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アンケート-選ばないという選択-  作者: 菊池まりな


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第57話 空白のメッセージ

昼過ぎに、ユリは帰った。


玄関で「また連絡していいですか」と言った。


「いつでも」と美佳は言った。


ユリが頷いて、出ていった。その後ろ姿は、昨日岸壁で見た後ろ姿より、少し重心が低かった。地面をちゃんと踏んでいる感じがした。


朝倉も「一度家に帰ります」と言った。「着替えがないので」


「昨夜は廃施設に泊まったんですね」


「翔の毛布が一枚しかなかったと言いましたが、正確には翔が一枚しか持っていなくて、翔に使わせました」


「朝倉が使えばよかった」


「翔の方が必要そうだったので」と朝倉は言った。それ以上の説明はしなかった。


美佳は「ありがとう」と言った。何に対してかは言わなかった。朝倉には伝わると思った。


「また夜に連絡します」と朝倉は言って、出ていった。


一人になった。


部屋が静かだった。昨夜からずっと誰かがいたので、静けさが少し新鮮だった。


美佳はソファに座って、端末を持った。


何か来ているか確認しようとして、やめた。


翔からの連絡は夕方でいい。有栖川からの連絡も、急ぎではないはずだった。


端末をソファの隣に置いた。


窓の外を見た。光が少し傾いてきていた。昼を過ぎていた。


美佳は目を閉じた。眠るつもりではなかった。ただ、少しの間、何も見ないでいたかった。


三十分ほど経って、端末が振動した。


一回だけだった。メッセージだった。


美佳は端末を手に取った。


番号非通知だった。


画面に一行だけ、テキストが表示されていた。


問いは、答えより先に存在してはいけないの?


美佳は動かなかった。


二年前と同じ文面だった。二年前と同じ番号だった。あのとき既読をつけなかったメッセージと、同じ問いだった。


今度は既読がついた。自動的に。


美佳はしばらく画面を見ていた。


返信するかどうか、考えた。


二年前、このメッセージを受け取ったとき、美佳は無視した。意図的にではなく、どう返せばいいか分からなかったから。そのまま二年が経った。


今は、違う。


美佳は返信欄をタップした。


少しの間、何を書くか考えた。言葉にしようとすると、いくつか浮かんだ。でも、どれも多すぎた。


最終的に、一行だけ打った。


存在していいと思います。


送信した。


既読がついた。すぐに。


返信は来なかった。


五分待った。十分待った。返信はなかった。

美佳は端末をソファに戻した。

返信がないことを、不安には思わなかった。届いたと思った。届けばいいと思っていたから、それで十分だった。


問いは、答えより先に存在してはいけないの?


美佳はその問いを、もう一度頭の中で繰り返した。


二年前に読んだときと、今読むときとでは、問いの感触が違った。二年前は問いかけられているように感じた。今は、誰かが自分自身に向けて呟いているように聞こえた。


送ったのはミオだろう、と美佳は思った。確かめようとは思わなかった。

夕方、翔から連絡が来た。


午後の確認です。Aラインの動き、今日は一度もありません。Bラインも静かです。ミオさんは廃施設を出ました。有栖川さんが送っていきました。


美佳は分かりましたと返した。


それから少し考えて、もう一行付け加えた。


翔、ありがとう。昨夜も今日も。


翔からすぐ返ってきた。朝倉さんに毛布を取られました。それだけが心残りです。


美佳は笑った。


夜、朝倉から連絡が来た。


今日一日どうでしたか


静かでしたと美佳は返した。


静かは良いことですか


美佳は少し考えた。良いことです、今日はと返した。


朝倉からそれは良かったと来た。それから少し間を置いて、一つ聞いていいですかと来た。


どうぞ


これからどうしますか、美佳は


美佳はその問いを受け取って、しばらく端末を持ったまま座っていた。


どうしますか。


この数日で、たくさんのことが動いた。システムの一部は止まった。全部ではない。久坂はいなくなった。ミオは倉庫を出た。ユリは帰った。翔は廃施設にいる。朝倉は家にいる。


何かが終わったとは言い切れなかった。でも、何かが変わったのは確かだった。


美佳は返信を打った。

カフェに出勤します。明後日から。それが今考えられることの全部です


朝倉からすぐ来た。

それで良いと思います


朝倉は


俺は明日、翔の廃施設に行きます。サーバーをどうするか、翔と話します

終わったら教えてください

教えます


それだけのやり取りだった。でも、それで十分だった。


夜の十時頃、有栖川から短いメッセージが来た。


ミオさんを、今夜は私の知人のところに連れていきました。しばらく落ち着ける場所が必要だと思ったので。本人も了承しています。


美佳はありがとうございますと返した。


有栖川から一つだけと来た。


今朝、ミオさんが私に話してくれたことがあります。LAPISを設計した本当の最初の理由は、自分の選択を誰かに見てほしかったからだと。正しいかどうかではなく、ただ、誰かに見られていたかった。その気持ちから、全部が始まったと言っていました。


美佳はその文章を二回読んだ。


見られていたかった


美佳は少し時間をかけて、返信を打った。

それは、分かる気がします


有栖川から私もですと来た。


それから一行。

おやすみなさい。今日はよく眠れますように。


おやすみなさいと美佳は返した。


端末を置いた。


部屋の電気を消した。


布団に入った。昨夜はソファだったから、布団が久しぶりに感じた。


天井を見た。暗かった。


美佳は、今日一日に起きたことを順番に考えようとして、やめた。考えなくても、ちゃんと起きたことだった。考えることで何かが変わるわけじゃなかった。


ただ、一つだけ残っていた。


問いは、答えより先に存在してはいけないの?


存在していいと思います。


そのやり取りだけが、静かに胸の中にあった。


誰かの問いに、答えた。二年越しで。


それが正しかったかどうかは分からなかった。でも、自分で返した言葉だった。


目を閉じた。


外は静かだった。風もなかった。


美佳はそのまま、眠った。


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