第二百十七話 食糧を供与する場合は適正価格で売り渡すだったか? 食料は渡してないしウイスキーは食料に入らないだろ? おやつにバナナが入らないレベルで
連続更新中。
楽しんでいただければ幸いです。
ギュンティ男爵領から帰還した俺は魔法学校で手続きを行った後でグレートアーク商会にいるスティーブンを訪ねた。いや、今回の件はそこそこ苦労した。
ギュンティ男爵領の食料問題解決プランや新しい産業の立ち上げ、不仲だったドワーフとの仲介に領地運営に必要な人材育成の為に魔法学校へ入学手配。
これだけ地均しをすればスティーブンの奴も納得するだろうぜ。ははははっ。
「あの報告書を読んで俺が納得すると思ったか? 最初に報告を聞いた俺がどれだけ頭を抱えたか説明してやろうか? 俺が最初に言った言葉を覚えてるだろうな? リリが報告書を読んで固まってた位だぞ」
「食糧を供与する場合は適正価格で売り渡すだったか? 食料は渡してないしウイスキーは食料に入らないだろ? おやつにバナナが入らないレベルで」
「無料でドワーフに渡したウイスキーか、それでも百樽は多いだろう? それに今回あの貴族に無償で渡した産業技術。ウイスキーの製造法に蒸留施設の立ち上げ。この辺りも釘を刺しておいたはずだが?」
割と大盤振る舞いだったからな。
あそこを工業技術の拠点にしてもいいんだけど、今はまだその段階じゃないんだよね。
「この辺りにウイスキーなんかの蒸留酒を作っているところはない。いい機会だからあそこの男爵領でウイスキーの製造を始めようと思ったんだ。カロンドロ男爵領内は清酒の生産で手一杯だしね」
「報告書を読む限りだと一年目の仕込みに必要な麦はすべてこちらから提供する事になっている。この辺りの説明や魔法学校へ入学の手配。農機具の設計書の譲渡に関しても話を聞きたいんだが」
「ウイスキーは俺が渡したものと同じレベルにするまでには最低でも十数年かかる。今年仕込んだからといってすぐには売り物にはならないし、あの貴族領がいきなりカロンドロ男爵領の様に金回りがよくなる事は無い」
「まあそうだな。でもあそこの領主が我慢できずに熟成不足のウイスキーを売るかもしれないだろ?」
「管理しているドワーフがいるからそれはないな。ドワーフには俺が十五年物のウイスキーを渡してあるんだ。わざわざ不味い段階でそれを売りに出す事はしない。あいつらは根っからの職人だからな」
ドワーフにウイスキーの樽をあれだけ気前よく渡した理由。
別に善意百パーセントでもなければ、気まぐれにあの条件をのんだ訳でもない。
「その為の百樽か。しかしいくらなんでも多いだろう?」
「このままカロンドロ男爵領が勢力を伸ばした時、一番手を出しやすいあの貴族領に王都の手は伸びるだろ? あの百樽のウイスキーでドワーフたちは俺に忠誠を誓ったも同然の状況だ。あそこで何かあった時、こちらに流れてくる可能性は高い」
「未来への投資か。確かに凄腕のドワーフ五十人を抱えると思えば安い代償だ」
「ウイスキーは熟成するのに時間がかかる。もし王都が最悪あそこを占拠してもすぐには売り物にならないし、ウイスキーの熟成が済んでいる頃には勝負はついてるだろ? 敵の資金が増えることもなければ、資金を得る為の時間も稼げる」
十年後。おそらく王都とこのアツキサトの立場は完全に逆転しているだろう。
資金が乏しくなった王国側があの貴族領を取り込んでもすぐには現金に変える事はできまい。
「それでウイスキーか。工業技術を上げた場合、それを王都側に利用される可能性もある。……相変わらず怖い奴だ。それで魔法学校の件は?」
「魔法学校に入学をすすめたのはあの貴族領の人材育成の為もあるが、他にも理由はいくつかある。学校ってのは特別な場所だ、生徒は通った母校には思い入れが強くなる。特に世話になった母校の理事長となれば、何年経っても頭は上がるまい。それに王国側への忠誠度よりもこちらへの愛着の方が上回るだろう?」
「ドワーフの取り込みもその一環か?」
「最悪人材と領民を全員引き上げて、どこか別の場所でやり直させてもいいんだ。設備ごと引き上げれば、あの程度の領地は失っても痛くない。あそこの領主や領民、それに割と頑固なドワーフがそれを迷わず決断できる状況を先に作ったのさ」
「数年たてば魔法学校を卒業した生徒があそこの貴族領を守る。それまではあまり産業が大きくなって貰っても困るからな。……本当に先の先まで手を打ちやがったな」
「何事も無ければあの計画書通りに開墾して穀倉地帯に手を入れれば食料に困る事は無くなるし、農機具をこっちに卸して貰えば資金は確保できるだろう?」
「うちの商会の支店を作れば、情報はすぐに入ってくるし王都側もそう簡単には手を出せない。リリはまた頭を抱えるだろうが、あそこに急いで支店を作らなければいけないな」
もし仮に領民の中に不心得者がいて、ウイスキーの蒸留技術を持ち出してもすぐには金にはならない。
ギュンティも含めてあそこの領民を完全に信頼した訳じゃないから、濡れ手に粟の一攫千金的な技術は流石に渡しはしないよ。
