第二百八十六話 大丈夫ですよ。流石に料理をする時はいつもの厨房服に着替えますんで。今日は最終調整ですし、気合を入れて作りますよ
連続更新中。この話で第十一章 崩壊の序曲編は終わります。
楽しんでいただければ幸いです。
大晦日。十三月二十八日。明日は新年会で多くの貴族や様々なギルドの責任者、教会関係者などを招いた今までの規模とは違ってかなり大規模な宴会となる。
多くの貴族は既にカロンドロ男爵の屋敷に宿泊しており、晩餐会とまではいかないが豪華な食事と美術品の数々に目や心を躍らせているみたいだね。男爵も自慢のインコとかを窓越しに見せていたし。
「今の時価がいったい幾らなのか分からない南方虹色タテガミインコがのつがいがこんなに……」
「先ほどの黄金像は中心まで完全に金という話でしたが、あれほどの量の金をいったいどうやって……」
「やはり男爵は南方で金山を発見したという噂は本当かもしれませんな。砂糖に希少な動植物だけではなく、金山迄存在していたとは。南方は本当に宝の山ですな」
砂糖や金は俺のアイテムボックスから出てきた物だけどね。
俺も去年同様に数日前から新年会の準備で泊まりこんでるから屋敷を見学している貴族たちともよく顔をあわせるんだよな。
流石に男爵の屋敷に泊まってるから普段着よりはランクの高い服にしてるんだけど、すれ違う貴族の顔が引きつる事も結構あるんだよね。いや、確かにこの服に使われてる布は一反で国が買えるとか言われたけどさ。そこまで警戒しないでもいいじゃん。
「いや、流石にその服で料理をされるのはちょっと」
料理長のキアーラさんでも流石に顔をしかめるレベルだけど、厨房に入る時にはちゃんと着替えるって。
「大丈夫ですよ。流石に料理をする時はいつもの厨房服に着替えますんで。今日は最終調整ですし、気合を入れて作りますよ」
「わかりました!! 厨房への指示は今回もお願いしますね」
「流石に今回の料理は失敗できませんしね。最高の上を目指していくつもりですよ。演出も含めてね」
そりゃもう、貴族どもの度肝を抜く料理を用意してるさ。
今までよりさらに数ランク上の料理も出すつもりだしな。
「今まで作った料理も試食もしましたが、更にその上の料理があるんですか?」
「手の込んだ料理はまだまだありますよ。今まで意図的に使って来なかっただけで」
「昨日までに作っていた料理も驚きの連続でしたけど。流石にクライド様ですね……」
フィレ肉のステーキのフォアグラ乗せもそうだけどさ、ある程度こういった料理を食べ慣れていないと重すぎるんだよな。カロンドロ男爵やスティーブンは普段から割と色々食べてるから平気なんだけどさ。
今回来ている貴族の多くは割と贅沢にも慣れてきてるし、このクラスの料理にもついてこれるんだよね。先日のラーメンの話じゃないけど、あまりにも食べ慣れてない料理は理解不能だろうし。
「それじゃあ着替えてくるから、お皿とかの準備を頼む」
「わかりました……。あの、あの食器も使うんですよね?」
「ああ、あれですね。結局あの料理は新年会のメニューにしたんですか? 今日の軽食で出すって言ってませんでしたっけ?」
「はい、この後の軽食に出すつもりですが……。本気なんですよね?」
「男爵も了承済ですし、十分な数は用意しましたよね? 足りなくなることはないと思うんですが」
「あの量のアレをポンと用意できるところが恐ろしいんですが……。あれひとつで相当な価値がありますよね?」
「大したものじゃないですし、軽食に使うものですから」
とはいえ、アレを配れる財力を持つ貴族なんて本当にいないだろうな。特にこの世界は金の産出量が何故か少なくてかなり金の価値が高い訳だし。
金に関してもいろいろやるつもりだけどさ。
「では、その軽食の準備を始めますね」
「はい。すぐに着替えて合流します」
さて、さっさと厨房服に着替えて料理を始めないと。ついでにおやつ代わりに出す軽食を幾つか作る話なんだよな。
今日の料理はそこまで手間がかかってない料理だけどさ。
◇◇◇
三時のおやつというか、夕食までの間の軽食。
本来はサンドイッチなどの軽いものを出すんだけど、今日は更に手軽というか反則に近いメニューだ。
「こちらが魚介系のカナッペ、こちらの瓶詰は魚卵の塩漬けとバゲットです。他にもローストした牛肉などを盛り付けたモノなどもあります」
「色とりどりで美しいですな。……こちらの木箱は何でしょうか?」
「そちらの魚卵の塩漬けをこちらのバゲットに乗せる為のスプーンです。そちらは使用後にお持ち帰りください」
「ほう、使ったスプーンを持って帰れとはまた……!! こ、これは!!」
「純金製のスプーン。しかもこれほどまでに美しい装飾まで施されているとは」
そう、用意したのは純金製のスプーンセット。木箱の中に一人五本ずつ入っている。
チョウザメの卵の塩漬け、いわゆるキャビアだけど金のスプーンで食べるのがいいって話だしね。
「この塩辛い魚の卵がパンによく合う。しかし、軽食ですらこのレベルとは……」
「ここ数日の食事内容にも驚かされっぱなしです。あまり人気の無かった牛肉もそうですが、魚介類をこうも見事に使いこなすというのは……」
「確か数年前まではこの辺りでは海産物などほとんど食べられていなかった筈。にもかかわらず、これほどの料理を出し続けられるというのは」
「あの方だろう、勇者クライド。賢者も舌を巻く知識を持っておられるとか」
「神託を受けられるとか、その噂は後を絶ちませんな。しかし、教会での結婚式用のウエディングドレスの寄付などをはじめ、数多くの装飾品や教会改築用の資金迄提供していただいておりますので、噂通りの聖人で間違いないでしょう」
最近は拝まれるのも慣れてきたよ。
流石に体に触って来る人はいないし、着ている服次第だと遠巻きに見られてるだけだしな。
「お酒も各種用意しておりますので、お好きな物を召し上がり下さい」
「魚介類の料理には清酒がよく合いますな」
「肉系の料理にはこのワインが良いですよ。ウイスキーも悪くない」
「このクラスのウイスキーもそうですが、一体どれだけの物を隠しているのやら」
必要なものは全部出したし、後はキアーラさんに任せればいいかな。
さて、後は晩御飯の用意と後はアレ?
