第二百二十七話 鉄鍋は意外に扱いが面倒だからな。最初の下準備も大変だけど、その後の維持も結構大変なんだよね。包丁は別に普通の包丁でもいいと思う
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楽しんでいただければ幸いです。
雷牙の結婚式から一週間が経った。相変わらずエヴェリーナ姫はヴィルナに料理を教わりに来ているが、結婚前に比べれば若干アレンジする事が少なくなってきたという話だ。
ただ、やっぱり元の味付けがかなり濃い目っぽくて、少し調味料を控えさせた方がいいんだけどそこは譲れないみたいだね。慣れた味付けってなかなか変えられないし。
「流石に中華料理はソウマの様にうまくないのじゃが。あの中華鍋の手入れひとつとっても教えるのが大変なのじゃ」
「鉄鍋は意外に扱いが面倒だからな。最初の下準備も大変だけど、その後の維持も結構大変なんだよね。包丁は別に普通の包丁でもいいと思う」
「あの娘、包丁さばきはそこそこ上手いのじゃ。味付けさえ間違えなければ、十分に料理が上手いレベルになる筈なのじゃがな」
「そういえば煮たり焼いたりもあまり失敗したって話は聞かないな。アレンジャーさえ直れば割と料理が出来る部類なのか?」
「そのアレンジャー体質が問題なのじゃ。あと、味付けが濃いのはマイナスじゃぞ」
雷牙もどちらかといえば濃い味付けが好きっぽいし、そこは問題じゃない気がするな。ヴィルナは薄めの味付けも好きみたいだし、最近は本当に料理を味わって食べてくれるからね。料理の腕も凄く上達してるし。
「その辺りは好みもあるし、雷牙もジャンクな食べ物が好きだから割とお似合いだと思うよ」
「割と大雑把な男じゃしの。案外あの二人はお似合いかもしれん。あの娘も働き始めればまた違ってくるじゃろう」
「エヴェリーナ姫の就職先って普通の方の学校だっけ? 向こうは魔法学校と違って教員を多くしなかったから手が足りないらしい」
正直雷牙の持ってる金と、防衛部隊の隊長として稼いでくる金だけで向こう百年位は普通の生活は送れるんだけどな。
カロンドロ男爵から暇だったら教師をやらないかと話を持ち掛けられたらしい。今は教師にできる人材を広く募集してるからね。
ヴィルナにも声がかかったんだけど、冬季に長期休暇するのが問題なので話はお流れになった。魔法学校の方では何かあった時用の臨時講師と考えてる。魔力の流れとか教えるのも上手いし、ヴィルナが俺に魔法を教えてくれたって言ったら目の色を変えてたもんな……。
「以前よりずいぶん素直になっておるし、あの小娘は子供の相手が好きじゃしな。家で一日あの男の帰りを待つよりはいいじゃろう」
「ヴィルナは暇だったりしないのか?」
「結界の中ではこれが普通なのじゃ。聖魔族の感覚でいえばわらわはかなり変わり者な部類じゃしな。それでも同じ場所に留まる事をそこまで苦にしてはおらん」
「そういえば以前もそんな事を言ってた気がするな。ヴィルナに問題が無いんだったらそれでいいよ。別にもうそこまで仕事をする意味もないしな」
俺が趣味に近い感覚でいろいろやっているのは勝手だし、ヴィルナが家でゆっくり過ごしてるのも何も問題はない。
毎日家に籠ってたら息が詰まるんじゃないかと偶に心配になるけど、料理をしたり映像作品をみたりして時間を潰してるんだったら問題ないかな。
「ソウマは今日も家でゆっくりしててもよいのか? 最近は魔法学校に顔を出すのも週に二度ほどじゃろ? 今日は日曜じゃが、それでも出かける事は多かろう?」
「月曜と金曜日。週の初めと終わりに顔を出して問題が起きてないか確認するだけだね」
教師陣も優秀だし、生徒会もキッチリ機能してる。
授業についていけない生徒もまだいないし、多少の魔力差は初めから予想の範囲内だしな。二百人も生徒がいればそりゃある程度の差って出てくるさ。
「それで今日はどうする気なのじゃ?」
