第二百四十二話 最初のフォン・ド・ヴォーを作る時点で相当に手間がかかってるからな。ただでさえ手間のかかるフォン・ド・ヴォーをさらに改良しようなんて奴はいないだろ
連続更新中。
楽しんでいただければ幸いです。
八月に入ってようやくスティーブンと重要な話し合いを行う準備が出来た。細かい話し合いは何度かしてるんだけど、重要な案件は時間がかかるという事で先送りにしてたんだよね。
今日はヴィルナは出かけていて、ダリアと大会で出す料理について話し合いをするそうだ。リリアーナさんも別件で出払っているらしく、俺とスティーブンだけっていう珍しい組み合わせだ。
今回の話し合いの会場は俺の家、久しぶりに俺が料理を振る舞う事になった。
「この辺りの料理の質が上がったとはいえ、まだまだお前の作る料理の足元にも及ばねえな。このビーフシチューにしたってこの深いコクは他じゃまずお目にかかれない」
「最初のフォン・ド・ヴォーを作る時点で相当に手間がかかってるからな。ただでさえ手間のかかるフォン・ド・ヴォーをさらに改良しようなんて奴はいないだろ」
一番のフォンを薄めてそこにさらにもう一回フォン・ド・ヴォーを出してるからそりゃ普通にやるよりもはるかにコクがあるだろう。
流石にこれを使うのはあまりないけど、今回は本気モードで作ってるからこのフォンを使ってある。
「このビーフシチューもそうだが、一部のメニューは人気がある。しかし、どうしても全体的に牛肉の人気が無い。本当にこのまま増やしても大丈夫なのか?」
「餌だな。元々の牛の肉質もあるけど飼育法で幾分は挽回できる。餌にできる農作物も増えてきたからそろそろ本格的にやり始めてもいいだろう」
「こいつ!! 初めから旨い牛が出来れば増やす前に喰いつくしてしまう。そう考えて牛肉の質を上げるのを抑えてやがったな」
「俺が別ルートで入手した牛肉を使ったステーキだ。ここまで肉質が上がれば奪い合いになるだろ?」
最高品質の和牛のヒレ肉のステーキ。この肉に関していえば、どこから突っ込んでいいのかわからない位に旨い。
柔らかい肉質、噛めば噛むほどしみだしてくる旨味。これを特製のソースと絡めて食べると本当に幸せな気分になる。
「……これが肉質を進化させた牛肉の最終形か。確かに、こんな肉を出されたら他の肉なんて食えたもんじゃねえな」
「本来牛肉は旨いんだ。今までは数を増やす事と飼育の経験値を上げさせることに重点を置いていただけさ。そろそろ味を向上させてもいいだろう」
「何の考えも無しってことは無いと思っていたが、本当に先の先まで考えて動いてやがるな。最初からこの肉質を目指せば飼育する奴らの負担も相当だろうし、貴族連中が金に物を言わせて肉を買い漁るだろうからな」
「そういう事さ。牛の飼育には新しく集めた人も多かったからまず飼育に慣れさせる。そして、牛を増やす事に力を注いでほしかった。フォン・ド・ヴォーに使う牛骨や脛肉はこれで十分だったしね」
はじめはそこまで牛肉が売れない事は想定の範囲内だ。むしろ売れすぎて貰ったら困る所だったしな。
乳製品に使う乳牛に関しては順調に飼育が進んでるし、乳製品も必要な量に達しつつある。いまは割と簡単にチーズやバターが入手できるしね。
「その為の方法というか、餌は何がいいんだ?」
「一応この辺りに纏めてある。いろいろ驚く物が混ざってるぞ」
「……エールブク? こんな物まで与えるのか?」
「餌だけじゃなくて、ちゃんとした飼育法もね。次の世代の牛あたりから導入すればいい」
いろいろ問題があるから肉骨粉みたいなものは与えないし、与えてはいけない物のリストに書き加えてある。
他にも食べられる内臓の加工や調理法も教えてあるし、その辺りの肉も安く手に入るようにしたしな。
「牛の話はこれでいいだろう。後は例の砂糖の件だが」
