第二百九話 これから先、魔法の力で多くの場所で活躍できるように、生徒たちには快適な環境で色々な知識を学んで多くの力を身に着けていただきたいと思っています
連続更新中。この話から新章になります。
楽しんでいただければ幸いです。
二月半ばに突入し、俺が理事長を務める魔法学校も色々な動きが出始めていた。
今年魔法学校に入学する生徒の数は二百人。そのうちの百三十人程が学生用宿舎というか学生寮で暮らすそうだ。今日から月末まではその内覧会というか、遠くの街から来た親御さんが学生用の宿舎や校舎内の設備を見学している。
教師数名に混ざって俺も入学予定の生徒やその両親を案内しているんだが、めちゃめちゃ視線がきついんだけど……。俺じゃなくて学校とか宿舎を見に来て貰ってるんだけどね。
「これほど立派な宿舎を用意していただけるなんて」
「あの勇者クライド様が理事長をされているという話ですし、安心してこの学校に通わせる事が出来ますわ」
魔法学校の内覧会とはいえ、身形のいい子供や両親が多い。これはこの辺りの服が安くなったわけじゃなくて、魔法学校に通う生徒の殆どは貴族や富裕層の子供たちだからなんだよね。
この街やカロンドロ男爵領が好景気に沸いているとはいえ、学生寮に入れてまで魔法学校に通わせようって思う一般人はまだまだ少ない。
若い才能を育成する為に返済不要の奨学金も出すと告知しているんだけど、その話自体を信じる人が少ないというのが結構な問題なんだよな。
「これから先、魔法の力で多くの場所で活躍できるように、生徒たちには快適な環境で色々な知識を学んで多くの力を身に着けていただきたいと思っています」
「ここまで立派な魔法学校は存在していませんわ」
「図書館の蔵書も素晴らしかったです」
割と無理を言って魔法使いギルド経由で多くの魔導書を搔き集めたからね。いろいろ問題があって貸出し禁止の魔導書のコーナーも存在するし。
おそらく人気になるのは学生用宿舎やここにもコーナーがある新書系、つまり娯楽系小説のコーナーだろう。この街も遊ぶ場所や遊び道具が少ないから、時間を潰す方法が限られてるんだよな。
「生徒たちの意見も取り入れたいと思いますので、何か困った事があれば意見箱に投書して貰えればと思っています」
「不満などありませんわ。ここまで設備の整った生徒用の宿舎など見た事もありませんので」
「入浴設備や食堂まであんなに充実してるなんて思わなかった」
生徒たちも目を輝かせながら見学してたし、とりあえず問題はなさそうだね。
この後は学校の食堂で試食会をする予定なんだけど、俺もここで食べるのは初めてなんだよな~。いろいろ楽しみ。
◇◇◇
魔法学校での昼食会というか、試食会。
流石にちらちら視線を送ってくるとはいえ俺の傍には近付いてこないというか、一緒のテーブルにいるのはダリアだけだ。うん、小声で浮気とか言う不穏なワードが聞こえるけど違うからね。
今回はビュッフェ形式で並んでいるメニューを自分で選んで皿に盛りつける方式を採用した。その為に今回は特別に丼物のメニューなどは普通の茶碗サイズにしてあるし、料理の盛り付けも少なくしてある。
主食はパスタをはじめとする麺類やパン。それにご飯なども自分で茶碗や皿に取り分けていくんだけど、ここでも米の飯はあまり人気が無かった。
「やっぱり揚げ物はこの量だと冷めてたりするか。ビュッフェ形式をもし仮に導入する場合は保温用の容器が必要だな」
「実際には注文が来てから揚げ始めるからね~。今日は違う意味で特別かな?」
「これだけの生徒の数を一度に捌ききれるのか? 二百人いて弁当をもってくる生徒なんていないだろ?」
教師も全員ここで食うみたいだしね。
俺はどうするかな……。あまりえらい人というか理事長が食堂で一緒に食べてたら、生徒はもちろんだけど教師も楽しんで食事が出来ない気もするし……。
「購買部でパンとかお弁当も売ってるよ。天気がいい日は中庭とかで食べたいだろうし。お弁当の試作品は見たよね?」
「弁当は三シェルから五シェルであのボリューム……。ちょっと割高になるのか」
「お弁当箱とかの値段があるからね。パンは安いでしょ?」
「あの位の年代の子ってこの量じゃ物足りなくないか?」
「……魔法使いは男性より女性が多いからね。生徒も九割以上女性でしょ?」
どうやら氣の量は男性の方が高く、魔力の量は女性の方が高いらしい。俺はこの世界の人間じゃないから当てはまらないのかもしれないけど、割とレアケースなのは間違いない。教師も八割がた女性だしね。
「あの年代の子は食べ盛りだと思うんだけど」
「妻帯者なのに女心が分かってないな~。あのくらいの子って割とスタイルとか気にするんだよ」
いや。この世界でそこを気に出来るほど食糧事情がよくなったのは最近……。ああ、ここに通う生徒の多くは貴族だからか。
