5.5話 解決策
前話のちょっとしたオマケです。
「すまないコンラート、こんな夜中に」
「ええですわ〜夜勤手当しっかり貰うんでぇ」
腰から離れないエリゼをなんとか引き離しなだめすかして風呂に向かわせた後。ディルクは家の近くに住んでいるドレッセル商会従業員の一人を呼び出した。
「最初は俺一人でやろうと思ったんだけど間に合わなさそうで……っこっちが終わったら今度は隣の部屋のベッドを同じようにする。三十分以内だ」
「こんな切迫した模様替え昔知人の夜逃げを手伝った時以来ですかねぇ」
ディルクより十程年上の、勤務年数十年以上の青年コンラート。勿論この青年の雇い主はディルクの父であり、ディルクはただの雇い主の息子でしかない。本来なら時間外労働を命じる権限などはないが。
「急に風水にでも目覚めました?あ、鬼門はどっちです?」
「違う!」
「何上げる感じですかね?金運?恋愛運?お客さん見た感じ人外関係運悪そうでぇ」
「人間関係運みたいに言うな」
幼い頃よく子守をしてくれたこのコンラートに対しては、今でも何かと頼ってしまっている。
勿論時間外労働分は後で父に報告するし、コンラートの本当に嫌な時は臆面なく断るという性格をわかった上でである。
「とまあそんな冗談は置いといてそろそろ理由教えてくださいよ」
「冗談言ってたのお前だけだろ……」
そして何故ディルクがこんな時間にコンラートを呼び出し、こうも急いで何をしていたかと言うと。
「……今エリゼが来ていて……こんな時間に帰すのも危ないからうちに泊めることになったんだけど……部屋空けたのに俺の隣で寝るって言って聞かないから……」
ついさっきまで、何が何でも一緒に寝ると主張するエリゼと結婚前は清い付き合いを貫くと主張するディルクで散々に揉めた結果。「わかった隣で寝る、半径一メートル以内にはいる」とディルクが音を上げ、エリゼが「言質取ったからね!」と先に風呂に入りに行った。
そんなわけでエリゼが戻ってくるまでに、自室のベッドを壁際に移動し、隣室のベッドも同じ壁側に移動させ、一枚の壁を挟んで二つのベッドが隣り合うようにしてまあ『嘘は言ってない』な状態を作ろうとしているのである。
「ほー、なるほどなるほど」
最初は一人でその作業をやろうとしていたが、さすがに間に合いそうになく応援を呼んだ次第だ。
「なるほど……」
そう事情を話している間にディルクの部屋のベッドの移動作業が終わった。続いて隣室のベッドに取り掛かる。
「ふむ」
ベッドを挟んでディルクと反対側に立ったコンラートが何やら考え込んだ。
「つまりオレの仕事は旦那様と奥様には『坊ちゃんはこんな模様替えをしてまできちんと節度を保って別々の部屋で寝てましたよ』とアリバイ報告をし、情事の跡がバレないよう明日は徹底的に換気と洗濯をするよう掃除婦に指示を出すと」
「違ぁう!!」
心得たとばかりに胸を叩く元世話係に、ディルクが渾身のツッコミを入れる。
「ああ、何か他に必要なものがあればどうぞお申し付けください」
「だから違うっつってんだろうが!」
そんな間違いがあってはいけない。間違いがあったと思われてもいけない。ここで欲に負けて万が一にもエリゼの両親の耳に入ったら大問題である。
「え……?まさか本当に別々で寝る気ですか……?旦那様も奥様もいないのに?婚約者殿のたっての願いなのに?旦那様も奥様も明後日まで帰らないのに?黙ってればバレやしませんよ?」
「バレなきゃいいってものでもないだろ」
コンラートは何か言いたげに顔を顰めたが、何と言われようとここで折れるわけにはいかないのだ。
「意気地無しが……」
「何だって?」
「すみません主音声で『そうですか』って言ったつもりが副音声が勝ちました」
本当に言ってきた。思えばこの男が何か言いたげにして何も言わなかったことなどなかった。
雇い主の息子に向かってこうも平然と言ってのける従業員はコンラートくらいである。
「エリゼお嬢様が戻ってきたら同じことを言うに銅貨三枚」
「賭けるな!」
ドシンと最後に大きな音を立て、ベッド移動作業が完了した。エリゼももうすぐ戻ってくるだろう。
後日笑顔で手のひらを出すコンラートに、ディルクは無言で銅貨三枚を投げ渡したのだった。