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ジグザグ  作者: 千紫紅
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第14話 「謝ったその後が大切です」


「ここです」

この学園にしては狭いと言える部屋へ、志月さんと一緒に入る。

「ここは・・・。いつの間にこんな部屋が?」

「え?前からあったんじゃないんですか?」

「いや、以前は無かった。この階は春休みを使って改装工事をしたと聞いていたが。お前、ここをどうやって知った?」


ギクリとする。

高木先生に忠告を受けたことを話すのは、躊躇われた。

ここで名前を出せば、あの高木先生も巻き込まれてしまいそうで、嫌だった。


「―――授業中に上の空だったと、先生に注意を受ける際にここを使いました」

「確かに、職員室から近いな。――生徒との対談のための部屋なのか・・・?」

どうやら隠し事に感づくことはなかったようだ。

それでも、志月さんは何かが引っ掛かる様子だったが、考えても埒が明かないと感じたのだろう。諦めたように一人用のソファに腰掛けた。



「お前も座れ」

「はい」

大人しく向いのソファに座ると、志月さんはまた険しい表情になる。

この人はいつも眉間に皺を寄せていたり、顰め面をしていたり、8割は無表情だし・・・。大丈夫なのか?


「カルシウム、摂れています?」

「何の話だ」


心配したのに、ばっさり切り捨てられた。しかも不快そうに。坊ちゃんのバカ、バーカ。あ、これからイラッとしたら坊ちゃんと心の中で呼んでやる。ふふ、ささやか過ぎる反抗ですよ。


そんな下らない企みを考えているあたしを睨み据えた志月さんは、厳しい声色であたしを問いただす。



「・・・お前、何故あんなことになっていると言わなかった?」

あんなこと、というと・・・やはりあの机の件だろう。

「言って解決する問題じゃないと思いました。それに今の所あたしも他の方も巻き込まれず無事ですから。報告して煩わせるのもアレですし・・・大丈夫かなぁ、と」

「アレで大丈夫だと言えるのか。何かが起こってからでは遅いんだぞ」

「それは勿論です。誰かが巻き込まれるような事態になるようなら、事が起こる前に報告するつもりです。しかし、現時点ではあたしに親しい人などいないので、本当に安心して下さって良いですよ?あ、でも、篠田君だけはあたしに挨拶を返してくれるので、もしかしたら――。すみません。これからは自重します」


「お前は馬鹿か。狙われているのは自分自身だろうが・・・。他人のことを気にする必要はない。自分のことに専念しろ。お前は・・・「有園祥子を誘き寄せるための人質なんだからな、ですか?」


にっこり笑って小首を傾げるあたしに、志月さんは口元をグッと引き結んで重々しく頷いた。その時、何か志月さんの目に過った感情があったように思えたけれど、それが何なのかは分からなかった。


「―――。そうだ。お前に何かあって困るのはこちらだからな」

「気をつけます。・・・でも、あの人があたしに会いに来るなんて、本当はしない筈なんですけどね・・・」

「だが、現に今日。呼び出されているだろう」

「そうですね。何で呼び出されたか見当もつきませんが――」

「本当に思い至らないのか?」

「――どういう事ですか?」

「少し、お前のことを調べさせた」



ああ、どうも雲行きが怪しい。

自然と表情が険しくなるあたしに対して、志月さんの顔はいつも通りだ。恐らくコレが本題で、いつ切り出すかタイミングを窺っていたのだろう。成程、今は絶好の機会だ。


あーあ。易々と場所の提供なんてするんじゃなかった・・・。



「―――。志月サンともあろうお方が、ちょっとお仕事が遅いんじゃありませんか?」

「そうだな。お前が天宮に来たのは父の独断で、下調べする暇もなかったからな。父は時々突拍子のないことを実行する人だ。こういう事態になって迷惑するのはいつも俺と遊月だよ――」

「あー・・・、それはそれはゴメイワクをお掛けして申し訳アリマセン」

諸悪の根源であるあたしに厭味を言っておられるのですか、志月さん。あんたは嫁をいびる姑か!?