「今日は結婚記念日だし、料理を作ったらヴィルナと一日のんびり過ごすよ。シャルも一緒にね」
「うなぁぁぁっ♪」
「最近はソウマもこうして家でゆっくり過ごす事が増えてうれしいのじゃ。ソウマが必要とされておる以上わらわもあまり我儘は言わぬが、たまにはこうして一日ゆっくりと過ごすのも大切な時間なのじゃ」
「問題ごとは割と幾らでも湧いてくるからな。割と先の先まで手を打ってるつもりなんだけどね」
最近俺の所に色々問題を持ち込んでくるのは土方なんだよな。
重機は諦めてくれたけど、この世界に持ち込んでも問題なさそうな工具や道具類はかなり大規模に導入させられた。
今はコンクリートとかを大量に使ってあちこちを補修してる最中だ。新しい建築現場でも大量に使用されている。元々この街にも白うさぎ亭みたいにコンクリートで作った建物はあるけど、あの時は当時の土方がありあわせの材料でなんとかやったみたいで技術的には確立してなかったみたいだしな。
「タダで面倒ごとを引き受けてくれる便利屋と思われておるのじゃろう。平和で豊かな世界が出来ればそれでソウマはいいのじゃろうが」
「最終的にみんなが幸せに暮らせる世界が出来ればいいと思ってるよ。この世界って割と神様に見放されてる世界だけどさ、魔王的な存在は確認されてるしそいつらさえ倒せばよくなるみたいだしね。今はブレイブが三人いるから何とかなるだろう」
俺と土方が最終フォームまで成長すればさらに安心なんだけどな。
それでも三人いれば大抵の敵は倒せる。
「流石にソウマなのじゃ。今も勇者扱いじゃが、世界を救えばもう揺るぎのない存在になるじゃろう」
「世界を救うのはいいんだけど、そう簡単じゃないのも分かってるしね。敵の本体が何処を拠点にしてるかは大体予想できてるけど、あそこに手を出せば割と大きな混乱を引き起こすだろう」
「そこはあの男爵や取り巻きの貴族が何とかするじゃろう。ここまであそこに被害が出ておらぬと、そこが拠点なのは見え見えじゃろう」
「幾ら防御に特化してるにしてもね。周りの被害から考えてそれしかない」
口に出さないだけで気が付いてる人は多いと思うんだよね。
スティーブンがこっちに商会を移した時に気が付いた奴は多いだろう。アレで気が付かない奴は相当に鈍いか向こう側に所属する勢力だ。
「その話はその時が来てからでよいじゃろう。料理を作るのであれば、今日は鳥の煮込みなどどうじゃ? 小さめの鍋でもよいぞ」
「最初に白うさぎ亭のあの食堂でヴィルナが食べたメニューだね。一応レシピは押さえてるけど、同じ味にはしないよ?」
「あの時よりもいろいろ揃っておるしの。そこは任せたのじゃ」
「鳥から違うしね。できる限りの事はしてみるよ」
◇◇◇
晩御飯のメニューを作り終えて、ヴィルナと一緒に映像作品の鑑賞。シャルは食べ物が映るとモニターの前に行くけど、それ以外は俺かヴィルナの膝の上でいい子にしてるんだよな。
そして最後まで見終わったところでそのままちょっと遅めの晩御飯。今日はあまりご飯の出てこない作品だったから、終盤になるとシャルは半分寝てた。
「鳥の煮込み、ローストビーフ、東坡肉、マッシュポテト、それに海鮮チャーハンか。あまり統一感はないが、出会った時に食べていたことの多いメニューじゃな」
「マッアサイアに向かってた時に駅宿舎で作ってた料理かな? あの時より料理の腕は上がってると思うし、調味料とか材料の質が段違いだけど」
「じゃがあの時に近い味付けにしておる所がにくい演出じゃな。格段に旨いのじゃがあの時の味に少し似ておるようじゃ」
「その辺りは何となくね。出汁とか調味料を調整すれば近い感じには出来るよ。鳥が毛長鶏だしさ、肉の味があの時とは別次元なんで味に関しては数段上になるんだよね」
毛長鶏って本当においしいんだよな。これで親子丼を作るとふわっふわのトロトロで肉の旨味たっぷりの最強親子丼が出来る。
