第二百八十九話 せめて正月松の内くらいは休みたかったな。向こうも大変なのはわかってるけどさ
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一月に入ったばかりなのに問題というものは既に山積みだ。毎日といっていいくらいに入ってくる王都からの情報を聞くたびに頭を抱えたくなる。
という訳で俺は今日も新年会で散々堪能したばかりのカロンドロ男爵の屋敷に呼ばれていた。いつもみたいに料理を出せとか言われなかったのは、新年会までに散々味の濃くて旨い料理を食い過ぎたからだろうな。
今回のメンツは王都関係なので男爵とスティーブンの他には俺と雷牙が参加している。
「せめて正月松の内くらいは休みたかったな。向こうも大変なのはわかってるけどさ」
「儂もそうしたいところだが、そうも言っておれぬ状況が発生した。王都の塩や食糧事情が悪くなったというのは知っておるだろう?」
「食糧や塩の買占めと値段のつり上げですね。教会関係者とかは他の貴族領に逃げてるみたいですし、他の人たちも逃げたんじゃないんですか?」
歩いてどの位の距離に逃げ込める街があるのかは知らないが、座して死を待つくらいだったら荷物をまとめて逃げるだろ?
いまさら王都に未練なんてないだろうし。
「城門や城壁が破壊された王都西地区の住人は逃げたそうだ。例の混合部隊と違い近くの貴族領に逃げ込めば受け入れて貰えるからな」
「食料も奪われてるし、そうするしか方法が無かったわけか。王都にいる王家に泣きついてもどんな対応されるか分かり切ってるだろうし」
自分たちの食い扶持が無くて兵士が反乱起こす状況で、王家になにかできる事がある訳ないしな。
最悪の場合は口減らしの為に処刑される可能性すらある。
「その後、留まっていたものは予想通りに苦しんでおるようでな。難民が逃げ込んだ貴族領には保護するように伝えてあるし、予測された量の食料も提供しておるぞ」
「シルキー教をはじめとする各教会もお前がこっちにいる時点で協力的だからな。王家の奴らもその怖さをそろそろ理解してるだろうぜ」
「この国の宗教関係者が全員敵とか、王家の奴ら後ろから刺されたり食べ物に毒を入れたりされるんじゃないのか?」
「それを警戒しているから奴らは保存食か何かで食いつないでるみたいだ。もうシェフはひとりも残っていないらしい」
そりゃそんな状況だとシェフを雇うだけ無駄だし、逆に毒殺の可能性が増すだけだからな。
ただ、黒幕の邪神の残滓はそれを狙ってる可能性も捨てがたいんだよね。あまりにも事態が動き過ぎてる。まるで、今までこっちにちょっかいかけてきた力を王都に向けているように。
「王都の民の脱走位だったら問題ないだろう? 他に何か問題でも起きたのか?」
「塩喰いがまた現れたそうだ。今度は王都にな」
「馬鹿な!! あいつは確かに俺が倒した!! 跡形もなく消し去ったぞ……」
「再生魔怪種か。今までも何度かあった事だが、それをできる奴は……」
「黒龍種アスタロトか」
あいつがいれば少し弱体化するけど魔怪種ナメギラスとかをもう一度作り出す事が可能だ。しかしなぜ今魔怪種ナメギラス……、塩喰いを?
「王都では塩が不足しておる。それだけで十分だろう?」
「人を……、塩に変えて食ってるのか? それが人間のやる事かよ!!」
「俺達もその報告を聞いて驚いた。これでマッアサイアで起きていた塩喰い騒動の犯人も分かったし、この街の周辺で起きていた事件の首謀者もあいつらだと判断できる」
「やはりどこかの貴族領が繁栄し始めると、王家の連中がそれを潰していたという事なのだろう。あまりにも奴らに都合の良い場所ばかり襲われておったからな」
俺はこの男爵領の事しか知らないけど、それでも異常な回数襲われてるもんな。
もしかしたら僻地に飛ばされた他の貴族が失敗したのって、王家が邪魔してたからなのかもしれない。
「王都や周辺都市に塩喰いを討伐できる冒険者存在なんていないか」
「いる訳がないな。昔いても今は逃げているか殺されているだろう」
「王家にとっては邪魔ものだろうしな。雷牙やスティーブンももう王都にはいないし」
「俺がいれば流石に今の状況でも討伐したがな。罪のないものが殺されるのを黙って見逃す理由なんてない」
「ナイトメアゴートや塩喰い騒動、それに例の真魔獣の時もお前がいたら何とかなったのにな。いないタイミングを狙っていたのかもしれないが」
その位はやるだろうしな。
それに南方の基地なんかの計画も進行していたことだし、状況次第だと本気でこの男爵領や周辺の街は壊滅していただろう。最悪船を乗っ取って他国に侵入してた可能性まである。
「しかし、奴らの目的は何なんだ? ただ単に人を苦しめるだけだったら、王家が健在のままの方がいいだろうに」
