第三百二話 包丁の扱いは食材で千差万別、こうして料理する時に何処までそれを念頭に入れるかは人それぞれだよな。俺みたいに反則技を使う人間もいるしさ
連続更新中。ちょっと料理回。
楽しんでいただければ幸いです。
厨房に包丁で食材を可能な限り正確に刻む音が響く。食材によって、作る料理によって、求める状況に合わせて包丁をどう使うかは無限に近い選択肢がある。
一つとして同じ食材など存在せず、同じ植物、動物であっても個体差というものは確実に存在する。だから、適当に切れば味の沁み方は混沌を極め、そこから得られる筈だった旨味も簡単に失われるのだから。と、難しい事を考えててもやる事は変わんないんだけどね。
今日は滅多に人を入れない厨房にメイドロイドのソレイユを呼んで料理をしていた。さっきの忠告のお礼をしたいんだけど、この子たちって普通のご飯は食べられないしな……。さて、どうするかな?
「包丁の扱いは食材で千差万別、こうして料理する時に何処までそれを念頭に入れるかは人それぞれだよな。俺みたいに反則技を使う人間もいるしさ」
「旦那様の作る料理を味わう事は出来ませんが、それが世界でも最高品質の料理であることは理解できます」
「どう調理すればいいかその未来が見えちゃうからさ、俺はそれをなぞるだけなんだよな。真剣に料理に打ち込んでる人にとっちゃ、邪道もいい所だよ。これは正しくないってわかっちゃいるんだよ? でも、使わないと脳内に特殊な人工知能があれこれ指示してくるしさ。これに頼るのもどうかと思うし」
便利な力だけど、使いすぎると俺が何のために生きているのかわからなくなるんだよな。
だから、この力の使用は最低限にしてるんだけど料理の時には割りと勝手に発動してくるんだよね。こいつが発動しないとアイテムボックスの人工知能がミスをしそうになると警告してくるしさ。
「それは私たちの存在意義が無いと言っているのも同然の発言です。私たちも人工知能の命令で稼働しています」
「そんな風に言ったんじゃないんだけどね。ごめん、悪かった。そうだよな、人工知能に頼るのを悪く言えばそういう意味になるか」
「ふふっ、メイドロイドに謝る人なんて初めてです。私は出荷後にこのお屋敷での仕事が初任務ですが、他のメイドロイドの記憶も少しもっていますので」
「失言をしたらそれが誰であろうと謝る。ひととして当然の行動さ」
この子たちには心がある。先日の一件でシャルの気持を察してくれたことでそれは間違いないと思っている。
状況や感情をデータとして扱いそこから出した結論かもしれないが、何も考えていないのであればそのまま見過ごしたはずだ。
「旦那様は本当に変わっています。私たちにどれだけよくしても、肉体的な接触は出来ませんよ?」
「それに関しては求めてもねえよ。そんな事をしたらヴィルナとシャルにどんな目で見られるか……」
想像しただけで背筋が寒くなる。ヴィルナは多分その夜に本気で搾りに来るだろう。二度とそんな気が起きない位に徹底的に。
シャルなんて、猫の時に物凄く嫉妬深かったからな。何気に雌猫でも撫でようものならば、数日は冷ややかな目で接してきたし、あの性格は今もそのままだろう。今でも何かを確認するかのように、たまに匂いを嗅いでくるしね……。
「嫉妬は愛情の裏返しですから仕方ありませんね。でも、それを期待していないのに私たちに優しく接してくれるなんて、本当に旦那様は変わった方です」
「家にいる以上ソレイユたちも家族と一緒だ。でなけりゃ、屋敷にそれぞれの私室なんて与えないよ」
「そうでしたね。部屋を与えられてリュヌも戸惑っていたみたいです」
メイドロイドに部屋を与えるのもどうかと思ったけど、与えてみたらそれぞれが部屋を飾りつけたりいろいろし始めたからよかったと判断してる。これに関しては予知能力は使ってもいない。
予知能力は便利だけど、あまり先の未来を見ようとすると脳が焼けるというか、筆舌しがたい苦痛に見舞われるんだよね。
詳しく見なければそうでもないけど。
「今日の昼食のメニューは結局何にされたのですか?」
「青椒肉絲を始めとした中華系の料理かな? 焼き餃子とか微妙な料理も多いけどさ。ちょっと軽めの料理さ」
【そのサイズの干しアワビの姿煮を出して軽めの料理は表現がおかしいよ? 今更だけどさ~】
フカヒレは姿煮で被るからスープにしたしな。割と軽めだとおもうよ。
そっちにも同じ料理を送るからね。
【全然重くないよね。うん。焼売とかも欲しいかな?】
一角海老の身をふんだんに使った海老焼売とかあるよ。後は野菜を皮に練り込んだ四色の焼売とかね。剣猪の雌の肉を使ってるから美味しいぞ。
ライス系は白ご飯と海鮮チャーハン。それに東坡肉を具材に使った肉チャーハン。パン類は具無しの中華パンと同じく東坡肉を挟み込んだ物を用意してみた。
【あなたの作る東坡肉ってものすごく美味しいのよね……。こっちでも人気だから少し多めにお願いね】
特製八角のおかげだな。アレはこの世界で見つけた最強の香辛料のひとつだ。
この世界で俺が中華料理を使う時に必須な香辛料のひとつだよな。突き抜ける様な辛さがあるのに香りに癖の少ない花椒とかも重宝してるけどね。
北京ダックとかもあるし、いろんな地方の料理が混ざってるから中華料理風で揃えてるけど統一感は割とないんだよな。
【あの子たちの好物を多めにして、そして必要な栄養までいろいろ考えてる。凄いよね~】
ビタミン不足は果物とかでもなんとかなるし、後はカルシウムとかを少し多めにって感じかな? ヴィルナには少し鉄分が取りやすいメニューも食べさせないといけないし。
これでもいろいろ考えてるんだよ?
