第二百六十一話 えっと、話が全然見えないんだけど。そんな事って有り得るのか? ダニエラさんがこっちに帰ってきたのはうれしいけどさ
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楽しんでいただければ幸いです。
すこし前からこの国の状況というのは酷い有様だった。聞いた話をまとめると酷かったのは先王の時代で、誰かが反乱を起こさなかったのもこの国から離反しなかったのもこの国を見限る要素が不足していたからだ。
そしてここ最近、カロンドロ男爵を盟主と仰ぎ傘下に加わる貴族が増えた。ものすっごく増えた。はっきり言うとこの国に所属していた貴族の八割がたが既にこっちの陣営に加盟している。
そして、王都でも耳を疑うような事態が巻き起こっていた!! って、ここまで話がでかくなると、もう男爵とスティーブンに任せるしかないんだよな。
「えっと、話が全然見えないんだけど。そんな事って有り得るのか? ダニエラさんがこっちに帰ってきたのはうれしいけどさ」
「ダニエラは一族を引き連れてこのアツキサトに逃げてきおった。全体をみればそれどころの話ではないがな」
「商人ギルドは王都から完全撤退した。うちの商会も王都には最低限の人間しか残しちゃいねえ。他の大手商会もすでに撤退を始めている」
「どうして急に? まだ崩壊するには早いだろ?」
この国に所属する大貴族の殆どがこっちの陣営に加担した時点で、王都に物を売り込む商会は激減していた。理由は明白、持ち込んでも売れないからだ。あのケチな王家が買う筈もないしね。
王都はあそこに別荘を構えている大貴族が居なければそこまで旨味もないし、ケチな王家が支配する王都を見限った商会が一斉にこのアツキサトや他の大貴族領に拠点を移したという話だ。
「今まで王都が栄えていたのは王都に金を落とす大貴族の恩恵だ。オークションなどの取引もそうだが、あそこで商売すると税金が高いんだ。それでも多くの大貴族がいるうちは旨味があったんだが……」
「もぬけの殻状態になって一気に衰退したのか。あれだけデカい都だと人が減ると維持できなくなるぞ」
「それだけではない。正妻、第一王妃以外の妃とその一族も王位継承権を放棄して自分の領地に戻った。これが何を意味するか分かるか?」
「王家を捨てた? いや、王家から離脱する事で連帯責任から逃れたのか」
ルッツァの実家も王都から脱出したそうだ。
これで王都を攻める時に問題がひとつ少なくできた。巻き添えになる犠牲者はひとりでも少ない方がいいしな。
「そういう事だ。勘のいいものは流石にこの領の周辺で起きた事件が王家と無関係だとは思っておらぬ。その存在については儂らよりお主の方が詳しいのではないか?」
邪神の残滓や黒龍種アスタロト……。
絶対に王都かその周辺に潜んでると思うし、邪神の残滓が憑りついてるのは王族の誰かだと確信してるよ。でなけりゃ、とっくに誰かが何とかしてるだろうしね。
「敵の存在についてはいるとだけ答えておきます。公にするのは危険すぎますので、ここにいる面子の胸の内に留めて貰えれば」
「例の黒龍種アスタロト以外にもいるのか? ライガの奴が長い間ずっと追いかけてるそうだが」
「いる。そいつを操ってる黒幕がな」
スティーブンが息をのんだ。
あの雷牙がいまだに討伐できていない敵の黒幕ってのがどんなレベルか察してくれたみたいだ。話が早くて助かる。
「そりゃ存在を公言できないな。せっかく安定してきた領民が大混乱するぜ」
「それほどか……。その存在の討伐。任せてもいいんだな?」
「俺達以外の手には負えないでしょう。それも全員が力を合わせてどうかというレベルですよ? 情報収集はスティーブンに頼みたいんだが……」
「わかった。あの龍関係の情報は収集してるんだが、いまだに数が少なくてな」
簡単に尻尾を掴めるとは思ってないぞ。
雷牙が十年以上探して見つからない位だしな……。
「向こうが動き出すのがいつか分かりません。動き出せばすぐに俺たちはそこに攻め込みます」
「もう一人いればここの守りに残って貰うんだがな」
「今まで見つからなかったんです。もうこっちには来てないと思いますけど……」
でも、少し前まで土方も見つからなかった訳で、どこかにいる可能性は捨てがたいんだよな。希望的観測に過ぎないけど。
あのクラスの相手となると、魔法少女の力を手に入れててもエリーヌには少し荷が重いし……。
