第二百七話 正直、冒険者ギルド直営レストランのビーフシチューとかは相当なレベルに達してますからね。伊達に毎日フォン・ド・ヴォーを仕込んでませんよ
連続更新中。今回は新年会でややご飯回です。
楽しんでいただければ幸いです。
年が明けて新年会!! 今回も男爵の屋敷に三日ほど泊まり込んでの大仕事になったけど、今回はなぜか滞在中の料理まで作る羽目になった……。
「最近は町のレストランの料理も相当なレベルになっておるだろう? 勉強の為と街で色々と食べ歩いた料理長が自信を失って修行の旅に出てしまってな」
「正直、冒険者ギルド直営レストランのビーフシチューとかは相当なレベルに達してますからね。伊達に毎日フォン・ド・ヴォーを仕込んでませんよ」
冒険者ギルドの直営のレストランで出されているビーフシチューは、俺の出すビーフシチューと比べてもそこまで遜色は無い。
俺は本気バージョンだとフォン・ド・ヴォーを作る牛骨や牛筋からレベルの違う食材を使うので、流石に旨味やコク……、それに仕上がりのレベルが相当変わったりするんだけど、普通の食材で作る時の場合は冒険者ギルド製といい勝負だろう。
「儂もいくつか店を訪ねて他のメニューも試してみたが、あれほどとは思わなかった。他の貴族領から爵位持ちが押しかける訳だな」
「食材も豊富で料理人も相当な腕前となると、他の貴族領では流石に真似ができないでしょうしね。それで彼女がここにいたんですか?」
「冒険者ギルドの方も一度は断ったそうなのですが、男爵様に何度もお願いされては……」
冒険者ギルド直営第一号店の料理長キアーラ。若いけど料理のセンスとかが他の料理人より頭一つ抜けている。新しい料理の殆どはこのキアーラが考案してるって話だ。
何をどうすればおいしくなるのか理解してるから、新メニューが外れたという話は聞いた事も無いしな。
しかし、男爵のお願いとはいえよく冒険者ギルドが手放したもんだ。
「見返りとして冒険者ギルドの要望を幾つか聞いたのだ。現在この街の冒険者ギルドはほぼ食堂と化しておるのでな。援助や冒険者育成機関の話などをな……」
「採集依頼以外はほぼないのが現状ですしね。街に近い森に出てくる剣猪の討伐がたまにありますけど、それ以外は平和そのものです」
「厄介な魔物はお前に依頼しておるからな。あの手の魔物はお前たちにしか任せられん」
結晶竜ヒルデガルトクラスの魔物ね。
流石にあの辺りはブレイブの力を持つ俺達しか倒せないだろうから仕方がない。
「今日までに出した料理も新年会に出すのだろうが、流石にクライドだな。街のレストランが旨いといってもまだまだお前の足元にも及ばぬ」
「いや、そんな事は無いですよ。採算度外視すれば冒険者ギルド直営のレストランでも……」
「私でもまだまだ及びませんよ? 屋敷の厨房でクライド様の調理を見ていましたが、もう火を止めるんですかと思えば余熱で最高の状態に仕上げますし、完全にわたしの経験や理解の上を行きますので。それに、細かい所を上げればきりがありません」
アイテムボックスのサポート機能と、俺自身が得た未来予知で最高のタイミングで仕上げられるからね。
似たような力を何か持ってないと真似は出来ないと思うよ。
「明日の新年会が楽しみだ。あれだけの料理を出されればさぞかし驚くだろう」
「色々考えましたからね」
さて、明日は本番。また去年の様なスーツを着て料理人兼来客としていろいろ楽しむか。
◇◇◇
新年会。
基本的には王家や貴族が自らの力を誇示する為に臣下や遠方の貴族などに招待状を送って呼びつけるのが慣例となっている。
ただ、このカロンドロ男爵領はかなり状況が異なり、十二月末から十三月初頭までに新年会の参加を希望する旨の書簡と土産物を送ってきた貴族の中から抽選で新年会の参加資格が与えられるという事だ。
倍率は相当なものだと聞いている。
一月一日の新年会は親族や親しいもの、それに男爵が懇意にする勢力のみを集めた催しとなるが、月半ばには抽選に漏れた者を集めて追加で新年会を行う予定になっている。ああ、その時のシェフも俺だよ!!
