第二百五十話 話そうかどうか散々迷ったんだが、そろそろ話しておいた方がいと思ってこうして集まって貰った。実は俺は別の世界から来た人間なんだ
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楽しんでいただければ幸いです。
俺の正体というか、俺が別の世界から来た事をそろそろ話しておかなければならない相手がいる。
そう、スティーブンとカロンドロ男爵だ。ルッツァ達にもそのうち話さないといけないんだけど、とりあえずこの二人には話しておいた方がいいだろう。
勘のいい二人だし、雷牙達が異世界から来たことも知っている訳で、俺もそうだといっても驚きはしないだろう。
「話そうかどうか散々迷ったんだが、そろそろ話しておいた方がいと思ってこうして集まって貰った。実は俺は別の世界から来た人間なんだ」
「こうして俺たちを集めた上に、かしこまって何を言い出すかと思えば……。いや、いまさらにもほどがあるだろう?」
「そうだな。今の今まで気が付いてなかったと思っておった方が驚きだ。お前ほどの人材が今までどの国でも召し抱えられておらぬなど異常にもほどがあるだろう?」
あれ?
ふたりが気が付いてたのは分かってるけど、もしかして割と早い段階でバレてた?
雷牙がこの世界に来たのは十数年前、土方に至っては五十年前にこの世界に来てる訳だしな。
「もうバレてるとはなんとなく気が付いてたんだが、いつから知ってた?」
「塩の一件あたりか? あの流下式塩田を言い出したあたりからおかしいと思われてたんだぞ。それに、そもそもお前が商人ギルドに売ってる塩の品質は異常なんだ。あんな純度の塩を扱ってた時点で怪しまれても仕方がないだろう?」
「ほとんど最初からじゃないか。流石に俺がこの世界に来て一週間ほどで俺を探し当てた奴の言い草は違うな」
「……やっぱり最初からやらかしてやがったのか。同じ異世界人でもお前はライガやヒジカタとは違う。お前だけ飛びぬけて危険な存在だったし俺もお前の事を色々と監視していたが、信用できる人間だと判断したから自由にさせてた部分は大きいんだぞ」
「お前は抱えている知識と行動力が段違いなのだ。ヒジカタも別の意味での行動力があり問題児ではあったが、お前に会って心を入れ替えたようで何よりだがな」
監視というか、度々料理を食いに来てたのもその一環だろうしな。
あいつのやらかしも詳しく聞いてみたいけど、仲間の失敗を笑い話のネタにしたくないし……。
「お前の知識を全部寄越せと言わなかったのは、お前は必要と判断した知識を最高のタイミングでこちらに提供してくるからだ。一度に抱え切れる量をそれこそ限界に近い量で渡されたりもするが、それでも俺たちが持てあます量の情報や技術は渡してこない」
「仕事を任せれば期待以上の成果を出す。人の手に余る魔物が出れば自ら討伐に向かう。莫大な財を持ちながらそれを悪用したりせぬ。勇者であり聖人と呼ばれてもおかしくない存在だ。こちらも余計な詮索や手だしなどせんよ」
「当たり前のことをしてるだけですけどね。魔物退治に関しては雷牙も同じ行動をとるでしょう?」
「あいつも人助けだの魔物退治だの言い出したら聞かん奴だからな。だが、あいつはそれだけなんだ。知識を用いて何かしようとは考えない。お前は必要とあれば何処かで旗揚げしてこの世界に新しい国を作りかねない」
流石スティーブン。俺の性格をよく理解している。
カロンドロ男爵がここまで領民に優しくなければ、ここを飛び出して何処かで旗揚げしてた可能性もあるしな。でも、カロンドロ男爵が領主として信用できると判断したから、俺は男爵に俺の知識や力を託してみようと思った訳だから。
「無用な混乱は求めてないぜ。カロンドロ男爵は俺の知識や力を託すに足る人物だと判断したんだ。スティーブンもそうだろ?」
「俺は苦しい時に男爵に商売で世話になったしな。他の貴族と違って信用出来る人物なのは間違いないぞ」
「おいおい。今度は儂を褒めちぎるつもりか? 儂もそこまでの者ではないぞ。他の貴族や王家よりはマシだと思っておるがな」
「王家は色々な厄災の元凶でしょう? いい加減尻尾を出してくれれば……」
「あいつらはそう簡単に尻尾など掴ませんよ。掴ませているのであれば、既にこの国の王家は別の貴族に変わっておっただろうて」
よくこの国もってるな。
先代が特にひどかったんだっけ?