「だが、父は自分の利益にならないことはしない人でもある。“あの女”に“捨てられた”お前にどんな利用価値があるのか――それが分かれば、あの女に呼び出された理由に繋がるはずだ。さぁ、自分のことくらい分かるだろう?」


「―――――」



“あの女”・・・利用価値・・・あたしは――。


『おかあさん、イラナイの?あたしはもう・・・イラナイ?』


いらない。

用済み。

邪魔。

嫌い。

ダイキライ。

憎い。

キエテ。


イラナイ、いらない。


『だれ?コノコ』


息が荒くなる。

思い出すのは、辛い。

これ以上はどうか・・・・・――。



「だんまりか」

「―――っ」

冷たい声に血の気が引いてゆく。身体が固まったまま動けない。

志月さんが眼光鋭くあたしを睨んでいる・・・あぁ、逃げられない。

「・・・有園咲禾、19○×年生まれ。母、有園祥子。5歳のときに日野桜に拾われる。14歳の頃に保護者である日野桜が事故死。以後日野桜の血縁者からの援助を受けながら独り暮らしを始める・・・。これだけのことしか調べられなかった。一般人なら情報を集めるのは容易い、が、お前はたったこれだけのことを調べるのに3日。しかもそれ以上の情報は詮索不可能、こんなことは有り得ない。――お前は一体何者だ?」



――事故死。

違う。

桜さんはあたしが・・・・・。

志月さんの淡々とした抑揚のない声が、あたしを容赦なく責め立てる。


沢山の“顔”が頭の中でぐるぐる回る。

待って、やめて、行かないで――。


頭が痛い。

気持ち悪い。

あぁ・・・あたしは、こんなにも弱い。


依然としてあたしを厳しく見据える志月さんに“いつものように”を意識してヘラリと笑う。

あたしの過去なんて、知っても面白くもなんともないのに、“利用価値”なんて最初から・・・そう、初めから無いのに。

全部喋っても差し支えることなんてない。

あぁもう、簡単で良いや、簡単に纏めて喋れば良い。

人にこんなことを自分から喋るのは初めてだから、少し緊張するなぁ。がっかりするだろうな。あたしに“利用価値”がナイから。

だから、また『いらなくなる』。



苦しい、苦しい。

悲しい、痛い。

辛い、怖い。


桜さん、あたしは――。


身体が拒絶する、息が更に荒くなって喘ぐように大きく口を開けた。

ヒュッと嫌な音がして、あたしは突然呼吸ができなくなる。


「っはっぁっ――っ」

「おい!?」

焦ったような、志月さんの声。

あぁ、あたしまた迷惑掛けている。

ごめんなさい、ごめんなさい――許さなくていいから、憎んでいいから、何も望まないからもう奪わないで――奪わせないで。


なんでもする。

だから、お願い・・・お願い・・・・・。







「?」

ぼやけた視界の中で、鼻先で匂った独特の臭いに眉を寄せる。

――白色、消毒液の匂い、大嫌いな組み合わせ。最悪の目覚めだ。

「有園さん、起きた?」

「は、い。あの、ここは・・・」

「保健室よ。――んん~、まだ顔色が悪いわね。有園さん、あまり何でもかんでも溜めこんじゃ駄目よ。今日はゆっくり休みなさい」

「・・・有難うございます。でももう大丈夫ですよ」


保健室とは名ばかりで、実質的には病院の病室のようなこの空間にあたしはこれ以上居たくはなかった。だから、笑ってベッドから身を起こす。それを保健医であろう綺麗な女性は困ったように見ていたけれど知らん振りを決め込む。誤解のないように宣言するけれど、こんな美女を無視するなんて本当は嫌だ。現にあたしの繊細なハートはズキズキと痛み、今にも張り裂けそう・・・かもしれない。

しかーし、いくら保健医さんが美女で、何が詰まっているのか分からない巨乳の持ち主でも、この空間に居ては具合が更に悪くなるのは確実なのだから許してほしい。


あたしの強い意思を汲み取ってくれたのか、保健医さんは苦笑しながらもハンガーに掛けてあったブレザーをそっと手渡してくれる。

「――全く、仕方ないわね」

「有難うございます」

お礼を言ってそれを受け取ると、保健医さんはベッドを外から遮断するように閉めきっていたカーテンを徐に開けた。



うふふ・・・あたしの希望的観測を見事に裏切って、カーテンを開けたそこには、志月さんのお姿が。

あはは、何ででしょー?ただの保健室のカーテンは、そこに志月さんが居ることでゴージャスカーテンに早変わりしてしまいましたよ~。志月さんてばここまで来ると妖怪や変化の類じゃないかと勘ぐっちゃうよ?志月さんと圭司さんだけだよ、背景に薔薇が咲き誇っているのは。


「さて天宮君、貴方はいつまでここに居る気なの?有園さんは大丈夫だと言い張っているけれど?」

心なしか保健医さんの口調が刺々しいように感じられるのは、あたしの耳が可笑しくなったから?天宮家のご子息であらせられる志月さんに向かってこんな口を利けるなんて、この学園には先生も含めて皆無な筈なのに・・・。もしやネッシーよりも凄いレジェンドを生で見てしまったのか?あたしってばすげー。

どうすれば保健医さんのようにナチュラルに毒を飛ばせるのだろう?もしかすると、もしかして―――美女で巨乳、極めつけは白衣。この三種の神器を手にすれば新たなレジェンドも夢じゃないってことですか?そうなんですか?だとしたら・・・神様って惨い!!!



