第二百八十五話 年末年始を宿舎で過ごすっていうのは流石にどうかと思ったけど、案外楽しそうにしてるじゃないか
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楽しんでいただければ幸いです。
年末の長期休校。いわゆる冬休みなんだけど夏休みと違って自分の貴族領に帰られない生徒が多数存在する。
雪が多い貴族領の場合、冬休み開始直後に戻っても街道の状況が通行できるかどうかギリギリだそうで、多くの生徒は帰郷を諦めて宿舎で年を越すそうだ。
色々魔道具もあるし、戻ろうと思えば戻れるんだろうけどね。とりあえず状況を確認する為に宿舎に寄ってみたけど、女生徒用の宿舎の方で忘年会の準備をしてる真っ最中だった。
「年末年始を宿舎で過ごすっていうのは流石にどうかと思ったけど、案外楽しそうにしてるじゃないか」
「あ、勇者理事長先生。せっかくですし私たちもここで忘年会をしようと思いまして」
「百四十人近くいると大変だろう? って、もっと多くないか?」
どう見ても百四十人以上いるよな? ここも数年後を見据えてかなり余裕のある造りだからこれだけの生徒が十分に集まれる食堂があるんだけどさ。
並んだでかいテーブルにオードブルを準備している生徒と、食堂で待機している生徒の数が異常に多い気はするぞ。
「街に住んでる友達も呼びましたので。寮長に宿泊許可も貰っていますので大丈夫です」
「暖房をきかせてもいいから風邪だけは引かないようにな。どうせこの後は騒いで雑魚寝なんだろうし」
「まっさか~、それぞれのグループで部屋にお泊りですよ。男子生徒は隣に帰しますけどね~」
「呼んでる時点でいろいろ問題はある気がするが、日が落ちるまでに帰らせろよ」
「は~い♪」
絶対帰す気ないだろ?
この世界の女性は割と積極的だし、虎口に飛び込んだのは男子生徒の方かもしれないな。あいつらも美味しい料理と楽しい時間が続いてるうちに無事に帰れるといいんだが。
「何か料理でも提供しようか?」
「いえ。今回は私たちの料理だけで楽しみますので大丈夫ですよ。むしろ勇者先生の料理なんてあると……」
俺の料理が混ざるとこの日の為に練習した料理の腕を披露する甲斐が無くなる訳ね。
意中の相手用にはいろいろと特別メニューとかを用意してるんだろう。そこに俺の料理が並んでいるとそっちばかり食われる可能性がある。正直に言わせたら邪魔なんだろう。
「あまり羽目を外し過ぎないようにな。……デザートも置いていかなくていいか?」
「デザート!!」
「学食みたいにミニサイズじゃないイチゴのショートケーキとかフルーツタルト。岩栗を使ったモンブランとかロールケーキかな? ミルフィーユとかもあるぞ」
「イチゴのショートケーキ……。勇者先生のケーキだから多分相当においしい筈」
「惑わされちゃダメ!! あの、ミニサイズじゃないってどのくらいの大きさですか?」
一応確認はしてくるんだな。
「八号のケーキを二十個かな?」
「八号?」
「このサイズだ」
直径二十四センチある特大サイズのイチゴのショートケーキのホールを出してみる。
テーブルの上のケーキに視線が突き刺さりそうなくらいだ。
「デザートくらいはいいんじゃない?」
「アレは私たちで食べればいいし」
「そうだね。間違いなくすっごく美味しいだろうし、この機会を逃したら男爵様の新年会とか晩餐会に呼ばれないと食べるのは無理だよ?」
流石にわかってるね。ただ、美味しいけどすっごいカロリー高いぞ。女子だけで食べるのはいいけど、ほどほどにしろよな。
「置いて帰るから誰かのアイテムボックスに保管したらどうかな? 暖房がきいてると生クリームが溶けるから」
「はい!! そのサイズだったら私のアイテムボックスに三つは入ります」
「私も四つ位は入るわ」
「わかりました!! 勇者先生はそこのテーブルにケーキをお願いします。誰が何個アイテムボックスに保管したかはこれに記入しておきます!!」
「「「ちっ!!」」」
何人か舌打ちしたぞ。そのままなし崩し的に独占するつもりだったのか?
そりゃアイテムボックスがあれば痛むことはないからこのケーキを暫く堪能できるし、その気持ちは分からなくはないけどさ。
「来年以降は学食でもデザートにもっと力を入れる。ケーキ類も増やすから今日の所はみんなで楽しむんだね」
「わかりました。本当に細かい事に気が付く人ですね……」
「結婚してなけりゃ本当にあの年齢でも問題ないのに……」
「相手がヴィルナ先生だし、本当にお似合い夫婦だと思うよ」
よかった。結婚してなかったらここでもすごい事になってたかもしれない。
誰かと比べるのはよくないんだけど、俺もヴィルナ以外の相手と結婚してたらとか考えられないしね。あれは運命の出会いだったんだろう。
「それじゃあ、節度を守って忘年会を存分に楽しんでくれ。寮長さんも監視よろしくです」
「わかりました。でも、若いっていいですよ?」
「寮長さんも十分にお若いですよ。みんないつもお世話になってま~す!!」
「あらあら、ちょっとお酒でも出しちゃおうかしら? いつもの少し薄いワインだけどね~♪」
……監視は?