「今年収穫したサトウキビで作る砂糖の件と、来年以降に植えるサトウキビの計画だな」
「……相当にでかいサトウキビ畑が見つかったという話になるぞ。大丈夫か?」
「南方の村の人がひそかに育ててたって事にすればいい。証人はもういないしな」
それだけの規模になれば。野生のサトウキビって話よりは信憑性があるだろう。
問題はどこにどの規模のサトウキビ畑が存在していたかに寄るんだけど。
「本当にお前はしれっとそういうことを言う。確かにそれだとどのレベルでも砂糖を生産可能だな」
「ここ数年は値崩れしない程度に生産すればいいだろう。副産物ではあるけど、廃糖蜜からラム酒も作れるしね」
「砂糖の精製工場も建設予定だしな。お前がこの辺りがサトウキビの育成に向いてるって言ったからこの辺りに作る事にしたぞ」
一部の人間だけが持っている正確な南方の地図。
このあたりを開発するだけでこの先百年位は仕事に困らないだろうという膨大な土地だ。あの竜がいなけりゃとっくに手を付けてたんだろうけどね。
「今後の事を考えたらそこがいいだろう、サトウキビの苗に関しては幾らでも都合する。今年収穫したサトウキビも必要な量を言ってくれれば用意できるぞ」
「ほんとに無限に近いアイテムボックスを持ってやがるな。そんなアイテムボックスを持っているのもお前位だろうな。必要量は後で連絡するが」
「準備が整ったら言ってくれ。量が量だし工場まで運ぶのも手間だろうがな。大量の荷車が必要になるぞ」
「来年以降は毎年やる事だ。それにも慣れて貰わないとな」
ただ、南方の施設で働かせる職員に関しては信頼できる人間だけで編成していると聞いている。
インコなどもそうだけど、至る場所に金のなる木が転がっているんだ。ちょっと小遣い稼ぎなんてされても困るしな。
「流石に南方に例の敵の生き残りはいないと思うが、怪しい動きを見つけたら俺か雷牙に連絡してくれ」
「向こうの重要施設の建設にはヒジカタを向かわせるからあいつに任せりゃいいだろ? こっちの現場には他の監督を使うさ」
「本当にあいつをこき使ってるな。というか、南方の開発を任せられる人材があいつくらいしかいないって事か?」
「男爵が孫娘の婿に本気で考え始めてるくらいだぞ。ホントに人が変わったようだ。昔からあの本気を見せてくれてたらどれだけ楽だったか……」
能力は高い筈なのにあの性格でいろいろ損をしてる奴だしな。
まじめモードに入るとこれ以上ないくらいに頼りになるのに、羽目を外し過ぎる時が酷いからね。そのギャップもあいつらしいんだけど。
「その話は初耳だが、あいつにあう性格の女性なんているのか?」
「まじめな時は整った顔立ちもあって女性に人気なんだが、仕事終わりに酒を飲んで羽目を外し始めたらちょっとな……」
「酒が入っても相手に暴力を振るったり、傷つける事はしないだろ? そういう男さ」
「確かに。酒が入った後で道化を演じる事はあるが、それで誰かを傷つけたりはしねえな」
そのラインはきっちり守る奴だ。楽しく騒ぐってのがあいつのスタイルだからな。
それにあいつが本気で酔うなんてことがあるのか? 俺の周りには呑兵衛が多いけど、あいつは一度も酔い潰れた事が無い化け物だぞ。
「新しい建築資材の件は土方に聞いてくれ。コンクリートもそうだけど、必要な材料は用意するぞ」
「あいつの知識と腕は一級品だからな。それにあいつは他の奴に教えるのも上手い。おかげであいつのシンパがどんどん増えるんだが」
「あ~、面倒見もいいから懐く奴は多いだろうね。それに優秀な建築関係者が増える事はいいんだろう?」
「そりゃそうだがな。今は本当に建築関係者の人手が全然足りない。木造建築も悪くないんだが、コンクリート製の方が丈夫だしな」
この辺りの木造建築技術のレベルが異常なんだよな。
