第三百十九話 これに乗って貰う。まだ昼過ぎだし、どんなに遅くても夕方にはカロンドロ男爵領に着くさ
連続更新中。
楽しんでいただければ幸いです。
流石に四人いるのでブレイブウイングは使えないし、アツキサトへの移動は魔導車を使う事にした。馬車に比べて乗り心地はいいし、圧倒的に速いからな。
「これに乗って貰う。まだ昼過ぎだし、どんなに遅くても夕方にはカロンドロ男爵領に着くさ」
「このような乗り物まで……」
「良い座り心地です。それに冬なのに中はこんなに快適ですわ」
最高レベルの冷暖房完備だからな。カロンドロ男爵までは快適ドライブになるだろうさ。
【ヘイ旦那、空の次は陸ですか? 今日は大勢乗ってきやすね】
脳内モードにしといてよかったよ。知らない人が聞いたら驚くだろ。
「それよりも向こうに連絡をしないとな。雷牙にすりゃいいか」
ブレイブフォンですぐに繋がるしな。
「おう!! 連絡してきたという事はもう倒したのか? で、そっちの状況はどうなんだ?」
「魔怪種アリギラスクイーンと黒龍種アスタロトは倒した。王族三人は無事確保。王城内に生き残りがいるから救出用の物資と救出用の馬車か何かを回してほしい」
正確には魔怪種アリギラスクイーンは仲間割れの末の自爆だが、討伐完了だから問題は無いだろう。
「わかった。他に何か伝える事があるか?」
「助かった人は王城内に立て籠もってるんだが、そのうちのひとつとは合言葉を決めている。王都開放部隊参上といえばあいつらは扉を開く」
「王都開放部隊参上か、確実に伝えておこう。高速馬車を使うと思うが、こちらからではなく近くの貴族領から向かわせるかもしれんぞ」
「その方が早いだろうな。でも、男爵はともかくスティーブンは調べ物があるだろう?」
「あの件も例のドワーフに頼むつもりだ。スティーブンもいろいろ仕事を抱えてるからな」
そりゃそうだろうな。ここから先は地獄のような量の仕事が待っている筈。
カロンドロ男爵の即位式に関する仕事だけでも山積みだし、元王族の領地とかの再建とか色々ありすぎるからな。美味しい所は早めに手を付けないと他の奴が持って行くだろうし。
例の倉庫の件も早めに手を出したいんだろうから、近場にいるドワーフに調べさせるつもりなんだろう。俺が売った酒を使ってね。
「了解した。せめて男爵領に近い関所だけは排除しておいてくれ。帰りは地上ルートなんだ」
「流石に四人乗りは無理か」
「それもあるが氣が低いとブレイブウイングに乗せるのは危険だろう」
「そりゃそうだ。男爵たちには伝えておく。こっちは何事も無かったぜ」
その為に二人もブレイブを残していったんだしな。
あれで襲われてたら目も当てられない。
「連絡終了。待たせて悪かった」
「会話中もこの乗り物は動いておったが」
「自動運転が搭載されてるから大丈夫だ。安全性は高いぞ」
超高速で走ってるから周りの風景を楽しむことはできないけど、全然揺れないから乗り心地は最高だ。
流石に王族だけあって行儀がいい。騒ぎもしないし、しゃべりもしない。公務中とかだと私語なんてもっての他だし、その辺りはきっちり躾けられているというか教育されてるみたいだな。
「ジョエルたちの関所……。この車内にいる限り誰の手出しもさせない。安心してここにいてくれ」
「わかった。お前を信じよう」
「カロンドロ男爵領まで無事に送り届ける。邪魔する奴は俺が排除するさ」
車外に出てジョエルと再会した。こいつはカロンドロ男爵についたから安心だけど、王族にいい感情は抱いていない可能性もあるしね。
「よう、久し振りだな。例の魔物対策の関所か?」
「勇者クライド様。先日はカロンドロ男爵に話をしていただきありがとうございます。私だけ男爵と話をしましたが、おもった以上のお方でした。私はカロンドロ男爵に生涯忠誠を誓わせていただきます。この関所はお察しの通り南下する魔物対策です」