「お前の正体が分かっても今までと付き合いは変わらないぞ。お前の持ってる知識を出すタイミングはお前に任せる。リリがキレない程度で頼む」
「年末はちょっと怖かったからな」
「あいつは怒ると怖いんだ。滅多にないんだが、その滅多が凄まじいからな」
「あの温厚なリリアーナを怒らせるお主らが怖いくらいだ。どれだけ無茶を言い出したんだ?」
「俺はまだだぞ。ちょっと仕事に熱が入っただけだ」
「流石に年末年始位ゆっくり過ごしたいからな。この辺りが豊かになるのはいい事なんだが、俺達だって少しくらい羽を休めていいだろう?」
あれだけの大商会の頭ともなれば、年から年中働き詰めだろうからな。
大勢の商会員を抱えてるから今更仕事はやめられないだろうし、あれだけの商会を託せる人材もそうはいないだろう。
厄介事とは言え、一度手を出したら腹をくくるしかないのは俺も同じだけどな。大勢の部下を抱える大商会の頭も、世界救済に手を出した俺もその事に変わりはないぜ。
「この領の為に尽力してくれるのは分かるが、程々で構わぬぞ。もう既に成長が急すぎてついていけぬ者もおるからの。その者には相応の仕事を与えておるが」
「できるだけ市場を壊さない様に配慮していますが、急激な流れについてこれない商会とかもあるでしょう。その辺りのフォローはお願いします」
「商売人なんて読みが外れりゃ一家離散なんて珍しくもない稼業だ。自分で時代を読む力が無けりゃ、おとなしく別の仕事に就きゃいいのにな」
「仕事を変えるのも一苦労だぞ。今はどんな仕事でも選び放題だが」
「小さい個人商会畳んでカレー屋を開く奴もいるしな。あいつ、お前の関係者だろ?」
ブランの事も調べ済みって事か。
「旨いカレー屋だろ?」
「アレはあいつの独力なのか? 今はもう早朝から並ばなけりゃ入れない超有名店だぞ」
「俺は一切手出ししてない。ブランには元々料理の才能があったんだろう。俺が採算度外視すりゃあれ以上のカレーも作れるが、利益を求めたらあの辺りが最高だ」
大鋏海老とか安い食材を上手く使って最高のカレーを出してるからな。同業者が後追いで始めてもあのレベルのカレーを作るのは無理だろうね。
「採算度外視か。この間の料理大会では大人げない料理を出しておったな」
「あれ、手間はかかってますけど格安料理ですよ? フォン・ド・ヴォー用の牛骨や脛肉も安いですし、メイン食材の牛の尻尾なんてタダ同然ですから」
「最初は予算に制限があったからな。その範囲で作っておったのか」
「特別枠でもそこは正々堂々といきますよ。本気で大人げなく潰しに行くんだったら甘いものを出してます」
アイテムボックスから皿に乗せたりんご飴とわたあめを出してみた。かき氷を出してもいいんだけど、この後の事を考えたらこの程度の方がいいしね。
「りんご飴とやらは見たが、このわたあめも凄いな。口の中で溶ける感触が新鮮だ」
「あまり甘みの無い小さなリンゴを飴で包んだ訳か。なるほど、これであれば売れるだろう。このわたあめは使いようによってが晩餐会にも出せそうだ」
「誰も甘い料理を出してませんでしたからね。来年はそこを突く生徒もいるかもしれませんが」
「砂糖がどの位安くなるかだな。その話は来年でもいだろ」
「後は暑気払いだね。清酒を冷でどうかな? 今年の新酒は大人気だったみたいだし、火入れした清酒ももうじき売り出すんだろ?」
「あとひと月ほどか。アレは売れるぞ」
清酒はこの春先に一部実験販売が行われている。本当に少量なのでカロンドロ男爵とその周囲の人間にしか飲まれてないけどね。