【本当に愛情たっぷりだね~。私たちもその恩恵に与ってるけど】
当然だな。俺はヴィルナもシャルも愛してるからな。それぞれに別の愛だけど。
【流石だね~。それじゃあ、料理楽しみにしてるね~】
通信を切りやがった。
ちょっと惚気たらすぐ切るんだから。約束通りに料理は贈るけどね。
「今旦那様からおかしな気配を感じました」
「ああ。神界の誰かと会話して時はあんな感じだよ。神力が漏れてたんだろ?」
「はい。何か神々しい力を感じました」
しかし、さっきユーニスは恩恵に与ってると言った。
俺から貰ってるって言いたいんだったら、分け前を頂戴してるでもいいはずだ。なぜああいったんだ?
本人に聞かなきゃわからないし、たまたまかもしれないけどさ。それはそれとして。
「そろそろ料理が完成する。後片付けもしていくから別の仕事をしてもらってていいかな?」
「食堂の準備をしてきます」
「頼んだよ」
これで後はアイテムボックスに仕舞った料理を並べるだけだ。
保管先は三つのフォルダなんだけどね。天使ユーニス用のフォルダに送る料理の数が一番多いんだよな~。仕方ないんだけど。
◇◇◇
テーブルにずらりと並んだ料理の数々。
シャルは基本肉好きであまり野菜は好きじゃない。餃子とか春巻きみたいな料理で美味しく食べさせないといけない。青椒肉絲に使ってるピーマンも苦みの殆ど無い美味しい物を利用している。
「おいし~っ!! おと~さんの料理美味しいっ!!」
「流石にソウマなのじゃ。この料理はあまり好きではないのじゃが、ソウマが作ると美味しく食べられるのじゃ」
「青椒肉絲ね。結構大量のピーマンを使うけど苦くない物を選んでるからね。栄養価は同じ位に高いけどさ」
この辺りにも便利な食材がほんとにたくさんあるんだよね。
元々は南方産とか他の貴族領の特産品だったものも多いけどさ、今は国中の食材がこのアツキサトに集まっているからね。かつての王都の様に……。
「お肉美味しいっ♪」
「シャルは以前と変わらぬのじゃが、あれでよいのじゃろ?」
「どうにかしなきゃいけない事態になったら俺がまた考えるし、ソレイユたちも忠告してくれるさ」
「健康に問題があれば、すぐにお知らせします」
「という訳だ。シャルには好きな物を食べててほしいしさ。もちろんヴィルナにもね」
事前に嫌いって言ってる物は極力出さないよ。それを食べなきゃ死ぬわけじゃないんだしさ、条件の同じ別の物を用意する。
小松菜とホウレンソウみたいなもんだ、若干違いはあるけどさ。流石にホウレンソウは生で食べられないし、小松菜も完全にホウレンソウの上位互換じゃないけど。
「昼食からかなり豪華なのじゃ。このアワビだけでも相当にするであろう?」
「そりゃね。でも、気にするレベルじゃないよ? 今の俺が気にするような食材なんてないしさ」
葉っぱ一枚幾らのお茶とかさ、豆一粒幾らの珈琲とかでも今だったら問題ないよ? 流石にそこに手を出そうとは思わないけど。
同レベルの最高級品を俺の持つプラントで収穫可能だしな。いろんな世界から一番いい物を集めて育ててるから上位互換迄可能だ。
「それはそうじゃろう。しかし」
「美味しく食べてくれれば問題ない話さ。金貨は食えない。宝石も食えない。こうして食材に変われば異世界の経済も回る。寿買で買う食材もまだまだあるんだしさ」
「ご飯中にお話はよくないよ?」
「そうだったね。それじゃあご飯を食べるかな」
「そうじゃな」
ヴィルナとシャルが美味しそうに食べてくれる。それだけで料理を作る甲斐がある。
この平和な時間をいつまでも続けるために、王都方面の問題を一刻も早く何とかしたい。
そろそろ向こうもしびれを切らせると思うんだけどな。
ソレイユとリュヌには首元のスカーフを止めるブローチをプレゼントした。それぞれに太陽と月をイメージするデザインの物をね。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。