「王都から魔物が来ることはもう無いだろう。関所は最低限のひとを残すだけでいい」
「魔物はもう来ない。本当ですか?」
「ああ。あの魔物を操っていた黒幕は倒した。それでも王都からの脱走兵や盗賊の類は警戒しないといけないから警戒は続けた方がいいだろう」
最初に王都から逃げた連中がどのコースを通って何処に潜伏してるか分からないからな。もしかしたらあの荒れ地とか森を抜けてこっちに来る可能性もゼロじゃないし。
しばらくの間は警戒が必要だ。
「わかりました。勇者クライド様もお気をつけて」
「ありがとう。何か困った事があれば言ってくれよ。俺たちはもう仲間なんだし」
「そのお言葉だけで十分です。旅のご無事を」
旅って言うほどの事でもないけどさ。
関所の数次第では予想より早くアツキサトに戻れるかもしれないし。
「話は終わった。これでしばらく経てばこの辺りも平和になるだろうな」
「今までは平和でなかったような言い草だが」
「魔物騒動は前から何度もあったし、少し領地経営がよくなったところには必ず魔物が出現していたからな」
「少なくとも儂は知らんぞ。先王……父も愚かではあったが、前王妃クリスタッロの我儘に振り回されておっただけだ」
「その事で聞きたいんだが。あんた本当に前王妃クリスタッロの子か?」
空気が張り詰めた。まあ、そうだよな。その答えにたどり着く奴なんていないだろうしさ。
「どういう意味だ?」
「そのままさ。前王妃クリスタッロが人間との間に子を成すとは思わないし、そんな事が可能とも思わない。あのクソ女が途中で入れ替わった可能性もあるけど、流石にそれだと気が付くだろうしな」
「儂は第二王妃の子よ。前王妃クリスタッロと父との間に子はおらぬ。何人かは前王妃クリスタッロとの子という事にしておるがな」
「はじめてお聞きしましたわ」
「儂や一部の者しか知らぬ秘中の秘だからの。なぜそれに気が付いた?」
あいつが人とどうこうある訳ないじゃん。肉体的接触が出来るかどうかも謎だしさ。
「あんたよりあのクソ女の事を知ってるからかな? 直接会った事は無いから細かい事は知らないけど、あいつの考えや目的なんかはある程度予測できる」
「勇者クライドは百年先まで見通す化け物という報告は本当だったか。それだけの力を持ちながらなぜカロンドロの下につく? お前であれば最高最強の王になれるだろう?」
「俺には国を差配する事なんて無理だし、面倒だからそれはごめんだ。今は魔法学校の理事長をしてるけど、あいつらの面倒を見るだけで手一杯さ」
「本当にそれでよいのか?」
「俺の力は誰かを守るための力だ。為政者になれば苦渋の選択で色々と切り捨てないといけないだろ? 俺の為に死んでくれと命じる辛さも苦しさも、俺はごめんなのさ」
その点カロンドロ男爵やスティーブンは強いと思うよ。
あいつらの為だったら命を投げ出す奴も多いだろうし、涙を堪えて笑ってそいつらを死地に送り出せる力量もあいつらにはあるんだから。
「優しい男だ、確かにお前は王に向かぬだろう。勇者で聖者で賢者。しかし、それだけの力を持ちながらお前は王にだけはなれぬ」
「俺は元々誰かの上に立てる人間じゃない。今の地位だって高すぎる位だ」
さらに上の爵位を与えられる予定だしな。
カロンドロ男爵とはいえ、流石に領地は渡してこないだろう。俺にあの屋敷の敷地以上の土地を渡したらなにをされるか分からないからね。
「欲がないのだな。そういう報告も受けていたが本当であったか」
「欲しい物は殆ど手に入れているからな。これ以上望むのは欲が深すぎる」
子供に関しては今年中に授かる予定だしね。
金にしてもそうだけど有り余り過ぎてもうどうやっても使いきれない量だしさ。
「地位はまだ上を目指せるだろう?」
「一番必要ないものだな。俺は家族と慎ましく暮らしていければいい」
「それだけの服を着てこんな物を所持しておきながら慎ましくか……」
