第二百五十九話 この世界に魔族の侵攻とか無くてよかったよ。これ以上面倒ごとや敵を増やして貰っても困る。今でも割りと高頻度で事件が起きてるしな
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楽しんでいただければ幸いです。
エリーヌが魔法少女として活動し始めて数日が経過した。といっても最近はあの魔族の事件の後に大きな事件とかはないし、手に入れたばかりの力を持て余しているみたいだね。
でも、平時の正義の味方なんてそんなものなのさ。平和な時にはヒーローの力なんてそこまで必要とされない。雷牙の話でも、敵組織の状況次第で数ヶ月くらい戦いが無い時もあったって言ってたしな。
今日は先日の魔族騒動の報告がてらグレートアーク商会で雷牙やスティーブンと話し合っている。ついでに真昼間から執務室で酒を飲んでるんだが、酒と肴の用意をしている俺たちを見るリリアーナさんの視線はやや冷やかだった。いや、話し合いのついでに酒とツマミを出せって言ったのはスティーブンじゃん。
「この世界に魔族の侵攻とか無くてよかったよ。これ以上面倒ごとや敵を増やして貰っても困る。今でも割りと高頻度で事件が起きてるしな」
正直魔法少女の力だと戦闘能力的には俺達に及ばない。戦闘特化した俺達ブレイブは本来であれば戦う事以外できないしね。
「俺は割と自由に動けるが、土方はブレイブの活動どころじゃない。現場の指揮に加えて新しい人材の育成。あいつはお前が渡した建築技術の教本を隅から隅までチェックしたそうだな」
「本当に仕事熱心な奴だよ。チェックした修正箇所を書いて渡してきやがった。俺が指示通りに直して渡した教本を部下に配ったそうだ」
「その上で朝から晩まで働いてるからな。今までとは逆にあいつにたまに休むように言ってるんだが自分の力で街を造るのが楽しいんだろう。今や多くの部下に慕われる現場監督の総元締めだからな」
五十年この世界で暮らしてるから普通のこの世界の文化レベルとかも把握してるし、どうやって指導すればいいかって事も俺達より遥かに理解している。
その上、俺が必要な機材や建材を提供するんだ。楽しくてしょうがないんだろう。
「体調管理だけは頼むぞ。あいつはひとり身だからな」
「男爵の孫娘と最近の休日は過ごしているらしい。見た目的にはそこそこしか離れてないからだが」
土方の外見は二十代前半で俺たちの中では一番若い。が、中身に関しては既にこの世界で五十年暮らしてるからな。実年齢が幾つなのかは内緒だろう。
一応ある程度付き合った時点でその事は話すと思うが。
「超が付く歳の差カップルだろう? 正直あいつは男爵と実年齢が同じ位な筈だぞ」
「カロンドロも長い付き合いだからその事は理解してる。その上で二人を合わせたんだが……、マッアサイアで既に出会ってたらしくてな。意気投合して楽しく過ごしてるそうだ」
「運命の出会いか?」
「そこまでか? 五十年もこの世界に居りゃどこかであってるだろう。多分俺もあいつとは何度かニアミスしてたはずだ」
雷牙の方があいつを知らなかったんだからそうなるんだろうな。以前の土方は雷牙を避けてたはずだし。
それでも十数年避け続けるって相当な確率だぞ。雷牙もマッアサイアで魔物退治とかしてたんだし。
……まさか、それで当時は病んだのか? ブレイブの力を使えない自分と自由に使える雷牙。その現実を目にして。
「ブレイブの力を失ってたからな。顔を合わせたくなかったんだろう」
「お前に貰ったあの話が本当だったら、あいつが俺を嫌ってたのは分かるけどな。こっちでも大喧嘩をせずに済んでよかった」
そういやライジングブレイブの全シリーズを視聴したんだったか。
当然レッキングブレイブも全話見てるよな。
「あいつも色々こっちで苦労したんだろうしね。苦労した分、これからは幸せになって欲しい」
「……あいつに苦労かけられたのはカロンドロの方だがな。おかしなもんでな、今はそれを完全に水に流してあいつを信用しきってる。この先、あいつ抜きで街の再開発計画や街道の整備計画なんて考えられない」
「もう一つ大掛かりな計画もあるんだ。街道の整備はそれを睨んでいろいろ変更したからな。スティーブンや男爵にも話した事があっただろ?」
「鉄道か……。計画書を見た時には驚いたが、実現可能なのか?」
「元の世界よりはるかにクリーンに実現できるぞ。何せ、こっちには水を生み出す魔道具もあれば、熱を発する魔道具もある訳だしな」
本物の鉄道みたいに大掛かりな給水所も必要なけりゃ、石炭の様な燃料も必要ない。
その辺りの設計図は別の世界から持って来て、ファクトリーサービスでこの世界用に改良したから大丈夫だ。問題なのは線路に使う大量の鉄だけどね。
「鉄道に関しては数年後を目指して動き始めて欲しい。とりあえずこの街と魔法学校。それとマッアサイア方面の路線を最初に作るべきだな」
「特産物である塩や海産物などの輸送か。学校方面は運用計画の実験の為だな」
「あれだけの生徒が馬車で通うのは大変でな。今使ってる大型の馬車でも何往復する事やら」
「五年後はその規模が五倍になるからどうにもならないって訳か。物資や人間の輸送手段の計画は確かに必要だ。近場で実験できるんだったらその方がいい」
