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アンケート-選ばないという選択-  作者: 菊池まりな


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第33話 共感

有栖川から返信が来たのは、翌日の夕方だった。


「明後日の午前中、時間が取れます。場所はどこでも」


美佳は「カフェで大丈夫です。仕事が終わる十一時に」と返した。


送信してから、スマートフォンを置こうとして、止まった。


通知が一件、来ていた。


@LAPIS_echoのアカウントからだった。


フォローしているわけではなかった。通知設定を変えた覚えもなかった。それでも画面には、小さなベルのアイコンと一行の文字が表示されていた。


「新機能のお知らせ:共感ボタンが追加されました」


美佳はその通知を、しばらく見ていた。


消さなかった。


アプリを開いて、@LAPIS_echoのページに移動した。


変化はすぐに分かった。投稿された問いの一つひとつに、小さなアイコンが追加されている。ハートでも、いいねでもない。波紋のような、同心円が広がる形のアイコン。タップすると「共感しました」という文字が出て、数字が一つ増えた。


美佳はすぐに指を離した。


タップしてしまっていた。


数字が、一つ増えたままだった。


翔に連絡した。


「@LAPIS_echoに共感ボタンが追加されてる。気づいてた?」


「今見ました」と翔はすぐに返した。「いつ追加されたか確認します。少し待ってください」


五分後、翔から返信が来た。


「昨夜の二時十七分に実装されています。彩音さんのアカウントから更新されているので、表向きは彩音さんによる追加です。ただ」


「ただ?」


「実装のコードを見ると、彩音さんが自分で書いたものとは思えない。技術的な水準が、これまでの@LAPIS_echoの構造とは明らかに違います」


技術的な協力者。


美佳は彩音が認めていたことを思い出した。


名前は明かさなかった。でも存在は認めた。


「共感ボタンの何が問題なの」と美佳は打った。


「今から解析します。直感ですが、ただの共感機能じゃないと思っています」

翔からの次の連絡は、二時間後だった。


「予想より複雑でした。共感ボタンを押したユーザーのデータが、問いの内容と紐づけて記録されています。どの問いに共感したか、何時何分に共感したか、何秒間その問いを見ていたか」


「それだけ?」と美佳は返した。


「それだけじゃないです。共感数の多い問いが、特定の感情パターンに収束するよう設計されています。共感を集めた問いが上位に表示され、上位に表示された問いがさらに共感を集める。その循環の中で、表示される問いの種類が少しずつ絞られていく」


「問いが、育てられている」


「そうなります。ユーザーが自発的に選んでいるように見えて、実際には特定の感情の方向へ誘導されている。どの感情かはまだ解析中ですが」


美佳はスマートフォンを持ったまま、窓の外を見た。


藍都の夕暮れが、街をオレンジ色に染めていた。


共感する、という行為が、記録される。記録が、次の問いを形作る。そしてその問いが、また共感を呼ぶ。


ユーザーは選んでいるつもりで、選ばされている。


強制じゃないから、正しい?


美佳が感じていた問いが、また戻ってきた。今度はより具体的な形で。

美佳は@LAPIS_echoのページを開いた。

さっきタップしてしまった問いが、まだそこにあった。共感数が、美佳がタップする前より三つ増えていた。


自分が押した一つも、その三つの中に含まれている。


その夜の十一時過ぎ、スマートフォンが震えた。


番号非通知だった。


美佳は画面を見たまま、二回、三回、着信音が鳴るのを待った。


出なかった。


切れた。


三十秒後、メッセージが届いた。


番号非通知からの、一行だった。


「あなたは、正しい」


美佳は画面を見たまま、動かなかった。


二年前の、あの空白のメッセージと同じ番号だった。


送信者不明。既読はつけたくなかった。でも、もうついていた。


あなたは、正しい。


何が正しいのか、書いていなかった。正しい、という言葉だけが、文脈なく、そこにあった。


文脈のない肯定は、否定より怖い場合がある。


美佳はそのメッセージをスクリーンショットして、翔と朝倉に転送した。


「さっき届いた。二年前の空白のメッセージと同じ番号から」


朝倉からはすぐに既読がついた。翔からも。


でも二人とも、しばらく返信しなかった。


三人とも、同じものを見て、同じように止まっているのだと、美佳には分かった。


最初に返信したのは翔だった。


「番号を追います。ただ、おそらく使い捨ての回線です。すぐには特定できないと思う」

次に朝倉。


「美佳、今夜一人?」


「一人」


「鍵、ちゃんとかけて」


「かけてる」


「二重に」


美佳は立ち上がって、玄関に行った。鍵は一つしかなかった。チェーンをかけた。


部屋に戻って「チェーンかけた」と送った。

「よかった」と朝倉は返した。


美佳はベッドの端に座って、もう一度あのメッセージを見た。


「あなたは、正しい」


二年前、空白のメッセージが届いたとき、美佳はまだLAPISのアンケートの渦中にいた。あの頃の美佳が何をしていたか、何を考えていたか、正確には思い出せない。ただ「終わったはずなのに、終われていない」という感覚が始まる前の、もう少し手前の時期だったはずだ。


その時期に、誰かが美佳のスマートフォンにメッセージを送ろうとして、本文を消した。


そして今夜、同じ番号から「あなたは、正しい」と届いた。


二年間、この番号は沈黙していた。


何かが動いたから、また声を出した。


何が動いたのか。


美佳には分からなかった。でも一つだけ、確かなことがあった。


この番号の向こうにいる誰かは、二年前から美佳を見ていた。


眠る前に、美佳はもう一度@LAPIS_echoのページを開いた。


共感ボタンの実装から数時間で、共感数の多い問いの顔ぶれが変わり始めていた。翔が言っていた収束が、もう始まっている。


一番上に表示されている問いを、美佳は読んだ。


「正しいことをしているのに、不安なのはなぜだろう」


美佳はタップしなかった。


画面を閉じて、スマートフォンを枕元に置いた。


画面を上に向けたまま。


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