「この服は普段着だ。一番いい服はこの世界では俺くらいしか着ていないだろう。だが、どんなによかろうがそれは服だ。着心地が一定以上の基準を満たしていれば、俺はそこまで気にしないんだけどな」
「物の価値を分かっていながらその言い草か……。なるほど、お前が儂の元にいても使いこなせなかっただろうて。カロンドロがよくお前を御しておるものだ」
俺はそこまで扱い難い人材なのか? カロンドロ男爵は割と気軽に俺にあれこれ頼んでくるけどね。
俺にしかできない仕事も割とあるけどさ。
「そろそろカロンドロ男爵領だ。あそこに見える街がオウダウさ」
「あれがオウダウだと!! 馬鹿な!! オウダウは小さな村だったはず。あれでは侯爵クラスの貴族の領都と同じ位の規模ではないか!!」
「ここ数年でオウダウはあそこまで成長した。デカい商会は多いし旨い飯屋も多い、観光客や交易する商人も多いから高級宿泊施設も山ほどある。温泉が湧いてる場所は限られてるから、高級宿泊施設はその辺りに集中してるけど」
「儂は何も知らぬ王だったな。このような街を幾つも支配する男を野放しにしてきたのだ。カロンドロに靡く者が多いのもよく分かる」
「それが直接の原因じゃないけどな。先王のやらかしをあんたは全力で改善しようとした。しかし、前王妃クリスタッロや黒龍種アスタロトが領地経営がうまくいきかけた貴族に魔物を差し向けていたんだ。誰からといわれなくても簡単に予測がつくレベルでな」
この王は貴族や領地の立て直しについてはそこまで無能じゃなかった。しかし、各地で暴れている魔物を放置してきたのが痛手だったのさ。
貴族領で発生した魔物の討伐は基本的にその領主がしなければならないとしてもね。だいたいその魔物を放ってるのがお前の身内とその部下なんだから。
「儂があの魔物の討伐を命じたところで、倒せる者などおらぬ」
「もう十数年前から俺と同じ力を持っている男がいた。雷牙の奴は初め王都にいたはずだ。あいつを召し抱えていなかったのがそもそもの敗因だぞ」
「儂は何度か召し抱えようとしたが、前王妃クリスタッロに何度も反対されて断念したのだ。黒龍種アスタロトも絶対に首を縦に振らぬ」
「黒龍種アスタロトはそりゃそうだろうな……」
あいつは黒龍種アスタロトの事は知らなかっただろうけど、流石に魔怪種独特の気配は察知するだろう。そうなるといきなり誰にも止められない戦いが始まる。
その時点の黒龍種アスタロトはどの位強かったんだろう? 少なくとも俺が倒した形態よりは弱い筈だ。
「話をしてるうちに見えてきたな。あれが今の領都、アツキサトだ」
「あれが? 王都よりも素晴らしい建築物に囲まれておる。街の防備、街道の整備具合、活気、そのすべてが王都を上回る」
「俺が今の王都を僻地といった訳だ。アツキサトはまだこれでも成長途中だぞ」
「これでか? 儂はカロンドロにすべての面で劣っておったのか? ここまで差がつくほど儂は無能だったか?」
あの規模の塩の産地や穀倉地帯を放置してた時点でおかしいと思うぞ。いろいろ妨害はしてくれたみたいだけどさ。
それに真魔獣を使って一時はアツキサトの人口を四分の一くらいにまで落としただろ。
あれだけ邪魔しておいてこの結果なんだ。何をしてても無駄だよ。たとえ俺がいなくてもスティーブンが動いてただろうしな。
「アツキサトに着いたら男爵といろいろ話しをしてみるといい。その差の答え位は聞けるかもしれないぞ」
「目の前におるお前ではないのか?」
「俺はきっかけに過ぎないし、俺がいなくても何とかしただろうぜ」
流石にここまで早くなかっただろうけどな。
さてと、ようやくの帰還だ。派手な出迎えがあるかもしれないけど、ちゃんとそれに応えないとね。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。