「鉄道に関する資料も纏めておいた。土方の負担が増えるけど、数年後に備えて始めて欲しい」
もう一つの問題はこの世界の製鉄技術だ。ドワーフが優れているといっても何十キロも走らせるだけのレールを作るのは難しいだろう。
小型の溶鉱炉をこの世界に持ち込む? その辺りも数年かけて調整しなけりゃいけない。いざって時の為に、レール自体はファクトリーサービスで結構な量を製造済だけどな。
何処まで文化や技術を進めるかってのは、やっぱり慎重にいかないといけなんだよね。
「宿舎から魔法学校までは歩けない距離じゃないだろう? 確かにこの街からは割と距離があるが」
「宿舎組はほぼ貴族だからな、馬があればそれを使いたいって生徒は多いぞ。だから妥協して馬車通学を許可したんだし」
いや、歩けない距離じゃないんだよ。この世界の人間だったらニ十分も歩けば着く距離だしさ。
ギュンティ男爵領の連中も普段はみんなで歩いて通ってる。体調がすぐれない日とかは馬車を使ってるみたいだけど。
「弛んでるな。俺が少し身体を鍛えてやろうか?」
「お前の訓練に耐えられる生徒はいない!! 何キロ走らせるつもりだ?」
「軽く十キロを数本か? この世界の人間だとその位は平気で走るぞ」
「氣があるからな。そうか、その基準でしなきゃダメなのか」
「身体能力を魔法で強化してる生徒もいるだろう。その気になれば六分くらいで宿舎から学校に着く。俺だと全力で走れば一分くらいでいけるぞ」
流石に身体能力は化け物だな。
あの距離を一分って、時速何キロで走るつもりだよ。
「子供に無茶を言うんじゃない。甘やかしてる訳じゃないけど、入学一年目からスパルタで行こうとは思わない」
「俺は半分くらいライガの言い分が正しいと思うぜ。体力ってのは重要だ。それに魔力も使わなきゃ増えないだろ」
「やっぱりそうなのか。でも、馬車での通学を完全禁止にはしないぞ。体調の悪い日ってのはあるんだ」
「薬や魔法があるだろう?」
「そのセリフをエヴェリーナ姫に言ってみろ。俺の意見が正しい事を証明してくれる」
体調が悪くなるそういう日な。
それに体が丈夫な生徒ばかりじゃない。体育会系の意見も一理あるけど、それだけが正しい訳じゃないぜ。
「その話は後で詰めてくれ。鉄道計画が数年後、南方のリゾート施設の計画が十年規模。最終的に全部終わるのは本当に数十年後だぞ。下手すりゃ百年仕事だ」
「当然そうなるさ、ここから先は歴史に残る一大事業だろう。各商会やギルドもそのうち体制を変えなきゃならないかもしれない」
「大きな話だな。その辺りになると俺はついていけないぞ」
「邪魔をする勢力の排除、魔物の討伐とか担当だからな。平時の軍隊みたいなもんだ。その辺りは男爵も理解してるし存在の重要性を理解してる」
毎月結構な額の給金を手にしてるからな。
同じ様に高給で雇われている守備隊の連中も街道に出る魔物討伐とか、街の見回りなんかで治安維持に貢献している。ライガはその守備隊の訓練も引き受けてるしな。
「例の冒険者用の装備。守備隊にも使わせて貰ってるけどいいのか?」
「もう数ランク高い装備でもいいけど、素材が無いんだ。あの装備でもこの辺りの魔物や獣相手だと十分だけどね」
「十分すぎだ。王都の正規軍以上だぞ」
防具はね。
武器の方は今一つなんだよな。何かいい素材があるといいんだけど。
「攻撃力に関しては今一つだろ?」
「この辺りは矢の材料が豊富でかなりの量を蓄えてる。遠距離からの攻撃は魔法もあるし十分すぎる位だぞ」
「接近戦は?」
「剣猪の角を強化して穂先にした槍がある。並みの鎧なら簡単に貫くぞ」
この辺りの名産物だしな。
剣猪も退治しまくってるから、角の在庫の量も相当な数だろう。
「それでどうにもならなけりゃ俺が出るさ。そこまでの魔物はこの前のアナグマクラスだけだろう?」
「そうだな。……あのクラスの魔物が出た時は俺たちがやるしかないか。流石に神話クラスの魔物は冒険者や守備隊の手に負えない」
「あんな神話級の魔物がそうポンポン出てたまるか」
「いや、その可能性は高いんだ。あのアナグマも誰かの手で造られたものだしな」
「マジか? そんな魔物を人の手で作れるものなのか?」
人って括ると怪しいけどな。
黒龍種アスタロトの部下だったら量産も可能だろう。今までそれで攻めてこなかったのが不思議なくらいだし。
「今までその手を使ってこなかったって事は、何か理由があるんだろう。コスト的なものか、条件的な物かは知らん」
「そういう事だな。出てきたら倒せばいい話か」
「さらっとそう言えるお前らが居てよかったぜ。仕事の話はこの位にして、気楽に飲もうぜ」
「そうだな。そろそろ燗にしてもいい季節だろ?」
「まだ少し早いぞ。この肴には合うんだが」
「夏に燗酒もいいし、冬の冷酒もいいだろ? 燗した酒の方が俺は好きだけどね」
結局なんて言いながらもいろんな酒を楽しんでるのは間違いないんだよな。
この清酒ももうすぐこの貴族領では普通に買える酒になるし、そのうち輸出され始めるだろう。
向こうでワインが上手くできないんだったら、清酒を売り込む絶好の機会だ。
はて、そういえば今日は何の為の集まりだったかな? 酒を吞みながら思い出すとするか……。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。




