っていたというのか。
「もう少し詳しく――」
言いかけた瞬間、ワッと大きな声援が聞こえた。
「こ、これは?」
「リーフ村から戻った勇者様の、凱旋パレードが行われているのでしょう」
混乱状態で、いくら説明を聞いても理解できる気がしなかった。
直接目で見て確認したほうが早いだろう。
全身びしょぬれ状態だったが、なりふりなんて構わずに外に向かって駆けて行く。
教会を抜け、大通りに出ると人でごった返していた。
そこに馬車がやってきて、中から手を振る銀色の鎧に身を包んだ美丈夫の姿が見えた。
「……え!?」
その人物は長い髪をハーフアップにまとめていて、爽やかな微笑みを浮かべている。
それだけならまだいい。その人物の顔に見覚えがあった。
勇者様と、驚くほどそっくりなのだ。
近くにいた青年達が馬車に向かって叫ぶ。
「勇者様バンザイ!!」
「バンザイ!!」
「リーフ村を救ってくれて、ありがとう!!」
馬車はギルドの前に止まり、御者の手によって扉が開かれる。
皆の声援でその場が沸いた。
勇者と呼ばれた人物が下り立つと、女性陣からの「きゃー!」という黄色い声が上がる。勇者はすらりと背が高く、美貌の青年といった雰囲気であった。
いったい何者なのか、調べるために千里眼を使った。
すると、驚きの情報が浮かび上がって見える。
唯一の才能:勇敢なる者(※本物)
年齢:十九
性別:女
身長:百八十八
あの人物は本物の勇者で、さらに女性みたいだ。
そっくりなのは顔立ちだけでなく、背丈や髪色、佇まいまで似ていた。なぜ、あそこまで勇者様と見紛うほどの姿をしているのか。
続けて馬車から下りてきたのは、ハイエルフの魔法使いだ。
千里眼を発動させたままだったので、彼女の情報についても見えてしまった。
才能:賢者
年齢:二百歳
性別:女
身長:百六十
勇者様(本物)は強力な仲間を従えているらしい。十八歳なのに十代前半にしか見えないくらいちんちくりんで、ただの魔法使いである私とは大違いだ。
もうひとり、仲間がいるようだ。
馬車から下りてきたのは、黒髪に天頂の青の瞳を持つ美しい女性、かつての仲間であった回復師であった。
まさか彼女が、勇者様(本物)のパーティーの一員になっていたなんて。
彼女に合わせる顔なんてない。すぐに回れ右をして、教会に戻る。
修道女が私を見るなり、駆け寄ってきた。
「あの、勇者様がお目覚めになりました」
「ああ、勇者様(補欠)が、ついに……」
本物の勇者様を前にしたあとだったので、ついつい含みを持たせるような呼び方をしてしまった。