何もない所から森の木を建材にして街を大きくしてきた事もあるし、その他にも家具なんかの製造で稼いできたみたいだし。
「僅か一年くらいでここまでデカくなったからな。一度そのあたりを再編した方がいいのかもしれないけど」
「カロンドロの奴が頭を抱えてる案件だな。なのにあいつは学校の理事長も始めやがった」
「人材の育成も重要な仕事だろうからな。基盤が出来るまで自分である程度管理したかったのかもしれないが」
「違うな。あいつは孫娘が学校に入学するから理事長をしたかっただけだ。おかげで毎日書類の山に埋もれてるぞ」
「うちの学校みたいに問題児が多い訳じゃないんだろ? 反省文とかは少ないんじゃないのか?」
なんで夏休み中に反省文を増やすか聞いてみたいくらいだ。先日の調理室の一件みたいな多少の事は目をつぶってるのにさ。
「お前の所みたいに山ほど予算を突っ込まれてないからな。備品が不足したり、予定外の出費があってその稟議書って感じだ」
「かなり余裕をもって予算を組んでるから稟議で上がってくる事なんてほとんどないからな。欲しけりゃすぐ注文してるぞ」
「どこかの貴族領でも経営してるのかって予算だしな。そりゃ予算が不足する事なんてないだろうよ」
「最初に予算を突っ込んで頑丈にしててよかったと思ってるよ。やんちゃな生徒が多くて困ってるくらいだ」
あいつらにとってはアレも勉強だろうけどね。
ちゃんと成長する糧にしてくれりゃ、反省文くらい幾らでも読んでやるんだけど。
「今度やる対抗戦は楽しみにしてるぞ。カロンドロもかなり気合入れてたからな」
「俺は特別枠だから気楽なものだけどな。カロンドロ男爵は流石に出てこないんだろう?」
「お前が特別枠じゃなかったら、あそこの料理長を担ぎ出してただろうぜ」
「大人げないな。生徒がメインの大会だろうに」
「お前はどんな料理を出すんだ?」
「これだよ。牛テール肉のビーフシチューのパイ包み焼」
すでにビーフシチューを出した後だけど、これは量も少ないからいいだろ。
「……これを出す奴に大人げないとか言われたくないと思うぜ。あそこの料理長でもこれを上回る料理なんてそうは出せないぞ」
「初めは材料費の制限があったからかなり手加減してるんだけどな。勝つだけだったらこれを売るさ」
「氷? 削った氷に甘いシロップをかけているのか。この上にかかってる乳白色の物はなんだ?」
「カキ氷だな。上にかけてるのは練乳。牛の乳を加工すればこんなに甘いものに化けるんだけどね」
「……またお前はそういう技術をサラッと披露するし。ただ細かく削っただけの氷に甘いシロップをかけるだけでここまで旨いとはな。当日は暑いだろうからそりゃ売れるだろう。といっても現金での販売じゃないんだったか?」
「特別券も含めた料理引き換え券での販売だな。最終的にその枚数で勝敗が決まる形だ」
料理引き換え券の枚数に応じた賞金が出るし、上位三チームにはさらに追加で賞金が出る。
入手した料理引き換え券を再利用して他の店の料理を食べる事も可能だ。俺みたいな特別枠以外はしないだろうけど。
「料理大会って訳じゃないが、秋ごろに街でもお祭りを予定してるぞ。たくさんの屋台を出してみんなで飲み食いするだけだが」
「それはそれで楽しそうだな。時期次第でうちの生徒とかも参加しそうだ」
売る側でも食べる側でも楽しいだろうしね。
街が急激に大きくなったから、まだどこに何があるのかすらわからない人も多いだろうし、そういうイベントはこれから増やしていくべきなんだろう。
街が広くなったことで徒歩での移動がきついから、街を移動する馬車のサービスもある事だし、いっそのこと市電でも走らせた方がいいんじゃないかとおもう。
俺も街の移動でもバイクつかってるしな。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。