アレを食うと流石にほかの鳥で親子丼は作れない。
「最近は養鶏場も餌を工夫しておるようじゃし。餌ひとつであそこまで卵や肉の味が変わるものなのじゃな」
「すっごい重要だぞ。何を食べさせても同じって訳じゃないし、高い餌を食わせりゃいいって訳でもない。牛の飼育や豚の飼育で色々研究は進んでるね」
「この貴族領についた町では肉の味がよくなっておるそうじゃな。他の養豚場とかにも情報を流しておるのじゃろう?」
「当然。みんなに美味しものを食べて貰いたいからね」
何を食べさせた方がいいって情報は俺が流してる。
ただし、あくまでも基本のレベルで流してるから、それぞれの飼育場でいろいろ試行錯誤してよりおいしく仕上げてるみたいだね。美味しい方が高く売れるし。
「……この豚はこの世界の物ではないの」
「流石にわかった? 元の世界の黒豚だね。美味しいって有名な豚だよ」
「じゃろうな。ここまできめ細かい肉質の豚などこの辺りでは見かけぬ。やはりまだまだソウマの持つ物にはかなわぬのじゃな」
「俺の場合は異世界からいろいろ取り寄せてるからね。流石にこれ以上の物はそうそうないよ」
豚だけじゃなくて、俺がプラントで育ててる毛長鶏は本当に旨いからな。経済を回す観点から言えばこの世界の市場で毛長鶏を買わないといけないんだろうけどね。ヴィルナには少しでもおいしい物を食べて貰いたいしさ。
女神たちにも大人気で、この前親子丼を送ったら追加注文が来た位だ。
「この牛も異世界産じゃし、本当に最初に食べた時の様じゃな。あの時はこの街の食材など剣猪位じゃったしの」
「最初に食べた串焼きな。あの屋台も味付けを変えて今は大人気らしいぞ。腕のいい店主だったしな」
「アレはうまかったが、おそらく今食べればがっかりするじゃろう」
「思い出に留めておいた方がいい味ってあるよな。この飴も最初の時は美味しかったけど、今食べると微妙だろ?」
最初に作ったドライフルーツ入りの飴。
想い出の詰まった一品だけど、流石にこれをもう一回売りに出そうとは思ってない。今売っても受けないだろうしな。
「それはそれで美味しいと思うのじゃ。口寂しい時に食べるのにはちょうどいいのじゃぞ」
「食べるんだったらいくつか渡しておくよ。在庫は結構あるしさ」
「もう売りに出しておらんから余っておるんじゃろ? 最近は高いがクッキーを自作する所もあるしの」
「アレを再現したのは本当に執念だよな。大した材料は使ってないけど、そこそこ近い味に仕上げてるし」
「ソウマが手を貸さずとも自分の手でつかみ取る事じゃろう。道を示したのはソウマなのじゃし誇ってよいのではないか?」
「みんなの努力の賜物さ。俺はほんの少し手を貸しただけだしね」
完成した見本があれば、それに近い物は作れる。
ある程度の作り方は教えてたんだし、そこから答えを導き出すのも不可能じゃない。
ん? ヴィルナが何となく俺を見つめてる気がするんだけど……。
「ソウマ、愛しておるのじゃ。これからもずっとの」
「俺も愛してるよ。長い付き合いになるだろうけど、これからもよろしくな」
こういう確認というか、言葉をかけあうってのも大切だよな。
まだ結婚して一年。子供もできてないけど、そのうち子を授かってその子が誰かと結婚する日が来るんだろうね。
「さて、晩御飯も済んだ事じゃし、そろそろ次に行くとするかの」
「了解。でもこればかりは天からの授かりものだしな」
「回数が大事じゃ。最近は相手にしてもらえぬ日も増えておるしの」
「いや、本気モードでやられると、明日はしごと……」
「それは頑張るのじゃな」
◇◇◇
うん、流石に俺も色々対策はしてるけどさ、遅刻ギリギリの状態になるまで絞らないでほしかったかな?
学校? ちゃんと間に合ったよ。重役出勤だったけどね。
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