勇者様のお目覚め
目覚めたばかりの勇者様は全身びしょぬれのまま、呆然としているようだった。
私がやってきたのに気付くと、我に返ったようである。
「魔法使い、お前、無事だったんだな」
「ええ。イッヌがここまで運んできてくれたおかげで、なんとか」
勇者様の傍にはイッヌがいて、尻尾をぶんぶん振って目覚めた喜びを全身で表していた。
私にも駆け寄ってきて、よかったとばかりに『きゅうん!』と鳴く。
かわいい奴め、と頭を撫でてあげた。
顔を舐められそうになったものの、舌先が届く前に高速で回避する。犬の口は雑菌だらけなので、舐めさせるわけにはいかなかった。
「魔法使いよ、どうやら私達は腐死者と化していたようだな」
「ええ。不死者の才能だったようです」
「ああ、そういえば、呪文が刻まれたナイフのようなもので刺されたな」
「それだけでなく、村長様の家で食べたものや温泉に、腐死者化を促す物が入っていたそうですよ」
そうとは知らずに、私達は出された食事を疑いもせずにパクパク食べ、温泉にじっくり浸かっていたのだ。
勇者様は胸を押さえ、不快感を露わにさせる。
「体内に残っていた腐死者化の物質は、聖水に浸かることによってすべて浄化されたようです。安心してください」
「そうだったとしても、気持ちが悪い」
蘇生されてきれいな体になっているので、二度と腐死者化することなどないだろう。
「それにしても、リーフ村の学者が不死者だったなんて」
「考えるだけで恐ろしい話です」
村人や冒険者達は不死者の配下にするために、腐死者化されていたのだろう。
人が腐敗した見た目の腐死者と異なり、不死者の見た目は普通の人と変わらない。すっかり騙されてしまったわけだ。
「一刻も早くリーフ村へ行って、不死者を討伐せねばならないな」
「いえ、それについてですが、すでに別のパーティーが不死者を討伐したそうです」
「なんだと!?」
おそらくだが、腐死者の状態で運び込まれた私達のせいで、事件がギルドを出入りする冒険者以外にも知れ渡ってしまったのだろう。
「敵が不死者だと知らずに討伐を成功させるとは、よほどの実力者なのだな」
「え、ええ、まあ」
絶対に言えない……。不死者を倒したのは本物の勇者様だなんて。
パーティーには賢者と回復師もいたので、私達のように何度も死ぬことなどなかったのだろう。
「ひとまず、ギルドに報告に行くか」
「待ってください! 勇者様はもう少し休んでからのほうがいいかと! 顔色も悪いですし!」
今、ギルドには勇者様(本物)がいる。
まだふたりを会わせないほうがいいだろう。そう思って必死に止めておく。
「ふむ。たしかにまだ少し体がだるい気がする」
「先ほど修道女から、教会内で休んでおくように言われているので、ギルドは明日行きましょう」
「そうだな」
勇者様を引き留めることに成功した。
今日はもう、これ以上何も考えられない。
ひとまずゆっくり休もう。
◇◇◇
翌日――元気を取り戻した勇者様と共にギルドへ向かった。
昨日、本物の勇者様がきたからか、皆の探るような視線が集まっていた。
それも無理はないだろう。勇者様は世界にひとりしかいないのだから。
今、ここにいる勇者様は、勇者を騙った何か、として見られているに違いない。
受付に行くと、リーフ村出身の彼女の姿はどこにもなかった。
おそらく、やっと実家に帰れるようになったのだろう。
ギルド長への面会を希望すると、すぐに奥の部屋へ通してもらえた。
すぐにギルド長はやってきて、会釈してくれる。
「ああ、ゆ……様、いらっしゃいませ」
こんなもごもごしていて不明瞭な勇者様の言い方など初めて聞いた。
本物の勇者様を前にしたあとだったので、無理はないだろう。
「ギルド長、遅くなってすまなかった。どうやら私達は一週間ほど、腐死者と化していたらしい」
「え、ええ。教会からお話は聞いております」
勇者様がリーフ村の不死者討伐について聞くと、ギルド長は気まずげな様子で話し始めた。
「まず、一週間ほど前に街で腐死者騒動がございまして」
「それは運び込まれた私と魔法使いのことだな」
「ええ」
リーフ村での事件も明るみになったことから、人々は混乱状態に陥ったらしい。
「ただ、そのような状況になっても、リーフ村へ行こうと名乗りを上げる者は現れませんでした」
そんな中で、銀色の鎧に身を包んだ剣士一行が現れ、リーフ村へ調査に行くと宣言したようだ。
「リーフ村を恐怖に陥れたモンスターは、すぐに討伐されたそうです」
その後、騎士隊が村を調査したようだが、生存者はひとりも見つからなかった。
つまり、ギルドに務めていたリーフ村の出身者達は、家族を失ってしまったのである。
「本当に、痛ましい事件でした」
学者の正体は、各地で暗躍する不死者。
リーフ村では土葬文化が残っていたため、不死者の拠点とするのに相応しい土地だったらしい。
「皆、不死者の手によって、腐死者にされていたそうです」
目覚めずに地中に埋まったままでいた腐死者もいたようだが、賢者が聖なる炎で灼き尽くしてくれたようだ。
「まさか、このような状況になっていたとは知らず……」
ギルドに務めているリーフ村の出身者達は現在里帰りしているようだ。だから、受付に例の彼女の姿がなかったのだ。
「何はともあれ、事件は無事解決しました。皆様にも深く感謝しております」
ギルド長は「報酬です」と言って、革袋に入ったコインを差しだしてきた。
「私達は不死者を倒していないが?」
「しかしながら、何度もリーフ村に向かっていただきましたので」
勇者様は眉間に皺を寄せ、納得できないような表情でいる。
私はギルド長の気持ちだと思い、受け取った。
「それにしても、不死者を倒した一行はよほど優秀な者がいたのだろうな」
あなたが追放した回復師がいました、と心の中で指摘しておく。
「ええ。かなり場数を踏んだご一行だったようです」
「さすがだな」
なんせ、勇者様(本物)のパーティーですから。
勇者様(補欠)とちんちくりん魔法使い、犬で構成されたパーティーとは、実力の差が天と地ほどもあるのだろう。
そろそろお暇しようかと立ち上がった私達に、ギルド長が問いかける。
「あ、あの、あなた方はこれからも、旅を続けるおつもりですか?」
「そうだが、どうしてそのようなことを聞く?」
「い、いえ……」
「変な奴だな」
本物の勇者様の実力を知ってしまったので、疑問に思ってしまったのだろう。
「どうかこれからの道中もお気を付けて」
「ああ、当然そのつもりだ」
そろそろ先に進んだほうがいいだろう。
魔王を討伐する道は、まだまだ長いから。
私達を追い越した勇者様(本物)が先に倒してくれますようにと祈りつつ、私達の旅は再開されたのだった。
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