第二百九十八話 わが身可愛さで王城に引き籠るからだ。古来より援軍の来ない状況での籠城で勝った試しなんてないだろうに
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楽しんでいただければ幸いです。
新学期が始まってすでに三日が経過しその間に王都方面でも大きな動きがあった。王都に攻め込んだ貴族の兵は予想通り塩か屍に変わり、戦力の逐次投入ではないが馬鹿な領主が三度兵を王都に送り込んだ時点でその貴族内の兵と領民が蜂起。最後まで王都を食い物にしていた貴族領はここに壊滅した。
そりゃあ死ぬと分かってて王都に送り込まれた兵にも家族がいるし、その兵を率いる指揮官も手塩にかけて育てた部下が犬死する事を快く思う訳はない。結果、今までの行いが祟って剣が自分の方を向いたって事だな。
「これで王都に攻め込む為の障害は何一つ存在しなくなった。王都に攻め込む大義名分もある」
「攻め込む大義名分は王都で暴れまわる魔物討伐か。王家が討伐命令を出さない事が今の王家に国を治める資格なしと宣伝する材料にもなったしな」
「わが身可愛さで王城に引き籠るからだ。古来より援軍の来ない状況での籠城で勝った試しなんてないだろうに」
「その通りだな。少なくとも食料などの物資が尽きればあとは餓死するのみ。城に籠って何になる?」
相手の物資が尽きるのを待つという手もあるけど、それは抱えてる物資が膨大な場合だけ許される戦法だ。
大体相手の補給線が崩壊して無けりゃ次々に物資を運び込まれて終わりだろう。
「王城内にいるのが何人くらいなのかは知らないけど、食料庫の物資でどの位籠城できそうなんだ?」
「もう守るべき兵も民もおるまい。それであれば年単位で可能であろう」
「そりゃそうだ。元々は数十万人分の食料だろうしな。どれだけ大食いがいても数年は食っていけるだろうぜ」
「食糧が腐らなけりゃな。どんなものでもやがて腐る、王城の食料庫だからその辺りの対策も完璧なんだろうけど」
「疑似アイテムボックスというべきか、時間の流れを狂わせる技術が使われているそうだ」
あの遺跡と同じ技術が使われているのか!!
そりゃ、王城だから腕利きのドワーフにその位はさせる訳だ。
「あの技術も門外不出らしくてな。どんな術式で組まれているのかいまだに謎なんだ」
「……謎?」
「ああ。かなり前の技術で今は同じ技術を持つドワーフがいない。当時の王家が飼い殺しにして技術が廃れたって話だ」
「それ、同じ術式の何かがあればドワーフに再現可能なのか?」
「都合よく同じものがあればな。あれが広まれば食糧事情などで一大革命がおこるだろう」
灯台下暗しというか、ヴィルナが冬の間に引き籠ってた遺跡。
あれがかなり貴重な物だって事は分かった。……長寿の種族がいれば遺跡を調べたりしない世界だから、かえって中途半端な時期に消失した技術は謎のままなのか。
「同じ術式の建造物があるぞ。しかも割と近くに」
「なんだと!! あるのか? あれと同じものが!!」
「西の森にある遺跡だ。雷牙が敵のアジトと間違えて踏み込んだ場所だけど、あの遺跡は同じ術式で造られてるっぽいぞ。食べカスなんかが数年経っても腐りもせずに乾燥するだけだった」
「似てはいるが全く同じという事はなさそうだな。しかし、ドワーフであればそこから同じ術式を組みあげられるだろう」
「そんな重要な情報を……」
いや、そこまで大ごとになるとは思ってもなかったからさ。アイテムボックスがあればそこまで重要な技術じゃないじゃん。……建物だったらいざって時に持ち逃げされないか。それに収められる量が桁違いだ。
「意図的に黙ってた訳じゃないぞ。ほら、そのうちドワーフに聞こうかなっておもってたんだけど」
「あの技術があれば、物資の保管技術が格段に進歩する。当然今後の食料などの相場にも大きく影響するだろうが、今後の国家運営に絶対に必要な技術だ。コスト次第ではすべての食料庫にその技術が導入されるだろう。食糧の破棄などのリスクは軽減し、同じ量の食料でより多くの人が養える」
「そんな技術の存在を知りながら……」
「この領内にある遺跡だぞ? 今まで誰も調べようとしなかったのか?」
そう俺の責任じゃないよ? この貴族領内に元々あった遺跡だし、その技術が必要だったら自分たちで調べりゃいいじゃん。
「領内には確認されているだけで数百の古代遺跡がある。そのほとんどは何の価値も無いただの遺跡だ。そうと知りながらそのすべてを調べるとなるとどれだけ人員と時間が必要なのか分かるだろう?」
「冒険者たちも遺跡には興味がないし、遺跡を調べるよりはその遺跡を造り上げた種族に聞くというのがこの世界の常識なんだ。極稀にお前の様にロストテクノロジーを引き当てる者もおるのだがな」
「もしかして、物凄く確率の低い事なのか?」
「東の森でたった一枚の目的の木の葉を見つける様なものだ。余程に豪運でなければ見つけたりはせん」
宝くじレベルなのか。そりゃ、超レアケースだな。
早い段階で見つかっていたら色々便利だっただろうに。
「お前はホントに神に愛されているんだな。お前の欲しいものは何でも引き寄せられる気がする」
「その技術は儂らの求める物だったが、お前に与えられたのは天命だろう」
「買いかぶりだ。俺だってほしいものが簡単に手に入る訳じゃない。今までだってかなり時間のかかったものも多いんだ」