イドゥベルガとかドワーフもいるから、ワインくらいはいいけどさ。というか、ここにはライトブクとワインくらいしか置いてないはず。
子供ばかりじゃないんだし、多少の事は大目に見てやるか。新年早々に反省文を書く羽目になる生徒もいそうだけどな。
◇◇◇
まだ年は明けていないけど、雷牙の家にお節料理の詰まったお重を届ける事にした。
もう結婚してるんだし、割と余計なお世話なんだけど雷牙も年始位はこれがいいだろうし。
「おう!! 今年もお節を持って来てくれたのか。もしかして雑煮もあるのか?」
「餅は後で焼いて乗せろよ。やっぱり餅は焼き立てじゃないとな」
「分かる!! しかもこれ杵つきだろ? やっぱり全然違うんだよな」
餅のきめ細かさとかがかなり違うんだよな。焼いた時にもかなり差が出るし。
「いつもすみません。こうしてお世話になっているのに碌なお返しもできませんで」
「いえいえ、いつもこいつには世話になってますしね。来年は多分勝負の年になると思いますし」
「奴らか……。さっさと尻尾をだしゃいいんだが」
「早けりゃ来月の半ばには正体を現すだろ。王都で食料品や塩の買い占めが起きてるし、王家の人間も保存食だけでは生きていけないだろう」
「……保存食の方がマシな時もありましたよ?」
そういえば王家の食事ってまずかったんだったか。
保存食も永久に保管できるわけじゃ……、アイテムボックスを持ってる王族位いるかも。
「塩っ辛い保存食ばかり食べてりゃ体を悪くするだろうぜ。こっちが手を下さなくてもへばっちまうかもな」
「黒幕も一緒に滅んでくれるんだったらそれでもいいんだけどね」
多分そうはいかないだろう。
黒幕の見当はついてるけど、流石に尻尾を出す前にこっちから攻め込む訳にはいかない。それに、あいつが今どこにいるのかを調べないといけない。
「攻め込む時は俺にも声をかけてくれ。ここの守りは土方だけで十分だろう?」
「アイツがここにいてくれれば安心だ。攻撃力も高いけど、防御面の方が優れてるしな」
「だな。あ、ものは相談なんだが……。ラーメンとか貰えないか? この街の料理種類や味は向上してるんだが元の世界にしかない物も多いだろ? 牛丼は最近食べられるようになって来たが、まだまだない物も多いんだ」
「ジャンクフードはたまに喰いたくなるしな。その気持ちはよくわかるぞ」
突然食いたくなったりするんだよな。
ここだとラーメン屋自体が無いからね。カップラーメンでもいいけどもう一つ上の殆ど生タイプのラーメンを渡してみるか? ファクトリーサービスでも色々生産してるし。
「以前みたいにカップラーメンでもいいんだ。どうせ喰うのは俺だけだしな」
「これだったらエヴェリーナ姫でも食べるかもしれないぞ。高級チルド麵シリーズだ。多少調理しないといけないけど、その価値は十分にある」
「おおっ!! 元の世界のスーパーでよく見かけた商品だな。あの時は何とも思わなかったが、こっちの世界で見ると全然違う」
「しかも、チャーシューは俺の特製だ。このタッパに種類ごとに分けて保管してある。好みに合わせて使ってくれ」
柔らかい蕩ける様な煮豚タイプから本格的な焼きチャーシューまで十種類ほど揃ってる。
麺やスープとの組み合わせで結構イメージ変わるしな。
「ほんとにすまない。この借りは必ず返すぜ」
「この前エキジビションマッチに来てくれただろ? あれで十分だよ」
「いつもすみません。このひとがクライドさんからしか手に入らないって言うものですから……」
「流石にこの辺りは仕方ないですよ。ラーメン文化はまだ根付いてないですし」
意外に人気が出ない食い物なんだよな。
パスタ系はあるし、割と人気なのにさ。
「そろそろラーメンブームも来るかもしれないぞ。最初はシンプルな味の方が受けるかもしれないが」
「……それだ!!」
そうだよ。いきなり特濃豚骨醤油系なんてこの世界の住人にゃ濃すぎるんだ。シンプルな塩とかそっち系の方から攻めるべきなのかもしれない。
「なにがそれなんだ?」
「重大なヒントを貰えてよかったよ。ちょっと試作して試してみるさ」
「お、おう。役に立てたんだったらうれしいぜ。また何かあったら相談には乗るぞ」
「ほんとに助かった。今後も遠慮なくいってくれ」
塩ラーメンとあっさり鳥ガラ醤油スープ。
麺を平打ちにするか、ノーマルストレートにするかは問題だけど、あまりスープが絡む縮れ麺は避けた方がいいかもね。
えっと俺はお節を渡しに来たんだったよな? なんで帰りにラーメンに切り替わってるんだろう? よくある事だけどもさ。
来年はラーメンブームを巻き起こすぞ!!
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