「何ヵ所か醸造所を作ったが、水ひとつであれほどまでに味が変わるものなのだな」
「酒の面白い所ですね。凝り始めると一大産業になりますけど」
「それに関しては大いに結構。旨い酒は心を豊かにするからな。税収も酒類は優遇しておるのだが、それでもかなり多い」
「呑兵衛が多いから……。この辺りにまともな酒が無かったのも大きいですね。そろそろラガービールとか造りません? ワインよりは簡単ですよ」
「エールブクの代わりか。あれの評判も今一つだからな」
エールブクが飲みやすい酒かというと割とそうでもない。全体的に見ればライトブクの方が遥かに売れてるくらいだ。
ワインは薄いし、他の酒は比較的高価。となると他に選択肢がないのが大きいんだけどね。
「流石に引きだしの数が多いな。酒に関しては今から手を出せるだけ出しておこう。ワインに関してなんだが、まともなワインを一から作るとどの位かかる?」
「ブドウの品種改良から始めると数十年後かな? いいブドウがあれば早けりゃ数年、熟成させるなら十数年?」
「……ブドウの木だけ分けて貰えるか?」
「品種改良をすっ飛ばそうって事か。ぶどう畑の候補地の土、それに気候の情報が欲しい。それにあいそうな木を用意する」
「本当に恐ろしいな。お前に頼りすぎるのは良くないんだが、お前や俺たちが自制しないとこの世界がどうにかなっちまいそうだ」
そこは俺も常に自分に言い聞かせてる部分だしな。
この世界を平和で豊かに変える事はいいと思ってるが、急すぎるのは良くない。できる限りこの世界の物で豊かにしていきたいからね。
「この先はいろんな酒とツマミを楽しみながら話そうじゃないか。とりあえずエールブクの代わりのラガービール。ウイスキーやブランデーもあるぞ」
「ある程度楽しんだらゆっくり飲みたいものだな。瓶でもらえるならば、後で少しずつ吟味するが」
「各種小さい樽で置いていきますよ。それじゃあ、今日はラガービールとワインですね」
ワインも熟成期間が短いフレッシュなワインをメインに、これからこの男爵領で早めに売りに出せそうな物を選ぶ。
ウイスキーやブランデーに関してはしばらく諦めるしかないだろう。
「この冷やしたラガービールはのど越しがたまらんな。このやや苦みのある酒は割といろんな料理に合いそうだ」
「このワインはフルーティだが飲みやすい。飲みやすい上に今の水で割ったワインとは比べ物に出来ない味だ」
「店で出されてるワインはちょっと酷いよな。あれ何処産なんだ?」
「船便で樽ごと輸入だ。仕入れている国はポルタだったか? ワインの産地で有名なんだが、数年前から質が落ちてな」
「他はないのか?」
「陸路だと遠くて樽ごと買っても味が落ちてな。それを薄めて飲んでた訳だ」
ワインって全部輸入だったのか?
密造ワイン造ってた冒険者ギルドってチャレンジャーだったんだな。
「この国でもワインは造ってたが、その陸路よりも質が悪くてな。正直冒険者ギルドで造られてた密造ワインの出来の方がいいくらいだ」
「その職員を引き抜いてワイン造らせたらいいんじゃないですか?」
「……その手があったか!! あの職員はカロンドロが厳重注意で済ませたからまだ冒険者ギルドにいるはず。いなくても探し出して引き抜くさ」
とりあえずワインの件は何とかなりそうだな。
熟成の短いフレッシュなワインが出回るのは早くて数年後。それまでは他の酒で我慢して貰おう。
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