「それは俺も疑問に思っていたが、ああいう敵のやる事には意味がない事もあるしな。残念ながらあいつらでない限りその真意は分からんだろう。分かりたくもないが」
「このまま塩喰いが王都で暴れ続ければ、王家の威光は完全に地に落ちるだろう。現時点でもないに等しいが、本当に奴らの目的が謎だ」
「塩が無いにしても、買い占めている奴らを締め上げればいいだけの話だしな。まさか、今回の塩喰いの件で王都にある塩はもうどこにも売れない。塩の持ち出しを防ぐためなのか?」
王都で買い占めた塩を他の貴族領で売れなくしたのか? 人が塩になっている王都に存在した塩なんて、気味が悪くて買わないだろうし。
「そして塩に変えられた人もどうにかして使えば、塩問題は当分大丈夫だろうしな。人口がへりゃ食糧の減りも遅くなって一石二鳥って訳か? 腐れ外道が」
「元々王家の連中……、王位継承権一桁の奴らなど人の皮を被った外道にしかすぎん。例の塩喰いがいれば他からも攻められんだろうし、向こう側に限定すれば良いこと尽くめだろうて」
「仮にも一国を差配する立場の者が、そこまで外道な手段に出れるものなのか?」
「出るだろうな。元々王家の連中はそんな人間だ」
ダリアや雷牙の妻であるエヴェリーナ姫も王族だからあまり悪く言いたくはないけど、いまだ王都に固執する王家の連中の場合はもう人扱いしなくてもいいかもしれないな。
「時機を見て塩喰い討伐を名目にして王都に攻め込むか?」
「向こうから救援要請でも出ない限り此方からはそう簡単には手を出せん。せめて向こうの冒険者ギルドが健在だったらな……」
「もう誰もいないんだっけ?」
「どこのギルドも職員すら置いていないな。王都だって隆盛を誇っていたのに、没落するのは早かったな」
崩壊が始まって一年程度って感じか? 驕れるものは久しからずって感じだ。俺がいなかったら王家の連中の思惑通りに計画が進んでいたんだろうけど。
俺がこの世界に来ていなければ、このカロンドロ男爵領は滅んでる可能性が高い。そして南方で組織した例の幹部連中が暴れまわってこの世界を滅ぼしていたかもしれないな。
流石に雷牙ひとりだとあれだけの数の幹部を相手にするのはきついだろうし、土方も変身不能なままだっただろうからね。
「どちらにせよもう王家は完全に終わりだ。民を塩に変えて喰らう為政者に未来を託す人間なんていない」
「その通りだな。高い税金だけで満足してりゃいいんだ。こうして実際に人を食うとは思いもしなかった」
吸い上げてる税金だって国民の血と涙の結晶みたいなものだぞ。その上で塩喰いの塩化毒で文字通り塩の結晶にして喰らうとは論外だ。
「敵の召喚能力や魔物を生み出す力がどれほどのものかは知らぬが……、何か知っておらぬか?」
「以前の調査報告で暴君鮮血熊クラスの魔物を人為的に作り出せることは分かっている。いざとなればあのクラスの魔物を量産して各地に送り込む可能性すらあるぞ」
「俺達にとっちゃ単にデカい熊だが、あれでもかなり脅威らしいからな」
「お前らが異常なだけだ。国を亡ぼす神話級の魔物だぞ?」
「特殊な能力も殆ど持たないただのデカい獣だ。何匹群れても結果は変わらん」
塩喰いや以前森にいたあいつみたいに生き物を何かに変える能力を持っている可能性もある。油断は大敵だけど、俺たちの場合はその力を行使する前に倒せるからな。
「王都だけでなく他に手を出せば討伐を任せるかもしれん。すまないがその時は頼むぞ」
「その場合は全力を尽くしますよ。問題はまた禍々しい魔素が撒き散らされた時ですね」
「またヴィルナに頼むしかないだろう? 暖かくなった後でもいいから、問題のある場所にはすべて聖域を作って欲しい」
「他にも聖魔族がいればいいんですが……」
「各地に存在した聖魔族の虐殺や聖域の破壊も奴らの仕業だろうしな。アレも何か目的があったんだろうが」
ろくでもない理由があるんだろう。
例の水晶の木の実は俺のプラントで量産してるから、結界を作るんだったら幾らでも出せるしな。
「何か大きな動きがあればまた声をかける。その時は本当に頼むぞ」
「任してくれ。といっても俺たち二人が同時にここを離れる訳にはいかんだろう? その時は土方を仕事場から離しておく必要もあるぞ」
「あいつはあいつで必要な仕事が多いしな。俺達みたいに気軽に休める仕事でもないし」
「その時はこっちでなんとかする。街を良くする事も大切だが、それ以上に大切な事もあるのだ」
男爵がこういう人だから俺も信頼してるんだよな。
さてと、とりあえず現状できる事は無いけど、いつでも動ける準備は必要だ。
後、ヴィルナには結界を作る必要があるって知らせておかないといけないな。もちろん、暖かくなってからだろうけどね。
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