第三百三話 南に向かっているのはわずかに数体の魔怪種? 総戦力で南の貴族領を目指しているんじゃないのか?
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一月の第三週目に突入した。一月の半ばには動くだろうと予想された王都にいる黒幕連中は鳴りを潜め、代わりに王都内では魔怪種たちが破壊の限りを尽くしている。当然もう生きている人間など王城にしか存在していない状態だ。
王都内を蹂躙しつくした魔怪種が数体、街道を南下して他の貴族領に向かい始めたという情報が入ったのはつい数十分前の事だ。
いつも通り俺、雷牙、土方、スティーブン、カロンドロ男爵、ルッツァといった主要メンツが男爵の屋敷に集まってこれからどう動くかを話し合っていた。あれ? もう攻め込むんじゃないの?
「南に向かっているのはわずか数体の魔怪種? 総戦力で南の貴族領を目指しているんじゃないのか?」
「一部の魔怪種というか魔物が南の街道に姿を現しただけだ。それを率いている指揮官らしき姿は無い。向かった先は今は領主のいない貴族領だな」
反乱で処刑された貴族の領地か。
今はそこをだれが治めているんだ?
「問題はその貴族領の状態が不安定だという事だ。領主は吊るしあげられて処刑されたがまだ貴族の血族はどこかに隠れているらしくてな、下手をすればそいつらが領主として領地を引き継ぐと言い出しかねない」
「幾らこの国が滅ぶ寸前だとしてもその声を無視する訳にはいかんのでな。旗揚げをした後でレイドラント王国の貴族として華々しく散らしてやらねばなるまい。相手は王都から南下する魔物だが」
「領民やそいつらを守った勇敢な兵を見捨てるって事か?」
「領主にとってはそいつらの方が問題なんだ。どこの貴族領でもそうだが、反旗を翻す兵や領民を受け入れるのはかなり厳しいぞ」
そりゃあね。幾ら領主が暴君だとしてさ、禄を貰っている以上兵士はそれに従うべきだろう。俺? あの王様からはまだ一度も約束の金を貰ってないぞ。貰う前にこんな状況になったからだけどさ。
それはそうとして、俺だって兵士の事情は理解してるからできる限り助けてやりたいんだけど。カロンドロ男爵や他の貴族次第なんだよな。
「建前はだがな。こちらに救援を要請した上で儂に忠誠を誓うのであればその兵士や領民は助けてやっても良い。奴らにその気があるのであれば、こちらに早馬くらい走らせておるだろう」
「そんな動きは聞いてないな。その位考えられる奴はいるだろうに」
「今は荒れた領地の再建で動けない可能性も無いか? 領主の一族が何処かに潜んでいるんだったらそいつらも探さないといけないだろうし」
「目の前に敵が迫っているのに? まさか勝てるとでも思っているのか?」
「相手の力量をはかるにはそれ相応の実力が必要だ。領主を打倒した事で舞い上がっている可能性も捨てがたいが」
どの魔怪種が迫っているか知らないけど、アレはこの世界の人間にどうこうできる敵じゃないぞ。
大体アレを倒せるんだったら王都に攻めても生きてたはずだ。
「魔物が向かったのは南だけなのか? 領主に反旗を翻した奴らは他にもいたんだろ?」
「北方以外で王都に隣接する貴族領は軒並みそうなっておるな。魔物がそちらに向かっているという報告は無い」
「やはりあいつらの最終的な目的はこっちなのか?」
「その可能性は高いと思うが断言はできん。陽動の可能性も十分あるぞ」
「流石に黒龍種アスタロト相手だとその位は考えないとダメか。あいつの性格から考えると、いきなり攻めてきそうなんだけどな」
あいつは直接戦闘に参加して、自分の力で相手を叩き潰す事に至上の悦びを見出す奴だ。生み出した魔怪種は相手を逃がさない為のコマに過ぎない。
黒幕のクソ女は最後の最後まで裏でこそこそしてそうだけどな。
「王都方面には俺が向かうつもりだけど、西方面も警戒して欲しいんだ。特に旧貿易都市ニワクイナ辺りとか」
「何か確証があるのか」
「例の大量誘拐事件の犯人が見つかっていないだろう? という事はだ、あの辺りに何か仕掛けが残っているかもしれない。南の方は流石にもう残ってないと思うし」
「あっちは色々あるから警戒レベルが凄いしな。南から街に近付けばすぐに発覚するだろう」
魔法学校もうちほどじゃないけど割と防御面は強力だしな。
いきなり襲われる可能性はかなり低い。
「お前ひとりで……、といいたいところだが、お前なら大丈夫だろう」