「そこに立っているだけじゃ何も変わらないわよ、天宮君。私、今から会議があるのだけれど、“此処”頼めるかしら?」

「・・・・・はい、俺が傍についています」

「え?ちょ――!」

戸惑うあたしの制止の声を、保険医さんが満面の笑みでもって封殺する。あぁ・・・ここにも薔薇を背負っているお方がおられたぞぉおお!!レジェンドは伊達じゃないってことデスね?

「ふふ、良かったわね。天宮君が傍についていてくれるそうよ。――今は丁度お昼休みなの。隣の控室、鍵空けておいたから使って良いわ」

進められていく会話にレジェンドも巨乳もどうでも良くなった。

今ここで志月さんと2人きりになれば否応なしに中途半端で終わった会話の続きを促される筈だ。欲を言えば、もう少しだけ猶予が欲しかったけれど、しょうがない。


「有園さん“これ”を貴女に。もしまた体調が悪くなったり、我慢できなくなったら、このボタンを押して。すぐ駆けつけるわ。もしも、早退したいのなら担任に言ってください。有園さんの体調が悪い事は伝えてあるから、直ぐ対応してくれるわ」

本当に気遣ってくれているのが分かる。そしてこのボタンを渡してくれた理由も・・・。何だか泣きたいような気持になった。

「有難うございます」

「どういたしまして。それじゃあ、天宮君――頼んだわよ」

「はい」



控室に移動して、椅子に腰かける。

気まず過ぎる沈黙に、肩にかかる重力が増したような感覚に陥る。


「あ、あのっ!有難うございます。それからご迷惑をお掛けしたみたいで、すみません」


何とも言えない空気を振り払うように、勢い良く頭を下げたあたしに対し、志月さんは無言だ。――やっぱり相当怒っているんだろうなぁ。

空気が重い。どうすれば・・・――


「お前が――、謝る必要はないだろう」

「し、づきさん?」


思わず俯いていた顔を上げる。

そこには、見たことのない表情をしている志月さんがいた。


「・・・悪かった」

「――え?」

「必要以上に、お前に踏み込んで追いつめた。だから、すまなかった」


律義にも、あたしと目を合わせて謝罪する志月さんは、深く頭を下げたまま動かない。


あぁ、この人は・・・・・優しいなぁ。

あたしは――あの人の娘なのに。迷惑だって一杯掛けているのに。大嫌い以上に憎い筈のあたしに、頭を下げて謝る必要なんてないのに――。


「志月さんが謝ることなんてないです。顔、上げてください」

「?」


そう。志月さんはあたしを追いつめたと言うけれど、追いつめられていたのは志月さんの方だ。あたしはあの人へ繋がる“手掛かり”なのだ。それに今日は、半ば無理やり交わされた“約束の日”でもある。志月さんにしてみれば約束の時間までに出来得るだけ情報を手にしたいのは道理。だからあたしを追及するのも至極最もな判断で、約束の時間まで余裕など一切ない今、志月さんが焦るのは当然だと思うのだ。


「あたしは――志月さんがどれほどの想いで“あの人”を探しているのか知らないし、分かりません。でも、それが生半可なものでないことは見ていて感じることは出来ます。志月さんは自分のやるべき事を精一杯やっているだけでしょう?―――だから、他人を気にする必要はない。自分の事に専念しろ・・・ってことだと思います。コレ、受け売りですけど」


「それは俺の台詞だろうが・・・」

「あれ。怒っちゃいました?」

「――違う」

何とも言えない表情をしている志月さんが何を思っているのか分からないが、なんだか前よりは話しやすい雰囲気がある。いつもの威圧感がないことで、あたしはほっと息をつくことが出来た。


ゆったりとした空気の中で、志月さんが視線をさ迷わせたかと思うと、その目はあたしを映した。


「過去を、思い出すのは辛いか・・・?」

らしくない。迷ったように吐きだされた質問に、あたしは目を瞬く。

こんな風に、志月さんと・・・そしてこの質問と向き合うとは思っていなかった。


「――辛いですよ。でも、辛いだけじゃ有りません。志月さんが思うようなお話ではないかも知れませんが・・・、それでも構わないなら・・・」

最後まで言いたいのに、喉が詰まって声が出ない。

ちゃんと、志月さんに話さなきゃいけないのに。どうして、なんで?身体が強張るの?

焦るあたしの肩に、志月さんの大きな手が添えられる。



「もう良い」

「―――え?」





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