第二百十五話 初めまして。この鍛冶屋の状況と作られている製品なんかを見せて貰いたい。状況次第でいろいろ仕事を頼むかもしれないけど
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楽しんでいただければ幸いです。
ドワーフ。元の世界でも有名な鍛冶能力の高い酒樽、もとい種族。主食が酒なんじゃないかというくらいの酒好きという話だけど、この辺りでは若干その辺りの事情が異なる。
まず酒。この世界の食堂や商店ではライトブクやエールブク、それにワインなどが売られているが、ウイスキーなどはそこまでいい物に出会ったためしがない。香りも味も二級品というか、元の世界のウイスキーに比べて数段落ちる。
俺が色々手を貸したことで劇的に味や質が向上した料理と違い、酒などは熟成期間が必要な為にそこまで急には美味くならない。割とまともな部類に入るラム酒は輸入品のみなのでメチャメチャ高いしな。という訳で酒に関しては好きかもしれないけど思うようには飲んでいまいという事だ。
そして肝心の鍛冶関連に関しては噂通りというか、スティーブンと取引しているドワーフの能力から考えても相当高いのは間違いない。
問題はこの貴族領に入るドワーフのやる気が限りなくゼロに近い事だ。覇気が欠片も無く死んだ目をしてる。絞めた魚でももう少しは目が輝いてるぞ?
「ああ? また来たのか。何度来てもあんたじゃ話にならんぞ。もう少し物の価値の分かる奴を連れて来い」
「大丈夫です。今日は有名なあのクライド様もいますので」
領主をここまで見下すってすごいよな。ドワーフといえど一応仕えるべき領主だろう?
スティーブンから聞いた話だとドワーフは本気で気に入らない時は他の山に移るらしいからまだ交渉の余地はあるんだろうけどね。
「初めまして。この鍛冶屋の状況と作られている製品なんかを見せて貰いたい。状況次第でいろいろ仕事を頼むかもしれないから」
「あんたが有名な~、と言われても儂らは知らんぞ。儂たちはこの鍛冶屋から滅多に出ないんでな。それであんたが新しい交渉役という事でいいのか?」
「今日の所はね。ドワーフに関しては知り合いと取引があるからその腕に関しては疑ってないよ」
スティーブンが穀倉地帯の村や町に投入した農具の数々は本当にいい出来だった。
軽くて丈夫で使いやすい。それなりに高価だったんだろうけど、あれだけ生産能力が上がるんだったら安い投資だ。
「どこのドワーフだ?」
「旧レミジオ子爵領の鉱山に入るドワーフだけど」
「ははははっ、あいつらの腕がいいと言ってるようじゃあんたも大した事は無いな。儂らがここから出んといっても十年に一度くらいは奴らと交流を持つ。この前見た限りじゃまだまだひよっこどもだぞ」
「ひよっこ? あそこのドワーフはまだ駆け出しなのか?」
「鉱山の鍛冶屋で働ける数にも限度があるからな。ある程度仕事を覚えて新しい鉱山を探す旅に出るドワーフは多い。あいつらもその一派って事だ」
ドワーフの寿命がどの位かは知らないけど、確か普通の人間よりは長寿だったよな。
何十年経ったら一人前だ? というか、こいつらの腕を見てみない限り信用は出来ないんだけど。
「あそこのドワーフがひよっこって言うからにはそれ以上の腕があるって事だな。なんでもいいから作品を見せて欲しいんだけど」
「あ? いい度胸だ、おい!! あの剣を持ってこい!!」
「へい、親方!!」
……今何かを取りに行った奴は下っ端なんだろうけど、俺には目の前のドワーフとの違いが全然分からなかった。
ずんぐりした筋肉質の体型と髭。声の質も似てるからひとりずつ訪ねてきたら何人かは確実に間違えるだろう。
「これがここで鍛えられた一番いい剣だ」
「へぇ、俺の剣とまではいわないけどかなりいい出来だな。兵士に持たせりゃ案山子代わりにはなる。それにこれって氣対応型じゃないだろ?」
「一目でそこまで見抜くとはいい目をしておる。騙して悪かった、これはさっきの半人前にうたせた剣で氣にも対応してない粗悪品だ」