「正直俺たち二人よりも戦力的には上だしな。でも、ひとりで行くのはこっちに何かあるのが怖いからなんだろう?」
「王都へ攻め込むんじゃないんだし、別に倒しきる必要は無いからな。俺一人だったらどうやってでも逃げられる」
「あの魔物を退治した後。王都がどう出るかだな」
「王城を囲む結界を解いたりはせんだろう。ここまでくればあの城の中で朽ち果てるしかあるまい」
抜け道が無い場合はな。
だいたい王城の地下にはどこかに繋がる隠し通路がある筈だ。城が攻められたときに自分だけ助かるようにね。
「とりあえず明日、俺が南下する敵の討伐に向かいたいんだが……。どうかな?」
「威力偵察ではないが、向こうの出方を伺うには良いかもしれん。結果的に例の貴族領にいる兵たちが助かるだろう」
「魔怪種の数を減らすのは悪い事じゃないしな。今のお前にとっちゃ汎用型の雑魚と変わらないだろうし」
「強化型でないとは言い切れないけど、それを調べる必要もあるしね」
幹部クラス並みに強化されてたら今後の対応を考えないといけない。
こっちに何の心配も無けりゃ、三人で攻め込むのが理想なんだけどね。向こうも馬鹿じゃないし、正々堂々と戦う奴らでもないから。
「では明日、クライドが街道に出現した魔物の討伐に向かうという事で決まりだな」
「こっちに何かしかけてくる可能性もある。向こうの出方を伺う意味もあるんで警戒は忘れないでくれよ」
「俺と土方が上空にレーダーユニットを大量に飛ばしてるんだ、下手な動きを少しでもすりゃすぐに引っかかるさ」
「俺もしばらくはここで指示を出すだけになってるからな。若干工期が伸びる現場が出てくるぞ」
「それはもう織り込み済みだ。お前が指導したおかげで本来よりかなり工期が短縮できているからな。ここで多少遅れてもそこまで問題じゃない」
王都に攻める準備をしている時からその位は想定しているだろうしな。
今は冬だし、日照時間も割と少ないから元々作業時間が短いしね。
「報酬が一番悩むところなのだが……。クライドは以前レオナルドから家紋を授与されていたな」
「コレですか? 割と気に入ってますけど」
「もう少し凝ったデザインで新しい家紋などはどうだ? 後で旗なども作らせる」
「即位後に新しい爵位付きでですか?」
「そういう事だ。儂が王になれば、ここにいる者には最低でも侯爵の位を与えねばなるまい。新しい家紋も必要であろう。ヒジカタについては、今後少し話をせねばならぬが」
「流石にまだ手を出してないですよ?」
まだね。そのうちって事?
手を出した時点でもう後戻りはできないよ? というかさ、土方は今年の五月くらいに結婚式を挙げさせられると思うんだ。
「新年会で並んでいた時点で手遅れだと気が付け。いまさら別れたりはしないだろ?」
「そりゃまあそうだがな。リアはいい子だぞ。それに外見や言動に騙される奴も多いが、相当に切れる頭脳の持ち主だ」
「アメーリアがか?」
「ええ。俺が教えた建築関係の知識。そこらの親方よりも理解してますよ。魚などの相場や飼育法、料理の腕も相当なレベルですし」
「儂もそこまでは知らなんだ。あの話し方は意識して演じておるのか?」
「アレは地ですよ。あの話し方や態度に騙されると痛い目を見るでしょうね」
割としたたかそうな気がしたんだけど、やっぱりそれなりに優秀な子だったんだな。
土方は割と贔屓の引き倒しはしない男だし、冷静な分析によるものだろう。
「アメーリアとの婚姻もそうだが、その後の身分についてもな」
「この国の発展には力を貸しますよ。平和を乱そうとする奴にも容赦しません」
「その辺り、酒でも飲みながら少し俺たちにでも話してみないか? 多少ののろけ話くらい聞いてやるぞ? クライド、頼めるか?」
「もちろん。燗をした清酒のセットに生ビールもあるぞ。酒の肴もこの通り」
燗をした清酒と、一品料理の小皿を大量に並べてみた。
それぞれが好きな物を選ぶスタイルだ。
「手際が良すぎる!! 仕込みか? この流れは仕込みなのか?」
「ごく自然な流れだ。仕込みはないぞ」
「絶対に嘘だ!!」
諦めていろいろ暴露したらどうかな?
明日、王都に向かわないといけないけど楽しい気分で向かえそうだよ。
こんな決戦前夜もいいだろう。そこまで戦局が広がらない可能性も高いけどね。
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