第二百六十話 俺が元々いた世界がライジングブレイブと同じ世界の並行世界だとして、どうして俺だけが向こうの作品に存在しない?
連続更新中。この話で第十章は終わります。
楽しんでいただければ幸いです。
この世界……、といっても今俺が暮らしているこの場所の事だけど、結局ここも世界のひとつにすぎない。
僅かな可能性から並行世界は生まれ、ここと似た世界も数多く存在しているんだろう。でも、ひとつだけ言えるのは俺がいる世界はここ以外に存在しないって事だ。同位体も並行時空体も一切存在しない。
ワールドリンカーって存在が他に一人しか存在しないんだったら、結局そういう事になるんだよね。
「俺が元々いた世界がライジングブレイブと同じ世界の並行世界だとして、どうして俺だけが向こうの作品に存在しない?」
そりゃ、俺の住んでいた場所はライジングブレイブの舞台になった町とは違うよ。
でも、うちの近所でライジングブレイブの撮影が一度行われてるんだ。絵的にちょうどいい木造の橋があったらしい。
「雷牙の話だとこの戦闘はあいつのいた世界でもあったらしい。並行世界の筈なのに場所が少し違うのは若干地形が狂ってるみたいなんだよね」
「昼間から何を力説しておるかと思えば、またつまらぬことで悩んでおったのじゃろう?」
「そう言っちゃうとそうなんだけどさ。なんかもやもやするというか、こう……、なにかを見落としてる気がするんだよ」
「些細な事じゃ。ソウマがここにおって、大地に足を着けて暮らしておる。これ以上に確かな事などあるまい」
そうだけどさ。
俺が何であれ、ここに存在している。この事実だけは揺るがない。俺が何者で、どんな存在なのか分からなくてもね……。
やめやめ、ヴィルナの言う通りばかばかしいや。
「そういえば来月から授業はしなくて、次の授業はまた来年の春頃からでいいのか?」
「戦う訳ではないが、家でゆっくりしておる方がよいじゃろう。最初から学校とはそういう契約をしておるじゃろう?」
「その契約を承認したのは俺だしな。冬の間も働いてもらおうとは思ってないよ」
生徒は残念がってるけどね。
でも、こういう対応は他の教師でもしていくつもりだ。種族特性とか色々あるだろうし、働きにくい時期に無理して働かなくてもいい様にはしたい。
「ソウマは優しすぎなのじゃ。女神の祝福が無ければ、妻の座を奪おうとする者もおったじゃろう」
「誰が寄ってきても無駄さ。俺はこの世界に来て、まだ何もない状態でヴィルナと出会った。あの時、共にいてくれる誰かの存在がどれだけありがたかったか……」
商人ギルドで小金を掴んでいたとはいえ、こんな正体不明の男についてきてくれたんだ。出会ったばかりの時にはその小金すらない状態だしな。
ヴィルナというか誰かと一緒でなければ、白うさぎ亭でおそらくブレスも起動させていただろうからその先の展開はすさまじいだろう。
塩食いやナイトメアゴートの討伐に早々に出かけて、最終的に力に振り回されて自滅していたかもしれない。
「ソウマはひとりでもなんとかしておったじゃろう。わらわの方は苦労しておったじゃろうがの」
「割と大食いだったしな。それだけ消耗していたんだろう?」
「街に着いたとたんに人を襲っておったか、それとも森で剣猪を狩っておったじゃろうな。流石に金がなければ生きられぬのじゃ」
「塩騒動はすぐに収まっただろうし、大きな混乱はなかっただろうけどね。元凶の魔物は多分俺が討伐に行ってると思うし」
「それは少し甘いのじゃ。少なくない血が流れたじゃろう。あの商会ではなく、この街で暮らしておった者の血じゃ」
今だったら分かるけど、俺が動いて無ければ数日中に男爵とスティーブンが動いてただろうぜ。
俺がいたからいろいろ話は早かったけどね。
「ソウマがおらねば、あの後襲ってきた魔物にこの街は滅ぼされておったじゃろう」