「だろうな。あんな剣を使えば氣で劣化してすぐ使い物にならなくなる。もしかしてこの剣を褒めちぎったりしたのか?」
「はい。あまりよくわからないもので」
職人気質の人間が一番やる気を失うケースだな。こんな粗悪品を誉められりゃこいつの目はどうなってるんだって思う。
料理人が確実に失敗したクソまず料理を勝手に食われて褒めちぎられたら、美味しい料理を作ってやろうとは思わないだろうしね。今回の場合はわざと試しで見せてきたみたいだけどさ。
「こっちの剣が本物だ」
「確かにいい剣だが研ぎが甘いな。流石に二度も試すのはどうかと思うが」
「すまなかった、あんたは正真正銘本物だ。普通の奴ならこの剣の出来だけみて、そこまで気が付く事は無いんだが」
「刃物の扱いには慣れてるんだ。この状態だと斬るというよりも圧し潰す感じでこの剣の特性を完全に殺してる」
日本刀に近い片刃で反りのある斬るタイプの剣。これでは刃の死んでる柳葉包丁といった感じだ。
わざとこういう研ぎ方をしたんだろう。
「それだけの目を持っていれば十分だ。あんたの頼みだったらなんでも作るぞ。儂らは日用品から戦の鎧兜まで何でも作れる」
「とりあえず剣や鎧は必要ない。日用品というか、農機具を作って欲しい」
「スキやクワだったらすぐに作れるが、そこまで数が必要なのか?」
「わざわざそんな物は頼まないよ。こんな形の農具なんだが……」
事前に用意してきた農機具の設計図の数々。これが完成すれば少人数でも効率よく農作業に従事できる筈。
「……なるほど、牛や馬に引かせる農具か。重量バランスや大きさに苦労しそうだな」
ここはカロンドロ男爵領の穀倉地帯と違って山にある段々畑だ。大きいと小さい畑で使えないし、持ち運びも苦労する。
だから少し小さめだけど少し改良された形の農具にさせて貰った。スティーブンが見たら何か言いそうだけどここの状況から考えたら仕方がない。
さて、もう一つの本題に入るか。
「話は変わるが、この辺りの酒ってどんな感じなんだ?」
「麦の……、酒だな」
「私はお酒を飲まないのでよく知らないのですが、領内で扱われているお酒はエールブクが多いようですね」
ビールレベルの酒でドワーフが満足するのか?
そして言葉を濁して麦の酒ねぇ、ここのドワーフの技術力だったら蒸留器くらい作れるんじゃないのか?
「もしかしてだけど、蒸留器で密造酒とか言わないよな? その気になればウイスキーというか蒸留酒は造れるんだろう?」
「そこまで見通しておるか。そうじゃな、エールブクなどで儂らが納得などするものか。あんなものは酒ではなく水じゃ。酒は命の水じゃがあのエールブクはただの水でしかないわ」
ぶっちゃけやがった。
そっか、蒸留器があるのか。
「その蒸留器、どの位のサイズでどの位の数があるんだ? ドワーフ全員が飲む分だ、一つや二つじゃないだろう?」
「現状十ある。いや、アレを持って行くのだけは勘弁してくれんか? アレは儂らの命の水を作るものなんじゃ」
「その酒を試しでいいから飲ませて貰えるか? 少しでいい」
「強い酒じゃぞ。並みの者ならひっくり返るじゃろう」
「そこまで飲まないさ。舐める程度でいい」
小さな御猪口を取り出し、ドワーフに渡してみた。日本酒の味をみる時に使う藍色の輪の掛かれた御猪口だ。
「おい。これにあれを少し入れてきてくれ」
「わかりました」
二度目だけどホントに見分けがつかないな。ってはやっ、もう戻ってきた。
「これだ」
「色は殆ど透明、もしかして……」
喉を焼く様な酒精というか、度数だけは高いけど殆ど熟成させてないウイスキーの素だ。味の無い焼酎? 旨くもないけど不味くもない、そんな悲しい酒だな。このまま度数を上げればウオッカになるかもしれない。
「それを味わって飲む奴は本当に初めてだ」
「味わうというか、これがここで飲む普通の酒なのか?」
「そうじゃ。酒を飲み慣れぬ者には少しきついかもしれんが」
度数が高いだけならウォッカとかの方が遥かに高い。あまり俺の趣味に合わないのでファクトリーサービスではそこまで造ってないけど。
