第二百八十二話 王都に今まで運び込まれた塩や食料はまだ十分にある筈だろ? どうしてこんなに早く麦や塩が市場から姿を消したんだ? 砂糖なんかの高級品じゃあるまいし
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楽しんでいただければ幸いです。
無事に魔法学校最強決定武闘大会は終わり、カレンダーも変わって十三月に突入した。
王都方面ではすでにかなりの量の雪が降っている為に、向こうの状況は携帯型の魔導通信装置を持つスティーブンの部下に任せるしかない。
そんな便利な物を持っているんだったら量産すればいいのにと思ったんだけど、どうやらかなり貴重な物らしくてスティーブンの財力や力を持ってしてもワンセットしか用意できないんだそうだ。持たされている部下はかなり信頼されているスティーブンの右手のような存在だそうだ。
「仕入れたばかりの最新情報だが、王都の状況はかなり良くない。こちらとしては好都合なんだがお前はこの状況を喜ぶような奴じゃねえしな」
「当たり前だ!! 王都に今まで運び込まれた塩や食料はまだ十分にある筈だろ? どうしてこんなに早く麦や塩が市場から姿を消したんだ? 砂糖なんかの高級品じゃあるまいし」
「そう声を大きくするな、儂もこの状況を喜んだりはせん。以前ニドメック商会がこの街でやろうとした事を、王都で誰かが真似しないとは限らんだろう? こちらの陣営に加担しなかった貴族などは、浅ましい性根の者ばかりなのだ」
「王家に忠誠を誓うという事ではなく、最後の最後まで王家や王都を食い物にしようと考えておる奴らばかりだ。物資の買い占めや高額転売位笑いながらやってのける」
胸糞悪い奴らだ。
王都に巣食う寄生虫め、王家と運命を共にするんだったら最後の瞬間まで王都に残った領民の為に力を尽くしやがれ。
「王家を食いつくしても、その後で生きる術はないだろう? 王家が滅んだ後どうする気なんだ?」
「その時は下卑た笑みでも浮かべながらこちらにすり寄る気なのだろう。儂としては奴らには処刑台くらいしか用意してやれんが、手厚くもてなしてやろうと思っておるぞ」
処刑する気満々じゃないか。
そりゃ男爵はこんなことをやらかす奴らをこっちの陣営に引き入れるとは思わないけど。
「まともな貴族は前回の時にほぼ全員こちらに下ったからな。こっちが追い返した奴もいるのは確かだ」
「こういう真似をする性根の奴らか? そりゃ追い返すよな」
「領主たるもの、常に領民の生活を考えて政をするべきなのだ。自身の贅沢や栄華など二の次であろうに」
「それはエルフの血を引く領主ならではのセリフだ。それでも珍しい植物やインコなどには執着してるだろう?」
「森の友を愛でる習性が残っておったのか、あのインコには心を奪われる。この儂がインコの為に部屋を幾つか潰した位だからの」
男爵の屋敷にはほぼ南方仕様の温室と化した部屋がいくつかある。当然インコ専用の部屋だ。
部屋の掃除も信用のおける一部のメイドにしか命じておらず、餌などもすべて南方から取り寄せて作られた特別な物を与えている。商人ギルドのお得意先でもあるしな。
「インコブームというか、インコを飼う貴族は増えているな。うちの商会でも関連商品を扱っているが、どれもよく売れている」
「超高級磁器製の水飲みとかが?」
「売れ筋だな。あのサイズであの値段。当然針の先ほども手を抜いてねえし、僅かでもおかしな部分があればすべて廃棄するほどだぞ」
二級品とかは一切放出しないあたりがスティーブンの商会らしいな。
インコの件はどうでもいいが、問題は王都の状況だ。
「話を戻すぞ。それで王都はどの位現状を維持できそうなんだ?」
「よくもって年明けから半月程度か? 飢え死にする奴はその時期まで出ないだろうが、その後は厳しいぞ」
「だからといって此方から物資を与える訳にはいかん。王都の人々を見殺しにするのは本意ではないが、向こうが頭を下げてこなければどうにもならん」
「結局苦しむのは力を持たない人たちか……。餓えた人が食糧を買い占めてる貴族の倉庫を襲ったりしないのか?」
「流石に持っている武器が違う。魔法使いが何人かいても返り討ちになって終わるだろう」
腐った貴族連中に擦り寄る悪党もいるだろうしな。銅貨一枚残らず奪いつくすつもりか。
そいつらは最悪西方面に逃げて他国に潜り込むつもりなんだろう。あっちも今はまだ例の魔物被害からの再建中で人手は足りてないしな。
「このまま王家が何もしなければもう終わりだ。こっちが何かする前に自滅するだろう」
「少しは何かしそうなのか?」
「倉庫には金貨が積んであるだろうが金貨は喰えぬ。あ奴はマシな王だがそれでも貴族から食料を買い集めて施すような奴ではない」
「餓えた民を見殺しにする王か……。滅びて当然だ」
「今まで滅んでおらなかったのが奇跡だ。誰も疲弊したこの国を立て直したくないだけだったのだが」
「どこの大貴族でも流石に予算が足りないからな。今のこの領だと何とかできなくもないが」