「その可能性はあるかも。独り身だとここに留まる理由がないしね」
「わらわがソウマと出会った事で、この街の運命は変わっておったかもしれぬの。それも良い方にじゃ」
「運命的な出会いだったんだろう。初めは道のど真ん中で死んでるのかと思ったけどね」
驚いたよな。
この世界で最初というか、はじめて出会った人間が道で寝転んでるんだから。
しかもすっごい大食いだったし。
「それほどまでに消耗しておったのじゃ。割と殺気が滲み出ておったはずじゃが、軽く流されたしの」
「殺気なんて気が付かなかったな」
「常人であれば、動けぬレベルじゃぞ。ソウマには通用せなんだが」
客が大量注文してお残しかました時のマスターに比べりゃ可愛いもんだったぜ。
あの時のマスターの殺気とその後の状況は思い出したくもない。ご飯残すの良くない、食べられない料理は頼まない。嫌いな食べ物は事前に伝える。あの時、心に誓ったんだ……。
「怖い思いはしてきたからね。正直、この世界に来る前に死にそうな目に遭ったのは一度や二度じゃない」
記憶がある時間でさえね。
記憶を失う事故か事件はそれ以上なんだろうし、結構きつい目にも合ってるんだよな。
「そうじゃろうな。あの肝の座りようは普通ではないのじゃ。あのスティーブンと対等に話せるだけでも大したものじゃしな」
「大商会の会長ってだけじゃないだろうしね。どれだけ修羅場をくぐってきたのか」
「商人など大金が絡めば血の気の多くなる輩ばかりじゃしな。ソウマがあの商人ギルドを飼いならした手腕など、信じられぬほどじゃぞ?」
「向こうにも十分な利益を提示すれば大体折れるさ。後はこっちの都合に合わせて儲け話を提示する。ある程度こっちの思惑通りに進んでよかったよ」
最初に持ち込んだのが飴でよかった。
あれ以外だとここまでうまくいかなかっただろうし、あれだけ大量に持ち込んだのも意味があったしな。あれでこっちがでかい仕入れルートを持ってると誤解させる事もできたし。
「塩の一件といい、ソウマが来たタイミングも絶妙じゃったがの」
「色々助かったのは事実だな。おかげで冒険者として活動するのが少し遅れた。活動してた期間は短いんだけどさ」
「今はソウマやあの男にしかできぬ依頼以外は回してこぬじゃろ?」
「俺が採集依頼なんて受けたら、ジト目で睨まれそうだ。ただでさえ冒険者向けの依頼が無いのにさ」
ルッツアは冒険者の育成にシフトしたからこの街にいるんだけど、その他の中堅クラスの冒険者は軒並み他の街に移籍した位だ。何せ碌に仕事が無いからな。
そしてこの街に残ってるのは採集依頼で小遣い稼ぎしてる少年少女の冒険者達。
今は冒険者登録してないと買い取り額半分っていう規約は廃止されている。そうでもしないと採集系の依頼を受ける人がいないからだ。
「森を切り開いたおかげで剣猪の生息域も変わっておるしな。今はそれぞれ森の奥に生息して里までは出て来ぬ」
「一定のラインを超えたら守備隊とかが訓練代わりに退治してるからね。生息数が一定以下にならないように気を付けてるけど、そのうちこの辺りの剣猪は絶滅しそうだ」
「世の常じゃ。時代が変われば消えるモノもおる」
「他の森には多いけど、東の森に棲んでる剣猪より味が落ちるんだよな……。岩栗でも植えればいいのかもしれないけど」
「餌の質の問題は大きいのじゃ。しかし、岩栗じゃと人が採り尽くしてしまうじゃろう」
いまだに割と高値で取引されてるからね。
甘い果物が増えて人気が落ちた森桃と違って、岩栗に関しては今も高級食材としての地位を他に譲っていない。他と違って代わりがないのも大きいよな。
「渋石にしてもいいかもな。アレもいい餌になるみたいだし」
「いくつかの種類は割と買い取られておるのじゃが、アレがいい餌ではないのか?」
「最初の年に披露したクッキーがここにきて……。あれ作って売られてるの?」