アレを食べるのも俺たち位しかいないんだけどな。
◇◇◇
大晦日の深夜、屋敷の一室。
そこに俺、ヴィルナ、雷牙、エヴェリーナ姫、土方の五人が集まっていた。土方も最近付き合ってるっていう男爵の孫娘も連れてくりゃいいのにな。
「さて、今年も残すところあと少しになったな。明日の新年会前に分かる者だけ分かるアレを食っておこうと思ってな」
「ああ、年越しそばか。流石にこの世界に来て初めてだな」
「去年は流石にここまでしなかったし……。年越しそばは一角海老の天ぷらが二本入った豪華版だぞ」
当然蕎麦は繋ぎ無しの十割蕎麦だし、出汁もカツオ節をたっぷりと使った超贅沢な物だ。
「はぁ。これを食うと確かに年越しって感じだな。お節料理は事前に渡して貰ってるし、今年も正月を満喫できそうだ」
「燗した清酒も用意したけど、流石に年越しそばにぬきは受け付けないからな」
「大丈夫だ、こうしてツマミも別に用意してくれてる所がありがたい。年越しそばも美味いし」
これで除夜の鐘が鳴ってりゃもう少し風情があるんだが、流石に異世界の文化をそこまで持ち込めない。
せめて年越しそばとかだけはいいだろう。
「今年もずいぶんお前の世話になった。来年以降も世話になるだろうがよろしくな」
「いや、土方にはホントにこっちも色々無理を聞いてもらってるしな。学校の改築の手配とか、生徒用宿舎の改築や増築工事とか」
「お前に回して貰ってる資材があればさ。コンクリや海砂ひとつとってもお前がいないと話にならない。釘とか鉄骨とかあげりゃきりがないぞ」
「そのうちその辺りもこっちで生産出来りゃいいんだが」
「大規模な工業化をするんだったら何処かを犠牲にする必要が出てくるだろう。やるんだったらこの世界が平和になった後だな」
「それしかないか……。準備だけはしたいんだけど」
「大規模な高炉だろ? 立ち上げるのに何年かかるか分からないぞ」
そこなんだよな。しかも高炉は一度動かすとなかなか止める事が出来ない。だから始める前に鉄鉱石だけじゃなくて大量のコークスとか他にも必要なものがいろいろ出てくるし、この世界用にいろいろ調整しないといけない。
土方の言う通り、何年かかるか分かんないんだよな。
「鉄道計画を実行する為には絶対に必要なんだ。鉄道の方も最初の立ち上げ分は俺が出せるけど、その後の事は任せたいからね」
「まったく、この年の瀬に口を開けば仕事の話ばかりか? 少しくらい休んでも罰は当たらんのじゃが」
「このひとも口を開くと人助けかトレーニングですよ。たまには料理もしてくれるのですが」
「最近はエヴァも料理がうまくなってきたし、もう任せてもいいかなって」
「私が仕事の時は朝食や晩御飯を用意してくれますしね。いつもありがとうございます」
「ヴィルナにも迷惑をかけた。ここまで指導してくれて感謝してるぞ」
「お主に少しでも美味しいものを食べて貰いたい気持ちが上回ったんじゃろう」
あれだけのアレンジャーが治るものだと感心したしな。
お、そろそろか。
「イチ……、ゼロ。あけましておめでとうございます」
「お、年が明けたか。あけましておめでとう。今年もよろしくな」
「あけましておめでとう。何かあればいつでも力になるぜ」
「あけましておめでとうございます。こういった風習があるんですね」
「あけましておめでとうなのじゃ。今年こそ良い知らせが出来るといいのじゃが」
そういえば今年だったか?
その時期が来たら教えてくれるって話だし、期待できると思うぞ。
「天からの授かりものだしな。きっといい知らせが出来るさ」
その前に世界を平和にしたいけどね。
敵の破滅……、崩壊は確実に始まっている。
決戦の時が一体いつになるかはわからないけど、少なくとも今年中には決着がつきそうな気はするぜ。
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では十二章も楽しんでいただければ幸いです。




