第二百八十三話 今の王家って自分の身を守る兵士の食料まで不足してるのか? もうそれ末期とか言うレベルじゃないだろ?
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相手の力が衰えると途端に態度を変えて攻撃的になる奴というのは一定数存在する。
カロンドロ男爵の陣営に来た者は流石にこちらの勢力が衰える事はないから今はずいぶんとおとなしいけど、こいつらの中にもこっちが衰退したら反旗を翻す奴もいるだろうね。今の状況だと各教会やドワーフが完全にこっち側についているから自殺行為以外の何物でもないけどな。
「王都を囲む城壁の一番外側、西の端の城壁の一部が破壊された。それだけではない、その周辺の住民が襲われて備蓄されていた食料なども根こそぎ奪われたという事だ」
「犯人は王都の守備兵の一部と反対勢力の混合部隊だ。兵士への報酬は金貨や銀貨で支払われているが、今の王都だと碌にパンも買えないからな」
「今の王家って自分の身を守る兵士の食料まで不足してるのか? もうそれ末期とか言うレベルじゃないだろ?」
流石にそれはもうアウトだろ? 近衛兵あたりが王様の後ろから隠し持ってた短剣辺りで斬りつけるんじゃないのか?
「そのような状況なので、今はもう信用できる王家の者以外は近くに呼ばぬだろう。粗食には慣れておろうから、保存食などで食いつないでおるのだろうて」
「料理に毒を混ぜるのは常とう手段だからな。信用出来ぬ人間に作らせた料理など怖くて口にできないぜ」
「食べ物に毒を入れる奴なんて全員死刑にすりゃいいんだよ。相手を殺したいんだったら正面から正々堂々と行け!!」
「儂やお前の事は信用しておるので、誰も料理を前にしてそれに手を伸ばすのを躊躇する事はないだろう? 貴族の晩餐会に呼ばれた時点で相当に信用されておるという事でもあるしな」
「お前の事を疑う人間はこの国にゃいないからな。勇者で英雄で賢者で聖者、その他にもいろいろ二つ名があるぞ。その上各教会も勇者として認定してるから、何かあれば何処の教会もお前の支援に回る。更にドワーフからも酒の神として崇められているんだろう?」
「酒の神はやめて欲しいよな。確かに酒はいっぱい持ってるけどさ」
百年物のポートワインとか泡盛の古酒とかもあるしね。
こっちと時間が違う異世界の醸造所を持ってるってのはかなり強みだよな。いくらでも長期熟成の酒が量産できる。
「お前がこちらの陣営にいるという事で、教会やドワーフはかなり協力的になった。これだけあいつらの力を存分に借りられる領主や王は歴代でも儂くらいだろう」
「両方味方につけるにはかなり面倒な勢力だからな。それをお前はあっさりと味方につけた訳だ。おかげで王都に運び込まれていた地金や地銀も止まってる状態だぞ」
「王家の生命線が完全に切れたのか。もしかしてそれが今回の反乱の原因?」
「元々兵士の忠誠などゼロだからな。それを金で繋ぎとめておっただけだ」
「その金がなくなりゃ、いろいろ持ち出して逃げるだろうな。暗殺の可能性もあるが、もうあいつの首にはそこまで価値はない。むしろ本当の敵の思惑はあいつに罪状の全てを被せて逃げるつもりかもしれん」
そう。この状況に至っても邪神の残滓の依り代と黒龍種アスタロトの居場所が分からない。
邪神の残滓の依り代があの王様じゃないのは分かる。でも、それ以上に権力を持つ人間がいるのか?
「あの王さんに意見を言える人間。いや、あの王さんが頭が上がらない相手とかいないか?」
「権力的には存在しないな。いや、一人だけいる。前王妃クリスタッロだ」
「ああ、あの残虐王妃か。あの女は生きているとしてもかなり高齢であろう。エルフの血を引いておるという話は聞いておらぬぞ」
「残虐王妃クリスタッロか。そう呼ばれるからには何か色々逸話があるんだろ?」
「耳を洗いたくなるような話ばかりだぞ。とにかく若い女性を苦しめて殺すのが好きな王妃でな。前王もあれの機嫌を損ねぬ様に苦労しておったと聞く」
拷問の類が趣味の王妃か。歴史上にも結構な数で存在するし、悪ではあるけど雷牙とかも手を出せない存在だったんだろうな。
もしかしたら討伐に向かおうとして止められたのかもしれないけど。
「よく誰かが見逃してきたな」
「ライガか。あの王妃の行為は褒められたものじゃないんだが、この世界だと割とある話なんだ。以前話した見目麗しい女性などを彫刻などに変えて悦に浸る奴ら。アレは金を持つ貴族が圧倒的に多いんだ。歴代の王族にも何人か存在する」
「あの話はそこまでの事だったのか」
「権力を持つといろいろ人にできぬ事をしたくなるようでな。普通の女性で満足できなくなった者は王妃と同じ事をしたり、彫刻に変えた女性を愛でたりするそうだ。幼い少年専用の者もおるらしいが」
他人の性癖には何も言わないけど、誰かの幸せを踏みにじる行為が許されると思ってるのか?