やっぱりここに土方を残して俺と雷牙だけで行くべきか? あいつがここにいればヴィルナの心配もせずに済む。
「いない奴に期待しても仕方がない。その時の状況で決めようぜ」
「そうだな。その時がくれば俺は全力で対応する。遠慮なく言ってくれ」
「街の防御力を上げ始めてよかったと思っておる。……この動きに合わせてきた可能性はないか?」
「こっちの情報も流れていると思うが、鼠は見つからねえな。結構な数が潜んでる筈だ」
「移民の数が多すぎるからな。重要施設に配置してないのも流石だが」
「当然だ。守備隊にも登用しておらぬ。鼠が蜂起した所で即座に制圧してみせるがな」
守備隊の練度は異常だからね。
装備がいいのもあるけど、奥の手もあるから余程の事が無けりゃこの街がヤバくなることはない。問題としては俺が動く時がその余程の事の可能性があるんだよな。
「王都の動きはこれからも注視しておこう。情報も集めておるのだ、こちらは敵が動くのを待てばいい」
「流石に王都を攻めるには大義名分が必要ですからね。例の装置も気になりますが」
「どうせ無効化する手段は仕込んできたんだろう?」
「ちょっと勝手口を作っただけだ。それにあの結界の術式は大体理解した。無効化する手は幾らでもある」
というか、結界なんて壊してくれって言ってるようなものだしな。
壊さずに無効化する手段も幾らでもあるし、気付かれないように侵入する方法もある。それに関しては心配なんてしてないぜ。
「相変わらず油断も隙も無い奴だ。お前を懐に入れた時点で何かされる事位は理解しておっただろうが」
「いや。王族はこいつの怖さをまだわかってない可能性がある。ちょっと凄い冒険者程度の認識じゃないのか?」
「可能性としてはあるな。儂が国王ならば王都には絶対に呼ばん」
「本人を目の前にそこまで言うかな?」
「その代わり陰ではいっておらぬよ。お前の耳に入った時が怖いからな」
そこまで警戒しないでもいいのに。流石に俺もカロンドロ男爵やスティーブンに何かしようとは思わないよ。ちょっと多めの仕事は持ち込むかもしれないけどさ。
「お前の存在は既に一国の運命を左右どころの話じゃないんだ。この世界の未来はお前がいるかいないかでかなり変わる。今のこの街の状態をみれば他の貴族もその意味を理解するはずだ」
「新しく建てられた家もそうだが、街の防壁も街道も他とは出来が桁違いだ。建設に関してはヒジカタの力があればこそだがな」
「あいつの存在もでかいですよ。俺はあいつ程建築技術がありませんし」
「お前の持つ建材があればこそだ。あのコンクリートや釘にしてもそうだが……。支払う額以上の価値はあるぞ」
「流石に無料ですといろいろ問題がありますからね。かなり格安にしてますけど」
「あんな物をドワーフに作らせでもしたら大変だ。釘の代金だけでも相当な額になる」
あのクラスの精度であの量を作るとなると大規模な工場が必要だしな。ファクトリーサービスが無いと流石に俺でもあの値段で売るのを躊躇するレベルだ。
「コンクリートもな。作れぬ事はないが、あの品質を維持するのは不可能だろう」
「出してる量が凄まじいですしね。コンクリートブロックも入れると相当な量です」
「それだけでもお前の力は代えがたいんだ。それだけじゃない、この街はお前が支えて部分が大きすぎる」
「行政なんかの細かい事は任せてるし、俺は建材を提供してるだけさ」
「お前がどこか他で活動していたらと思うと背筋が寒くなる。それほどの存在なのだがな。本人は自覚がないようだが」
これでもかなり手加減してるんだけどね。異世界の魔道具とかをフル活用すれば、元いた世界以上に便利な世界に変えることだってできる。
それが正しくない事を理解してるから、人命を優先した技術しか持ち込んでないんだし。
……鉄道も割とグレーだけどさ。
「とりあえず王都の動向を注視。街の結界などの早期導入と防御力の向上。この辺りを優先して進める」
「今できる事はそれだけですね。奥の手は幾つか用意しますよ」
「本当にお前が味方でよかったぜ」
ヴィルナやこの街に住んでる多くの人の命がかかってるんだ。多少の反則は目を瞑って貰わないとな。
にしても王都の状況がそこまで悪化してるなんてね。
この国、もう長くないかもしれないな……。
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