食料とかが何処かから湧いてくる訳じゃないし、予算や資材が湧いて出てくる訳でもないからな。
ここに俺がいる場合、資材とかはある程度都合できるし最悪食料も何とか出来るからね。
「新年を迎えた後、どうするかを決めねばなるまい」
「新年会でこちらの意思を伝えるのは重要だ。いろいろ買い漁っているみたいだが、新年会の料理の目途はたったのか?」
「そこなんだけど、異世界の食材とか思いっきり出したらヤバいよな?」
「他の世界の食材か。確かにお前にしかできぬ芸当だが……」
「奴らを黙らせる料理があるのか?」
とりあえずアイテムボックスから先日作った大王渡り蟹を取り出した。酒は清酒の大吟醸を燗したものを用意してある。
蟹の身と味噌入りの小型オムレツやクリームコロッケ。焼売に焼きガニ、それにバター醤油ソースの蟹ステーキも出してみた。
「どれも信じられない位に旨味の濃い蟹料理だ。異世界の蟹か……」
「これは本当に蟹なのか? ……このステーキ、蟹の足の身の一部だな? それでこの大きさなのだろう?」
「かなり小さくしてますよ。元の大きさはこれですから」
生きた大王渡り蟹をアイテムボックスから取り出して床に置いてみる。何とか逃げ出そうとしてるけど、あの鋼蔓の縄はそう簡単に切れたりはしない。
「でかい蟹だな!! しかもまだ生きてるじゃないか」
「異世界産の高級食材、大王渡り蟹だ。味は今味わってもらった通りに最高なんだけどでかくてな」
「流石にこのサイズの蟹はこちらで養殖という訳にはいかんな。この大きさの蟹がいると分かれば冒険者ギルドに依頼が来るぞ」
「でしょうね……。ここまでデカいと料理するのも大変ですし」
「心配するのはそこか? まず普通の冒険者はこいつを見たら驚くぞ」
「ただのデカい蟹ですよ? あまり傷つけずに倒すのを心配する位でしょ」
「「その心配をするのはお前とライガだけだ!!」」
二人でツッコミを入れてこないでもいいじゃないか。
最近はそこにルッツァの名前も入ってるしな。今のあいつにもこんなただのデカい蟹なんて相手じゃない。
「こいつを始めとした異世界の食材。幾つかには意図がありますが、ただ単に旨いという点でもこの世界の物を上回るものもたくさんあります」
「今までも少しは使っておっただろう。なぜ今になってこれを使う? 今回は南方の食材やこの領内の特産品という話だったのではないか?」
「それも使います。この辺りで入手不可能な食材を使いたいだけなんですよ。この料理の様に」
アイテムボックスから出したのはこの領内で育てた牛のフィレ肉のステーキにフォアグラを乗せて濃厚なステーキソースをかけたものだ。
フィレ肉は元々脂が少ない部位だけど、この辺りで育ててる牛は脂身が少なくてかたい。それを美味しく食べさせるためにフォアグラを乗せたこの料理が一番いいと考えたんだけど、肝心のフォアグラが手に入らない。
「なぜこの組み合わせなのかという意図は理解した。まだ完成途中の牛肉を美味しく食べる方法を示してみせたのだろう?」
「その通りです。脂身の少ない今だからこそおいしく食べられる方法があります。脂身が足りないんだったら足せばいい訳ですし、硬い肉を柔らかくする方法なんていくらでもあるんです」
「俺はそこまで気にしないが、カロンドロはそろそろ硬い肉が厳しいからか?」
「まだ大丈夫じゃ。他の貴族連中に牛肉を売り込む方法としてはよい。じゃが、このフォアグラを使わずに料理として旨味を足し、そのうえで肉を柔らかくできるのであればその方法の方がよい」
「確かに、今後売り込むにはその方がいいですね。この蟹はどうですか?」
流石にこの蟹の代用品は無いからな。
「こいつを使う意図は分からぬのだが」
「女神シルキーの好物だからです。女神シルキー教の貴族にはこの上ない料理でしょう?」
「そっち方面用か。確かに強力な武器だな」
「儂の新年会でしか絶対に食えぬ料理か。こちら陣営に来た女神シルキー教の貴族どもは狂喜するだろうて」
信仰する神の好物を実際に口にする。
またとない機会だし、他の信者にもその事で割と優位に立てると考える奴もいるかもしれない。
あそこの経典には神の好物を避けろとか書かれてないしな。
「何通りか作って、事前に確認という方法でいかぬか?」
「最後の一週間は料理漬けになりますよ? 飽きが来ないように新年会前の数日はやめた方がいいと思いますが」
「その辺りの調整も得意だろう? 俺も一緒に相伴に預からせて貰えるか?」
「ひとりよりふたりで味見した方がいいだろうね。量は抑えるけど、品数は相当なものになるだろうし」
「今後の大きな一手だ。その位は覚悟しておる」
「そうだな。王都攻略に必要な手段だ。弱音は吐かないさ」
言ったな。確かに言質を取ったぞ。
加減はするけど、必要な料理は全部試して貰おう。
これであの貴族どもの忠誠心を完全な物にして、後顧の憂いをなくして王都攻略だ。攻めるのは敵が尻尾を出した後だけどね。
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