第二百六十二話 このお祭りの発案者はお前か!! 少し前にエヴェリーナ姫用の浴衣なんて頼んでくるからおかしいと思ったんだよ
連続更新中。
楽しんでいただければ幸いです。
王都やその周辺にある貴族領の緊張や混乱をよそに、このアツキサトではある催しが行われていた。確かに収穫も終わってこれをやるにはいい時期なんだけどさ、ちょっと規模が大きすぎない?
「まさかこっちの世界で祭りを楽しめるとは思わなかったな。スティーブンにあれこれ話した甲斐があったぜ」
「このお祭りの発案者はお前か!! 少し前にエヴェリーナ姫用の浴衣なんて頼んでくるからおかしいと思ったんだよ」
「浴衣は俺の分や、お前の分も用意したみたいじゃないか。割と注目されてるから来年以降は流行るかもしれないぞ」
アツキサトの大通りで行われている秋祭り。多くの屋台が立ち並び、一部の通りにはカラフルな提灯まで吊り下げられている。当然会場となっている街道は大賑わいで、個人商店とかも客引きを出してアピールしまくってるぜ。
流石に浴衣を着ているのは俺たち位だが、割と注目されているのも確かだ。
「今日は割と暖かいのでこうして出てきたのじゃが、これはどういうことなのじゃ?」
「ああ、元は収穫とかを祝ってやる神事の筈なんだけどね。割と各地で行われてるお祭りみたいなものだよ」
「食べ物の屋台の他に、怪しい屋台が混ざっておるのじゃが……」
殆ど……、というか屋台の目玉はやはり食べ物で八割がたは食べ物系の屋台だ。
定番の剣猪の串焼きやグギャ鳥の焼き鳥をはじめ、何処から噂が広まったのか既にたこ焼きや箸巻きまで売られているぞ。もとの世界より小麦が高いから利益率は低いだろうけど、それでも十分が儲けが出るはずだ。ソースの原価次第だけどね。
その中に混じって明らかに異色の屋台が紛れている。元の世界でも似た屋台は見かけたけどさ……。
「大鋏海老釣り……。だれだ? あの屋台を提案したのは?」
「俺だ。この辺りに似た魚が見つからないらしくて金魚すくいの屋台は難しいそうでな。代わりにあれを提案してみた」
商人ギルドは流石にここで小銭をあくどく稼いだりしないけど、小さめの商会なんかは誰に教えられた訳でもないのに怪しいクジの店なんかを開いている。ちゃんと一等は当たるんだろうな?
「渋石の甘焼だよ~。ちょっと大きいけど美味しいよ~」
あのバカでかい渋石を刻んで小さめにしてから焼いて甘栗風で売ってやがる。甘みは米飴で付けてるみたいだけど、あんなので本当に甘くなるのか? それに渋石はあく抜きも大変だぞ。
「え? 渋石って食べられるんですか?」
「試しに食べてみるかい? これはサービスだ」
「美味しいっ!! これ一つください!!」
「毎度。五シェルだよ」
珍しいのかエヴェリーナ姫が割といろんな屋台に寄ってはいろいろ買い漁ってる。あの姿は年相応って感じだよな。小さな木っぽい器に入って五シェル。……いや、あの器ってタケっぽい植物を加工した物か? 使い捨てにするにはもったいない気もするけどね。
俺も試しに買ってみるか?
「こっちにも一つくれ」
「毎度!! 五シェルです」
「ほい。銅貨五枚」
銅貨で支払いをするのも、こうして屋台で何か食べるのも本当に久しぶりな気がするな。
さて、あの渋石をどう処理したのか?
「おおっ!! 思ったよりはるかに旨い。渋石を丁寧にあく抜きして米飴を溶いた水につけた後でたぶん軽く煮たんだな。その後こうして米飴をまぶして香ばしく焼いたのか……」
「ひとつ貰うのじゃ……。ほう、なかなかの料理じゃな」
「アクの強い渋石をよくここまで上手く調理したな」
「へへっ。渋石は森に行けばタダ同然、米は安いですし後は手間だけですぜ。器は筒モドキでさ」
ああ、マッアサイヤ辺りでよく生えてる低めのタケみたいな植物か。この辺りでも東方面の森で見かける。
節で切ればコップ代わりになるんだけど、使い続けるには若干強度にかけるんだよな~。こうして使い捨てるにはいいのか。
「これ、ここの名物になるかもな」
「そこまでか? 俺にも一つくれ。どれ……、確かに甘栗に近いな。屋台は多いが甘い料理は少ないし、これはいいかもしれん」
俺たちの話を聞いて客が集まり始めた。これだけうまけりゃすぐに完売だろうな……。
「なっ、並んでください!! すぐに次が出来ますんで!!」
「ほんとに美味しいっ!! 渋石ってこんなに美味しいの?」
「二つ……、二つください!!」
「こっちは四つです!!」
他の屋台が俺たちを見てるけど、客寄せのサクラじゃないよ? そんなジト目でこっちを見ない。
どれだけ材料を用意してきたのかは知らないけど、あの勢いで売れたら一時間も持たないだろうな。
しかし、ほんとにここまでよく再現したよ。教会の周りなんて神社代わりにされて凄い事になってるみたいだし……。
「元々は神事だから教会が関係するのは分かる。すごく分かる。でも、おみくじとか破魔矢とか御守りなんかは違うんじゃね?」
「シスターたちが精魂込めて作ったものだからな。元の世界の破魔矢や御守りより効果があるかもしれないぞ」
そうなのか?
【奇跡が溜まるきっかけにはなりそうだね。あの破魔矢とか御守りの所有者の行い次第かな?】
ユーニスか。
これってそっち的にはどうなの?