たとえ王族だったとしても、否、人の上に立つ者だからこそ自分の欲望の為に誰かの幸せを踏みにじる行為など許される訳はない。
「その王妃の正体が黒龍種アスタロトか邪神の残滓の可能性はないのか?」
「今は滅多に人前には出て来ぬし、確認を取るのは難しいだろうて」
「この機会に動いてくれれば、どうであれ敵として叩き潰せるんだが。今までの罪状もあるし止める貴族はいないだろうぜ」
「流石に前王妃となると迂闊には手を出せないか。処刑台に送らずにこの手で叩き斬ってやりたいところだが」
今まで無惨に殺された人の無念を晴らす為にな。
処刑台で罪の清算をさせてもいいが、一度死刑にしたくらいじゃとてもじゃないが釣り合わないだろう。
「それはその時がくれば喜んでその仕事を回してやる。ライガのやつも参加したいだろうぜ」
「話を戻すぞ。王都で反乱を起こした混合部隊はそのまま王都の西に逃げた。街道は使えぬだろうから、森や荒れ地を進む事だろう」
「この時期のあの辺りは氷点下まで余裕で下がる。雪が降らなくても下手すりゃ凍死だ」
「それでも西以外には逃げられないだろう。南はもちろん、東や北方面もうちの勢力だよな?」
「向こうにはドワーフを通じて連絡をした。いや~、お前のおかげで向こう方面の心配も無用だぜ」
今までいろいろやってきた事は無駄じゃないからな。
奴らの正体が分からない以上、いろんな勢力を味方に引き込むしかない。
「味方にいるとここまで心強い奴もいないが、敵からしたらこれほど厄介な相手はおらぬだろう」
「俺の敵は人類の敵、そして悪を成す者だけですよ。その辺りは雷牙や土方も同じでしょう」
「ライガの奴も昔に比べればずいぶん丸くなったぜ。最初の頃はどこかで誰かが困ってるって聞くとすっ飛んで行く奴だったしな」
「ヒジカタも変わったがな。皆いい方向に向かっておる」
これで後はこの世界が平和になってくれりゃ問題なんだけどな。
王妃クリスタッロか、なんとなく黒龍種アスタロトと名前も似てる気がするしそうだと話が早いんだが……。
「これから来月にかけて同様の事件は増えるだろう。ああ、それと西に逃げた奴らが無事に隣国に辿り着く可能性はほぼゼロだ」
「その位の資金と食料はあるでしょう?」
「こちらの勢力に属している貴族領の通過などできぬし、どの貴族領にも属さぬ荒れ地や森を選んで進んでもそこに潜む魔物をどうするかだ」
「逃げ出すような奴らだ、魔物相手にどうにかできる訳はない。飢え死にか凍死か魔物の餌。奴らはどれでも好きな未来を選べるぜ」
この時期に隣国迄移動するのが問題なんだよな。
移動しない場合はどうする?
「どこかの森で冬を越すって手は無いか?」
「水と食糧が問題だろう。水は魔道具でなんとかできるかもしれんが、食料はそう簡単に増えたりはせん」
「どの位の人数でいるかは知らないけど、剣猪クラスの魔物を数匹狩ればなんとかできそうじゃないか?」
「仕留めた魔物を解体できる技術があればな。それに血の臭いは他の魔物を呼ぶ」
黒色鮮血熊クラスが来たら流石に全滅するか。
あの熊も割と強敵だしね。
「黒色鮮血熊がいるのか?」
「あの辺りの森には割とな。黒色鮮血熊も多くは冬眠するはずだが、なぜか一定数は冬の間も活動するのだ。獲物となる魔物がそこそこいるからであろう」
「餌の少ない森とかは冬眠してるんだ。だが北方面は以前の東方面の森とほぼ状況が同じ。状況が分かったか?」
「冒険者がいないから剣猪とかの魔物がゴロゴロいる状態って訳か」
「あの辺りは岩栗があまり生えてないからな。この辺りの剣猪ほど味がよくないんだ」
なるほど。あまりおいしくないから値段が安いんだろう。
羊の数は多いし、羊肉を割と食べてるって話だしね。
「とりあえず状況確認はこんなところか、また追加で情報が入ればこうして伝えよう。この後は試食でよいのか?」
「まだあまり数は出来てないですけどね。とりあえず味見をしてもらう料理はありますよ」
卵サンドも今回は出すつもりだ。カラカラ鳥の卵バージョンを少しだけね。
シャケは富貴鶏にしてお土産にするつもりだ。土で包んだままの状態だったら次の日でも食べられるだろうし、家に帰って家族で食べて貰うくらいの量はあるからな。
「小型のお節料理か。これもお土産なのだろう?」
「入れ物も含めてそうですね。漆の重箱ですが、金箔で装飾もしてありますし十分でしょう?」
「十分すぎるぜ。自国領で生産できないか調べる貴族も出るだろうな」
「再現は難しいぞ。扱い難い素材だしね」
特に漆がね。
ホコリを嫌うし、作業環境はかなり苦労するだろう。
「今日の料理だけでも普通の晩餐会にできる品数だ」
「本番用にはもっと多くの料理から選びますよ。とりあえず今日の所はお土産用の料理ですね」
さらにお土産には酒とかも付ける予定だしな。
彼らにはこれから先の世界を良くする為に苦労して貰わなきゃいけないしね。今は十分に甘い汁を吸って貰おう。
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