第二百十一話 ミランダとエヴェリーナ姫はヴィルナに料理を教えて貰う目的があるからいいけど、お前たちは何か仕事とかないのか?
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楽しんでいただければ幸いです。
三月になるまでは大きな仕事は何一つない。この世界というかこの男爵領も四月からが新年度でそれからいろいろ動き出すので、今の時期に仕事を増やす行為は煙たがれる。
俺だけじゃなくて新年度から正式に冒険者ギルドで冒険者の育成を担当するルッツァや、通常の冒険者ではどうにもならない魔物対策要員の雷牙なども暇を持て余してるんだよな。で、最近はなぜか俺の家がたまり場になっていたりもする。
「ミランダとエヴェリーナ姫はヴィルナに料理を教えて貰う目的があるからいいけど、お前たちは何か仕事とかないのか?」
「いつも冒険者ギルドで飲んでるのも体裁が悪いしな」
それはいまさらな気がするぞ。
冒険者ギルド食堂の常連というか、ルッツァ達って常にあそこで何か飲んでるイメージしかない。
「ダリアは魔法学校の準備で忙しいからいないのは分かるんだが、ラウロの奴はどこにいってるんだ?」
「あいつも色々訳ありだからな。変な事はしちゃいないよ」
「……最近小説でこんな物を見つけたんだ。怪盗ラウルと囚われの姫君ってシリーズなんだけどな」
「昔の話だし、あいつは一般人の懐を漁った事は一度もないぞ。悪徳貴族から少し頂戴して女神フローラ教会とかに寄付してただけだ」
初めに俺もこの小説を読んだ時は驚いたけど、ラウロがダリアを王都から連れ去った話とかが小説になってるんだよな。しかも、かなり美化されてるというかラウロが格好良く描写されてる。
「この小説書いてるのって?」
「あいつ本人だ。被害届というか盗まれた方も気にする額じゃないから指名手配すらされてない」
「ん? あいつが怪盗ラウルだったのか? 怪盗ラウルは一時期王都を騒がせてたという話だ」
「王都の女神フローラ教会も割と苦労してるみたいだしな。話を切り出した俺が言うのもなんだが、いまさらあいつをとっちめたりしないでくれよ」
「わかってるさ。俺も以前の様に小さな悪まで取り締まったりしない。いろいろ事情もあるんだろうからな」
この辺り、雷牙も丸くなったというか、この世界に来たばかりの頃はあの性格のままだったんだろうし苦労しただろうね。
しかし、ここまで美化した小説を出してるのって……。
「囚われの姫様を怪盗が助け出して、二人で逞しく生き抜いていく話が受けててな。特に女性に大人気だ」
「冒険者以外の収入源って事か。冒険者稼業も長く続けるのはきついし、手に職を持つのはいい事だとおもうぞ」
「この辺りはすっかり平和になっちまったからな。二年前にはこんな未来が待っているなんて想像もしてなかったぜ」
「元々突撃駝鳥や剣猪位しかまともな魔物のいない土地だろ? 今はそのどっちも決められたエリアでしか見かけないけどな」
「資源保護というか、東の森も一部立ち入り禁止にされた。剣猪はそこで繁殖してるし、一定以上に増えたら冒険者が間引いてる」
剣猪も乱獲といいうか、装備がよくなった事で簡単に狩れる獲物になったのが問題なんだよな。
一匹丸ごと売れば割といい稼ぎになるし、アイテムボックスとか魔石型の冷蔵庫を持ってる人間だったら肉を引き取ればしばらく食うには困らないからね。料理が出来ることが前提だけど。
「突撃駝鳥や剣猪も狩り尽くすといろいろ問題だろうしね。牛や豚の養殖が始まってるし、肉に関しては以前ほどありがたみが無くなってるけどね」
この街に来たばかりの頃は、肉といえば剣猪だったからな。
あれだけいれば食用の肉として出回るだろうし、味もよかったからなおさらだったんだろう。
「俺は最近になってよく出回ってる豚や鳥よりも剣猪の肉の方が好きだぞ。確かに豚とかの方が美味いんだろうが、剣猪は長年喰ってきたからな」
「食べ慣れた味って事か。剣猪も肉自体は悪くないよ。ただどうしても個体差が大きいからそこが問題なだけで」
「俺は豚とか牛の方がいいな。特に牛は軽く焼くだけで旨いしな」
「焼くだけでもいいけど、牛肉や豚肉は野菜炒めでもいいぞ。野菜もある程度食べないとな」
食材に関してだけど、冬場に市場から姿を消していた葉野菜も南方やマッアサイア方面から仕入れられるようになった。
マッアサイア方面から運んでくるのは魚介類がほとんどなんだけど、あっちも割と暖かいから野菜も年中豊富なんだよね。もうじゃがいもとかの根野菜だけで冬を乗り切る事は無いだろう。
「ミランダも料理の腕は悪くないんだが、もう少しいろいろ作りたいと言い出してな。それで今日は料理を教わりに来たんだが」
「まさか俺もかち合うとは思わなかった。エヴァは割と週に何度か料理を教えて貰ってるんだが、もう少しなんというかな……」
割と貧乏舌の雷牙でも厳しいレベルのアレンジャーなのか?
「エヴェリーナ姫って味見位してるんだよな?」
「王都の食生活に慣れ過ぎてたのが問題だ。多少失敗しても平気で食べるぞ」
「……レシピ通りに作るだけで、大抵の料理は食える状態になるんだけどね」
「よりおいしく作りたいんだそうだ。迷惑をかけると思うが、もう少し教えてやってくれ」
ヴィルナも暇を持て余してるし、料理を教える位いいんだけどね。
もう少ししたら昼飯時だし、そろそろ料理を仕上げる頃だろうか?