「例の米飴で甘みを付けたクッキーは人気じゃぞ。貴族やソウマの口には入らぬじゃろうが」
「子供のおやつか!! 安く量産できそうだもんな」
手間はかかるけど、灰汁抜きなんてその気になればほっといてもいいしね。
小麦より安いし、渋石を自分で拾ってくればかなり材料費は抑えられる。渋石なんて時期が来れば森中に転がってるしな。
「このようにいろんなところでソウマの披露した知識はいかされておる。やがて廃れる技術もあろうが、今は活用されておるのじゃぞ」
「パスタ系の店も増えたし、唐揚げを出す店なんて数えきれないもんな。フライドポテトの屋台まであるし……」
「料理の質や種類に関しては、もはや数年前とは比べ物にもならぬじゃろう。教えた料理を組み合わせたり手を加えたりして新しい形にもしておるしな」
カツサンドとかは学食や購買で売ってるけど、唐揚げサンドとかも街ではすでに売られてるんだよね。こっちが出す前にすでに売られてたのが驚きだ。
この街もご飯系は人気があまりないからセットはライスじゃなくてパンが多いんだけど、既にカツサンドとフライドポテトとかを組み合わせた物が売られている。
課題としては甘みのある飲み物がハーブティー系か果汁系しかない事だ。流石にまだ炭酸系の飲み物は出回っていない。
「いい傾向さ。保存食に関してはもう開発を急がないし、ゆっくり色々作っていけばいい」
「ソウマがここにいる限り食糧が尽きる心配がないしの。南方からも大量の食料が運び込まれておるのじゃ」
「向こうの開発には信用できる人間しか送れないから苦労してるんだよな。こればっかりは仕方がない」
「積みあがる金を目の前にして平常心を維持するのは至難じゃしの。盗めばその先に待っておるのは破滅だけじゃが」
「盗む奴はそんな事を考えないしね。まじめに働けば、この街じゃ金なんて稼ぎたい放題なのに」
市場がでかくなったのは大きい。
もう王都に何て頼らなくても外国とカロンドロ派の貴族領で十分に経済を維持できるからね。
「真面目に出来る者ばかりではないからの。楽して金を手にしたい者は多いのじゃ」
「額に汗して働くのはいい事なのにな。もしくは胃に穴が空きそうな環境で働くか」
俺がやってる魔法学校の理事なんて持ち出しだぞ。俺の胃に穴が空きそうなやんちゃする生徒が多いのにさ。
この街を維持しているスティーブや男爵も相当に苦労してるぜ。移民をどこに住まわせるかも大問題だ。あまり偏らせるとよくないしね。
「気楽に働けばよいのじゃ。わらわなど楽しく仕事をしておるのじゃ」
「ヴィルナ先生の授業は大人気だしね。来年はもう少し給料が上がるぞ」
「もう十分なのじゃが……」
「あれだけ成果を出せばそうなるさ。おかげで生徒のやんちゃレベルは上がったが」
「そのうち落ち着くじゃろ。来年は上級生がいるのでそこまで無茶は出来ぬじゃろうしの」
そこは期待してる。
この苦労は今年だけにして欲しい。もう十分すぎる位に伝説は築かれてるから……。ん? ヴィルナ? 背中に抱き着いてくるこれはまさか……。
「世界の心配も良いが、たまには妻の心配もしてみぬか?」
「いや、十分すぎるくらいにしてるだろ?」
「……愛を語り合う時間がずいぶん減っておるのじゃ。わらわも働き始めたのでな」
「そりゃそうだけど……。シャルのベッドの前にすでにご飯が用意されている!!」
これでシャルは餌を食べてゆっくりとしてるだろう。邪魔者はいなくなったわけだ。
「心配無用じゃろ?」
「そうだね。たまにはゆっくりもいいかな……」
俺とヴィルナとシャルのいるこの家。これも一つの世界なんだよね。
もし何かあってもこの場所さえあれば俺は頑張れる。
大事な俺たちの世界さ……。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。
次の話から第十一章になりますが、楽しんでいただければ幸いです。