あいつの事はかわいそうだと思うけど、領地を継いだ以上どれだけ若かろうが責任をもって運営していかなけりゃいけない。それが領主を継いだ人間の役目だ。
「立地的にはあそこの貴族領が王国側にまだ身を置いている貴族領との最前線の一部だろう。そっちを取り込めればそこまで警戒する事は無いし、その後はあそこでウイスキーを造ってくれればいいさ」
「王国側が仕掛けてくる事は無いと思うが念の為か……。万が一もあるからな」
「直接武力で来る可能性は限りなくゼロだと思うんだが、あそこの貴族領も例の人攫いの魔物に襲われたらしい」
「そういえばその魔物はまだ倒してなかったか。発見次第討伐してくれるか?」
「攫われた人の情報を吐かせてからだな。攫われた人がまだ生きてればの場合はだけど……」
もうかなり時間がたっているからな。今まで攫われた人の数からいって食わせている可能性はほぼゼロだ。大き目の町の人口に匹敵するぞ。
ただ、割と絶望的でも聞いてみる価値はあるだろう。
「例の魔物の出現は王都が一枚噛んでると睨んでるんだが、まだ尻尾を出してこないからな」
「やっぱりそうなのか?」
「いくらなんでも王都側に都合がよすぎるだろ? 今まで被害にあった場所から考えて一番利益を得てるのは間違いなく王都だからな。しかも王都は一度たりとも襲われていない。襲われるのも力を付けてきた貴族領やこの国に隣接する国ばかりだ」
この世界じゃなけりゃ戦争になっててもおかしくないけど、運よく他の国がこの問題を放置してるだけ?
「この国の貴族領はともかく、他の国は何も言わないのか?」
「お前やライガがその魔物を退治しているからな。疑わしくても自分たちの手に負えない魔物を退治できる勇者のいる国に喧嘩は売れないって事さ」
「その力の矛先が向いても困るって訳か。俺たちは流石に普通の人間相手にはそこまで力を振るわないぞ」
「お前たちは敵だと判断したら容赦せんだろうが!! ライガの野郎も普段はあんなに温厚なのに、敵認定した途端鬼に化けやがるからな」
もしかして、あいつこの世界で悪党相手に力を使ったのか?
「過去に何かやらかした?」
「王都で人攫いをした組織を壊滅させた。その組織の手下も含めて一人残らずな」
「殺しちゃったか。捕まえても死刑だろうから手間が省けただけだろうけど」
「その件で俺がどれだけ苦労したか……。一応相手が極悪非道な犯罪者だったからよかったが、後始末には苦労したんだぞ」
流石に変身はしてないだろうけど、変身してなくてもこの世界の人間じゃあいつの相手にはならないからな。
でも待てよ。人を攫って意味があるのか?
「人を攫ってどうするんだ? この辺りは奴隷なんて扱ってないだろ?」
「奴隷としてはな。俺の趣味じゃないんで詳しくは知らんのだが、人を石や宝石に変える魔法や魔道具があるらしい。美しい女性をそのままの意味で飾る悪趣味な奴がいるそうなんだ」
「そりゃあ、雷牙がキレるな。確実に生かしておかない案件だ」
ここは異世界。俺の常識以上の事があるもんだ。
人を木の実とか塩に変える魔物がいるし、人を結晶に変える魔法を使ってた奴もいたしな。……ん?
「結晶竜ヒルデガルトに結晶化された人を運び出したりする奴はいないのか?」
「もしかしたらいるかもしれん。元に戻せるかどうかわからんので、それを人攫いと断定するのも難しいしな」
「例の村はまだ雪に埋もれてるだろうから大丈夫か……。元に戻した後の家とか食糧が問題だし」
「あの辺りは一応封鎖してるから、あの村は大丈夫だろう。それにあそこから運び出すにはこの領内を通過しないと難しいしな」
それでもあの人たちを元に戻すのを急いだほうがいいかもしれないな。
いきなり全員は無理だろうけど、少しずつ頑張るしかないか。
「それよりだ。今週末にギュンティ男爵領から五人程魔法学校に入学させるつもりらしいが、制服は間に合うのか?」
「今回に限って俺がなんとかするよ。あのレベルの制服なら一日で用意できる」
「……一度お前の生産能力について詳しく説明して欲しいんだが」
「詳しく聞くと胃に穴が開くぞ?」
「だろうな。忘れてくれ、これ以上厄介事は抱え込みたくない」
この世界を抱え込めるくらいの生産能力は余裕であるしな。
本気で放出したらこの辺りのいろんな物の相場を完全に破壊してお釣りがくる。
「魔法学校の方は俺に任せてくれ。これでも理事長だからな」
「あの魔法学校もとんでもない理事長を抱え込んだもんだ……。俺も一枚噛んでるとはいえな」
あ~あ~。聞こえないっと。
「学校の理事長なんて初めてなんで頑張るよ。いろいろあるし、来週から忙しくなりそうだ」
とりあえず入学手続きと宿舎の手配なんだけど、男か女かで色々変わってくるんだよね。制服も住む宿舎も。
教科書とか最低限の準備だけは終わらせておくけどね。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。