「だから、そこで醤油を足すのが間違いなのじゃぁ!!」
「このままだと味が薄いじゃないですかぁ!!」
「煮込むのでこれで丁度良いのじゃ。それだけ醤油を足すと辛すぎるに決まっておろう」
……今まで気にしてなかったけど、厨房からは常にこれ系の叫び声が聞こえてたんだよね。
ミランダは事の成り行きを見守ってるのか、あまり声を聞かないけど。
「楽しい昼食になりそうだな」
「一応食べられる料理は出てくるだろう」
「そうだな……」
◇◇◇
という訳で、今日はヴィルナ達による合作? 中央に大皿で肉野菜炒めを用意したのはおそらくヴィルナだろう。凝った料理は完全に影を潜めて家庭料理に絞ったのもヴィルナの判断だろうな。
「肉野菜炒めと、豚の角煮。オムレツとこれはポトフかな?」
「こっちはキンピラゴボウと鳥の唐揚げか。品数は結構多いな」
「出来る限りフォローしたつもりじゃ。そのキンピラゴボウと豚の角煮がミランダとエヴェリーナの作じゃ」
豚の角煮もキンピラゴボウも必要以上に黒いんだけど……。これ、焦げてるんじゃなくて醤油だよな? 食べても大丈夫なレベル?
「パンと白飯を用意した。その二品を食べるのであればご飯の方がよいかもしれぬぞ」
「味が濃そうだしな……」
「俺が先陣を切ろう。豚の角煮はこんな物だろう?」
いや、俺の知ってる豚の角煮はここまで黒くないぞ。それに醤油のにおいがここまで漂ってこない。一応俺も食べるけどね。
「……思ったほど辛くないけど少しだけ八角の匂いがきついな。それにここまで甘辛くしたって事は……」
「結構な量の砂糖を入れて何とか調節したのじゃ。醤油のにおいを消す為に少し八角を使い過ぎたかもしれん」
「ご飯と一緒に食べる分には大丈夫だ」
そう言いつつ煮豚の肉ひとつで茶碗いっぱいのご飯消費してんじゃん。そんな食べ方だとあれだけの量の豚の角煮を食べきるのに一升くらい米が必要だぞ。
「キンピラゴボウは見た目ほど辛くないのか。ゴボウは土臭い事もあるし、気にはならないレベルだね」
「ゴボウは使い辛いのです。最近よく使われているそうなのですが」
「豚丼とかにはよく使われてるよ。使い辛い食材であるのは間違いないけど」
土臭さを何とかしないといけないし、この世界だとわざわざ好んで使う人も少ないだろう。
「流石にこっちの肉野菜炒めは旨いな。このオムレツも見事だ」
「鳥の唐揚げも美味いぞ。おそらくこれは毛長鶏のモモ肉だろう」
わかりきってた展開だけどみんなヴィルナの作った料理をたべて、豚の角煮はほとんど手を付けられていない。っていうか、エヴェリーナ姫達も食べてないってどうよ?
しかたないな、取り箸で皿に取ってるからあれを料理に使っても問題ないだろう。
「このままだと豚の角煮が余りそうだな。……ちょっとそのまま他の料理を食べててくれ」
とりあえず大量に残った豚の角煮を持って厨房へ向かった。
そしてアイテムボックスから中華まんの皮の生地を取り出して、豚の角煮を少し小さめに刻んで包んで蒸す。豚の角煮の量が多かったから、豚の角煮入りの中華まんが三十個完成したぜ。
「お待たせ。味が濃いから中華まんにしてみた。これだとこの少し甘めの皮とあってちょうどいいだろ?」
「おおっ!! これは美味い!! この中華まんもよく食べたもんだよ」
「……あの角煮をそのひと手間で美味しくするのは流石なのじゃ。ただそれじゃと」
「これだと美味しいんだけどお昼ご飯のメニューにはしにくいよね。おやつ代わりに持って帰ってもいいよ」
とりあえずそれぞれがアイテムボックスに豚の角煮入り中華まんをしまい、そして残った料理を全部食べつくした。
「味が濃い時は薄くするか、そのままの味付けでも食べられる方法を考えるって手もある。豚の角煮はあの位の濃さだったら衣をつけて揚げてもおいしいぞ」
「流石にクライドさんです。本当に料理の腕も凄いですね」
「誰でも失敗はするし、食べられない状態になる事もある。でも、ひと手間加えたら何とかなるケースも割と多いんだよ。煮物なんて材料を足して増やしちゃえばいいし」
「勉強になります。私もおいしいって言って貰えるように頑張りますので」
「ひとまずその美味しいと言われるのを我慢して、レシピ通りに作る方がよいのじゃ」
夕方までいろいろと情報交換をして、それぞれが家に帰って晩御飯の支度をする。
それぞれ中華まんを十ずつ持って帰ったし、いざとなったらアレを食べりゃいいだろう。
しかし……。
「エヴェリーナ姫は割と問題だな」
「あの男が甘いからじゃな。まじめに練習をしておるようなので、そのうち上達するじゃろう」
この街の家庭で、多分この光景は見られるんだろうな。
舌が肥えると普通の味だと満足できないだろうし、美味しい調味料はまだ発売されたばかりだしね。
家族で食べる料理だったら、多少失敗しても笑い話で済むだろう。
読んでいただきましてありがとうございます。