【神を信仰する事はいい事だよ。しかも年に一度とはいえこうして多くの人が集まると、奇跡も集まったりするしさ】
……今後はいろいろ導入される可能性もあるよ。元の世界の事を知ってるんだったら分かると思うけどさ。
【元旦とか初詣とか? 定期的に教会を訪れて祈りを捧げるのはいい行いだから~。どんどん導入してね】
どうやら問題はない様だ。
みんなこうして教会に寄付したりお金を落とす余裕が出来たのはいい事だけどさ。
「……御利益は本人の行い次第だろう。向こう的には問題なさそうだ」
「向こう?」
「神界側。なんにしろこうして祈りを捧げるのはいい事なんだってさ。今は子供を置き去りにする人もいないし、教会を訪ねる機会なんて結婚式とかしかないだろ? こうして人が集まって神様に感謝の言葉を伝える機会が減ったからだろう」
「主にクライド様のおかげですよ。この街にはもう子供を置き去りにする親はいません。孤児たちも……、今いる子たちが巣立てば殆どいなくなるでしょう」
ヴィオーラ教会でシスターアレシアと再会したけど本当に久し振りだな。
俺が寄付をしなくてももう成り立ってるし、あうのはウエディングドレスの追加や修復の時くらいだしね。
「シスターアレシア。元々ヴィオーラ教会の孤児の数は少なかったでしょう? それに冒険者をする事も無かったですよね? シルキー教の子供たちは私と一緒に冒険をしていましたけど」
「それでも、多くの子供が毎年教会に置き去りにされていました。今は両親が事故や病気で亡くならない限りうちに連れて来られることはないですね」
まだその可能性はあるのか。
特にこの世界の教会は病院に近い役割を持つので、重傷者や重病人が運び込まれる事もあるんだろう。そうなると、親を失った子供がどうなるかはわかり切っている。
「不慮の事故というか、避けられない不幸は存在しますからね」
「そうですね。ただ、今は安全基準も厳しくなっていますし怪我をする人はかなり減っていますね。冒険者をする人の数が減ったのも大きいのですが」
「命懸けの仕事の質は変わりましたから。冒険者は必要ですがこの街での役割をほぼ終えました」
「この街が大きく変わり始めてほんの数年。こんな日が来るなんて思いもしませんでした」
そりゃ、子供を喜んで置き去りにする親なんていないしね。
教会の役割も変わっていくだろう。
「こうしてお祭りでもなければあまり訪ねる人もいないしな」
「あなた!!」
「いえ、ライガさんの言う通りです。もう神に祈らなくても平和で幸せな日々を過ごせる人が増えたのです。寂しい事ですが、喜ばしい事でもありますので」
へえ……。エヴェリーナ姫って雷牙相手でも割としっかりと叱るんだな。
あいつも割と失言の多い奴だし……。
「この世界を見守ってる存在はいるし、この世界を救おうって人間もいる。でも、普通の人はそんな事を気にせずに暮らしてほしい。たまに神に感謝をする位でいいからさ」
「ソウマが言うと重みがあるの。本当に名誉や名声を求めぬのじゃな」
「名誉や名声は求める物じゃないさ。そうだろ?」
「ああ、そうだな。俺たちの戦いってそういうもんだ」
流石に長年ヒーローしてる男は違うな。
ライジングブレイブの作中だけですら、死にかける目に遭った事が何度もあるのにさ。
「神は勇者をいつも見守っていますよ」
「そうですね……」
シスターアレシアは屋台の裏方に戻ったみたいだね。
女神ヴィオーラか……。女神ヴィオーラは元々魔法少女で、一応女神なんだよな?
【特殊ケースで女神になったうえに、こっちで修業してないけどね。こっちの立場としては微妙かな? 普段も神界じゃなくて他の空間にいるみたいだし】
そんな微妙な立場なの?
【あの子に界渡りの知り合いが多いのも問題なの。あの子がピンチになるとすぐにどこかからか界渡りが助けに来るし……】
そりゃ微妙だな。
誰かに助けて貰ってばかりの世界じゃ、平和にありがたみが無いだろう。しかも、その存在が俺達みたいに人ではなくて、神的な存在だとなおさらだ。
【……うん。そうだよね】
ものすっごいラグがあったんだけど、何処の部分に引っ掛かったか言ってみようか?
俺たちを人扱いしてないとか言わないよな?
【あ、呼ばれたから行くね、それじゃっ】
逃げたか。
人の枠を外れてるのは認めるけどさ、俺たちはまだそこまでファンタジーな存在じゃないだろ?
人と同じかって言われると違うけどさ。
「ま、今日は祭りを楽しもうぜ!! たまにゃいいだろ?」
「そうだな。……土方は?」
「あいつも来てる筈なんだが……。これだけ広いとなかなか見つからないぞ」
来てるんだったらいいや。
あいつもたまには息抜きしないとな。
「妻をほっておいて、周りを見渡すのは感心せぬのじゃが」
「そうです。今日はおもいっきり私たちにかまってくれませんと」
「はいはい。エヴァは何が見たい?」
「向こうの屋台も面白そうですよ!!」
「それじゃあここで分かれるか。じゃあ、二人で楽しんでくれ」
「すまんな」
雷牙達は何やら変わった屋台に突入していった。ホント、いろんな店があるもんだよ。
さてと。
「ヴィルナもどこか行きたい店とかあるか?」
「ふむ、たまにはこうしてソウマと屋台を回るのもいいじゃろう。適当に見て回るのじゃ」
「そうだね。そうするか」
ヴィルナと何気なく過ごす心地よい時間。
お互い相手に気を使ってるんだけど、自然でいられる大切な時間だ。
今日はこの心地いい時間を楽しもう。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。