エリクサーの材料とか、石化したりした人を元に戻す魔法とかね。
「最終的には手に入れておるのだろう? それを幸運といわずしてなんという?」
「お前に護符か何か書かせて売り出せば、各教会で奪い合いが始まるだろう。神の使者って呼ばれてるのが妙に納得できた」
「たぶん、その偶然にはどの女神も手を貸してくれてないと思うぞ。いろいろ送ってる代価はちゃんと貰ってるし」
「神様から代価貰ってるのか?」
「俺が女神や天使に渡してる量はたぶんお前が想像してる量より遥かに多いからな。穀倉地帯の穀物全部回しても足りない量だ」
俺の提供した物資でいくつも世界を救ってるけど、それだけの物資はこの国にはないからな。
持ってる小惑星の数も結構増えてるしね。
「そこまでか……。それを簡単に提供できるお前が恐ろしい」
「絶対に敵に回したくない奴だ。ホントに底が知れないからな。こいつは」
「今のところ敵対する気はないよ。たぶん、男爵やスティーブンと袂を分かつことは無いと思う。俺の知らない所で黒い真似もしてるのかもしれないけどさ、これだけ民につくす領主なんていないだろ?」
「領主たるもの、時には非情な決断を迫られるのでな。お前のおかげでその機会は殆ど無いのだが」
「ドワーフと各教会。この扱い難い二つの勢力が全面的に協力してくれているんだ。お前がこっち陣営にいてくれて本当に感謝してるよ。それこそ、神に感謝するレベルでな」
その割には扱いは微妙だぞ。
こうやって何でも割と言い合える仲なのは認めるけどさ。
「たまにとんでもない技術を何処かに回して俺たちを驚かせるけどな」
「アクアリウムの事か?」
「流石にその位は分かるか。あれがどの位の利益を出すかもだいたい予測しておるのだろう?」
「おそらく市場規模はインコ以上。大掛かりにすれば人を楽しませる施設としても成立しますね」
「商人ギルドは今、大忙しだそうだ。パルミラが持ち込まれた情報を見て顔を引き攣らせたって話していたぞ」
強化ガラスで造られた水槽の発注、南方の川を探索させる部隊の手配、餌や水草などの手配、マッアサイア方面で代用出来そうな物のリストアップ。立ち上げるまでにやらなきゃいけない事は山ほどある。
「俺が渡したあの技術が確立すれば、魚を陸上で養殖できるようになります。その為の布石でもあるんですが」
「ったく、お前が誰かに技術をただで渡す訳ないと思っていたが、やっぱり裏があったか」
「魚など養殖せずとも、海で獲ればよかろう?」
「魚が豊富な今であればそうでしょう。五十年後、百年後はそうじゃないかもしれません。このまま人口が増えれば必要な食糧は膨大な物になります。その未来の為の一手を、今打っておくのは悪い話じゃないでしょう?」
「本当に先の先まで考えて手を打っておるのだな。お前がいる限りこの国は安泰だろう。儂も安心して国を運営できる」
「商人ギルドには悪いが、稼がせるんだからその辺りの技術改革も押し付けさせて貰おう」
養殖技術というよりは、魚を飼うという技術ね。
海老とかを水槽で飼う真似はマッアサイアでやってたけど、アレは生け捕りにした蟹とか海老を活けてただけだしな。
「こんな話より、王都の方はいいんですか? 食料の話からずいぶん脱線しましたけど」
「ほぼどうでもよいな。王城の陥落はもう避けられぬ。何十年食料が持とうが、結果は変わらぬさ」
「次に行動を始めた時が奴らの最後だ。もしどこからの城門からあの魔物を外に出せば、俺たちは躊躇する事なくお前たちに討伐依頼を出す。ついでに王城の掃除もな」
「どのくらい先になると思う?」
「今月中なのは間違いない。あの魔物を率いている奴の考え次第だが」
黒龍種アスタロトか……。
不思議なんだよな。あいつがいるのにここまで世界が平和なままなのが本当に不思議なんだよね。魔怪種を生み出せて破壊を至上の喜びとする滅亡の黒龍。雷牙が居たにしたって、今までほとんど破壊行動を起こしてないのが本当に謎だ。
「その時は、俺が行こう。いやな予感がするんだ」
「お前の勘か……。その時にもう一度考えるさ」
「状況次第だな」
黒幕のあいつはおそらく出てこないだろう。それとも、何処かに歪の出入り口にも作ってるのか?
貿易都市ニワクイナの住人を攫ったのもおそらく奴だろうし、その住人をどうしてるのかもだいたい予測できる。この世界で何で邪神の残滓なんて呼ばれてるのか知らないけど、その嗜虐性の高い性格は変わって無いって事だよな。
「ではその時は頼む。お前たちに出せる報酬ももうあまり考えつかぬがな」
「ライガはまだいいが、こいつに関しては金はある、物はある、地位も名誉も誰にもまねができないレベルで持ってやがる。しかも追加の地位なんて欲しがらねえだろ?」
「魔法学校の理事長だけで十分だ」
「クライドの扱いを間違えると儂ですら危ういのでな。たまに表舞台に顔を出す機会を求めるかもしれぬがその時も頼む」
「協力できることは何でもしますよ」
この場所に転移してきたのは本当に幸運だった。
ヴィルナとも出会えたし、領主のカロンドロ男爵は本当にいい人だしね。
この状況を壊さないように、これからも色々頑張らないとな。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。