……ウイスキーはもう三十年物まである。そこまで行かなくても十五年物のウイスキーだったらアイテムボックス内に数百万樽は存在する。馬鹿みたいに生産される麦とかの副産物なんだけどね。
十五年ものの小型の樽をひとつ取り出してっと。グラスは適当に用意するか。
「すぐに飲むのもいいけど、十五年位キッチリ管理して熟成させりゃこの位の酒にはなるんだぞ。とりあえずこのグラスで飲んでみてくれ」
「琥珀色の美しい酒だな。香りも素晴らしい。さて味は……。っ!! こ…この酒は!! こんな酒が存在するのか!!」
「これは正真正銘長期熟成されたウイスキーだ。熟成に時間のかかる酒だからこの辺りだとここまで美味い酒には出会った事は無いけどね」
「では、これはどうやって入手したのだ?」
「俺の独自ルートだ。製造拠点は教えられないし、入手先も秘密だ」
俺のアイテムボックスから取り出さなければまず不可能だしな。
後ろのドワーフたちも樽に群がってウイスキーを飲みまくってる。小さいとはいえあの樽の酒がすぐなくなりそうだ。
「生涯あんたに忠誠を誓おう。この酒を年に百樽。それ以外の報酬は一切いらん。その代わり儂らにできる事は何でも協力する。この条件でどうだ?」
「俺はここの領主じゃない。ここの領主はこのギュンティ男爵だ」
「あんたからも頼んで貰えんか? 儂らはこの領内で生涯働く。というかこの酒は絶対にここでしか手に入らんだろう。頼む、この通りだ」
流石に酒にうるさいドワーフ。この酒の価値を十分すぎる位理解してくれる。
それでこそ、この計画を託せるってもんだ。
「例の蒸留器。それをとりあえず十程量産して貰えるか? ここまでのウイスキーが出来るかどうかは分からない。結果が分かるのは遥かに十数年後だ。……この領でウイスキーを造ってみないか?」
「この酒をここで造るじゃと? いや、本当にこの酒を造る事が出来るのか? 信じられんぞ?」
「いろいろなハードルはあるし、そんなに簡単にできるとは限らない。でも、うまくいけばいずれこの貴族領の主要産業にできる」
原料の麦はここで育ててもいいし、資金があればよそから買ってきてもいい。
領民が十分食えるだけの食料を確保して、最初は余剰分から加工していけばいいんだから。
あの覇気のなかったドワーフが瞳を輝かせてるし、男爵を取り囲んで説得してるな。
「儂らも全力で協力する。蒸留器以外にも必要な物はすべて最高の品質で作り上げる。こんな酒を造ってみんか?」
「だ、そうだが。どうする?」
「私に……、出来るでしょうか?」
「結果が出るのは十数年後だろうが、形を見せればグレートアーク商会も協力してくれるだろう。報酬の酒樽は今年の分は保障する。来年以降は進行状況をみて決めようじゃないか」
このギュンティ男爵はまだ若い。今からこの産業に手を付ければ、子供が出来る頃には成果が出るだろう。
スティーブンに一枚噛ませれば形になる所までは面倒を見てくれるはずだ。地均しはこの位で十分だろうしな。
「やります。力を貸してくれますか?」
「もちろんじゃ!! わしらも全力でこの領を盛り立てる。必要な物はすべて儂らがこの手で作り出してやるわい」
ウイスキー百樽は過剰な報酬だろうが、来年以降はここの働きいかんでどうにでもできる。
とりあえずドワーフの問題は解決したし、これだけやる気を見せてくれたら農機具の開発とか農地改革もうまくいくだろう。
後はグレートアーク商会を巻き込んで、このギュンティ男爵領を成長させていけばいい。
「後は人材問題かな?」
「私の友に会って貰えますか? 後、領内で学校に通えそうな人材を探してみます」
「わかった」
領主が急逝していきなり領主、家臣ほぼゼロ。産業は殆ど壊滅状態で、一番頼りになる筈のドワーフも腐ってた。
ギュンティって人生超ハードモードに突入してるじゃないか。
少しくらいは俺が手助けしてやってもいいだろう。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。