はじめから料理の量やスタイルを気にできる位に食べ物に困ってなかったというか、量だけは幾らでも確保できてたんだろうな。
「おいしいっ!! 何、この料理!!」
「パンも信じられない位に美味しい。いくらでも食べれちゃう!!」
「これがカリカリチーズ揚げ? チーズは初めてだけどこんなにおいしいんだ!!」
控えめ? 最初はあんまりとってなかったのに、二度目に並ぶときは割と大盛で盛り付けてるんだけど……。
今日は試食だからそこまで厳しくしてないんだけど、ここのルールで唯一過度のお残しだけは厳禁。
普通に頼む時にはひとこと言ってくれたら量の調整は出来るようになってるしね。
「それで、ク……理事長的にはここの料理はどうなの?」
思わずクライドって呼びそうになったな。
何度も理事長って口にする練習してたみたいだしね。
「十分においしいと思うよ。どうしても数を熟さないといけないし、量も必要になるからこういったメニューが多くなるんだろうね。豚丼だったらすぐに提供できるんだけど」
「豚丼はあまり人気でないと思うよ」
うん。十分においしいのに今日の試食会でも豚丼って男連中しか食べてないもんな。
この辺りでもまだまだ米があまり人気が無いってのも大きいんだけど、丼物をかき込む食べ方が受け入れられないんだろうね。
「逆にパスタ系は大人気だな」
「流石にアレは盛り過ぎだと思うけど」
「パスタ系は割とすぐに追加できるし、パスタの注文が多いと飯時は助かるんだけどね」
「あの食券機だっけ? 学生証とリンクしてる決済システムってすごいと思うよ」
「売り切れが一目でわかるしね。パスタ系か豚丼しか残ってないケースも多そうだけど」
冒険者カードの技術を応用した学生証システム。
月頭にある程度シェルをチャージしておくと、その残高に応じて購買や食堂でいろんな物を購入できるシステムだ。チャージ自体はいつでもできるけど、チャージする為の魔道具が少ないんだよね。
魔石で動く食券機で注文すると即座に厨房にそれが伝わり、材料が切れた時は食券機に売り切れマークがつく仕組みになっている。
今年は二百人入学したけど、五年後には最上級生も含めて千人規模の生徒がここで食事をとる予定だし、そのうち改修しないといけないかもしれないね。
「おおむね好評だね。というか、ここまでいろんなメニューが揃ってる食堂なんて街にも少ないよ?」
「同じメニューだと飽きるだろ? 季節ごとに変わるメニューとか、日替わり定食とか色々提案はしてるけど」
「以前聞いた肉セットとか魚セット? 流石にこの辺りで魚を選ぶ人は少ないと思うよ」
「マッアサイア方面から通う生徒も多いし、意外に売れると思うぞ」
魚といっても干した物とか海老蟹系だけどな。
かなりハイスペックな冷蔵庫や冷凍庫があるから保存に関してはあまり不安じゃないけど……。
「ここまでやる意味が分かんないんだけど」
「食べ慣れた人にはなじみのある料理でも、初めて食べる人には割と衝撃だったりするだろ? 未知の領域に手を出す、その心を持って欲しかったのさ。それに、自分が知らないからって他人が食べている物を否定して欲しくないってのも大きい」
「理事長やライガが食べてる料理で理解不能な料理はあるんだけどね。あの納豆とか梅干しとか海苔の佃煮とか」
「冒険者ギルドで披露したけどヴィルナの前でも食べないメニューの数々だな。流石にアレに手を出せとは言わないよ」
納豆は流石にあの匂いとかがネックなんだよね。栄養価は高くていいんだけど。
それに納豆の製造に使う藁も俺が元の世界から持ってこないとダメだし……。
「ライガ達も不思議だよね。あの料理を割と気軽に食べたりするし」
「さっきも言ったけど慣れだよ。納豆とかは雷牙に渡してるけど、流石に食べる機会は減るだろう」
エヴェリーナ姫が家で料理をするとなると、出てくるメニューの多くは洋食系の筈。納豆や梅干しの出番はない。
「とりあえずこの試食会は成功だね。デザートコーナーが凄い事になってるけど」
「米飴で甘みを出してるとはいえ、食べやすいデザートを揃えたしな。果物系も割と多いぞ」
デザートコーナーに並んでいるのは米飴で甘みを付けたクッキーとかババロア。そこに今は長蛇の列が出来上がってる。今回は試食会だから割と量を用意したけど、普段は争奪戦だろうね。
この後、教室の確認や教科書などの販売法などを説明し、無事に内覧会というか説明会は終わった。
来年以降は生徒も通ってるからここまでゆっくりと出来ないだろうし、試食会も無いだろうね。
次の大仕事は四月の入学式かな? 理事長としてあいさつしないといけないみたいだけど、短めでいいよね?
読んでいただきましてありがとうございます。
いつも評価ブクマなどありがとうございます。誤字報告もありがとうございます、助かっています。