「去年は新しい農法により穀倉地帯は今までの数倍の収穫を迎え、新たに領地に加えた南方では様々な資源が見つかりこの領が栄える未来は明るいものとなった。また、この国を脅かしていた魔物の討伐も成功し、領民が安心して暮らせる土地であると胸を張って公言できる」
そりゃあれだけ資源があって、穀倉地帯や塩の生産拠点まで揃ってりゃいう事ないだろう。
俺や雷牙がいるのも大きい。
「今日は去年同様勇者クライドの手による料理を用意した。楽しんでいただければ幸いだ」
「新しい食材など、色々な料理を用意しました。楽しんでいただければと思ってます」
今年も割と洋風なコース料理にしたけど、日本食とか中華風の手法とかいろんな調理法や調味料を使った料理なんだよな。
基本的に雷牙達以外はワインだから、マリアージュとか色々考えて作ってるんだけどね。
「料理長のキアーラです。今回は料理の説明などを任されています」
「おお、あの娘は冒険者ギルド直属の例の店の」
「若き天才料理人と聞いているが、カロンドロ男爵の屋敷で料理長をしているとは驚きだ!!」
キアーラも割と有名になってたんだな。あれだけの料理を出す店の料理長だったんだし、名前を知られてて当然かな?
「ひと品目の料理は幻マグロの造りと海老しんじょ、砂蟹の生春巻きになります」
ちょっと横に細長いお皿に三品乗っている形だ。あげてるからちょっと黄金色でやぼったい海老しんじょが何故か中心で、左側に花を模したマグロ、右側に色鮮やかな生春巻きが並んでいる。
このマグロはマッアサイアで見つけたんだけど、ものすっごい速度で泳ぐので幻マグロと呼ばれているらしい。大き目に切った赤身のサクをローストした後で薄切りしてバラみたいに盛り付けたものだ。刺身の間に塩や出汁を塗ってあるし、同じ出汁のジュレを花の上に散らしてある。
「これは……、見た目も美しいですが、味付けも素晴らしいですな」
「なるほど、この料理の上に乗っている半透明な物を絡めて味を調節できるのですね」
幻マグロは生臭さを押さえる為にいろいろ香草を使ってるけど、そこまで匂いが付かないようにするのに苦労したんだよな。雷牙達は清酒だからいいんだけど……。
「この海老しんじょ凄いな。中に入ってるのって貝だよな?」
「小さく刻んであるがアワビだな。ここまで柔らかくするのは相当に苦労しただろうぜ」
雷牙が土方にいろいろ聞いてるな。土方の方が味覚は確かだろうしね。
「その海老しんじょには最近水揚げされるようになった一角海老とオニキスアワビが使われています。柔らかく煮込んだオニキスアワビを餡と絡めてしんじょに閉じ込め、濃厚なソースで仕上げています」
柔らかく煮込んだオニキスアワビを二ミリ角に刻んだあとで餡と一緒に海老しんじょに閉じ込め、オイスターソースを使ったちょっと薄めのソースをその周りにかけてある。コレだとフォークとナイフでも食べやすいし、箸で食べても問題ない。
「この街のレストランも相当な腕ですが、流石にクライド様にはかないませんな」
「前菜でこのレベル……。これは最後まで楽しみです」
あまり見た事の無い貴族は流石に驚いてるな。去年も来た貴族の多くは味を楽しんでるみたいだ。
コース料理だから一品ですさまじく味が濃い料理はないし、旨味が強すぎる料理も無いけどね。
ワインも俺の提供だけど、今回の料理に合った物を選んでる筈だ。この辺りはヴィルナとか男爵にも味見を協力してもらった。ラウロやルッツァ、それに雷牙や土方などの吞兵衛はダメだ、何を呑ましても酒の方が旨いとしかいいやしねえ。
「十二種の温野菜と毛長鶏胸肉のサラダです。お好きなソースを使ってお召し上がり下さい」
「彩が見事ですな。ソースも色々あって迷います」
「どのソースも素晴らしい!! しかし、流石は男爵。この料理を食べても驚きもしませんな」
呼ばれて来た貴族が普通に食べ進める男爵に驚いてる。隣の貴族と小さい声で色々と話しているみたいだ。そりゃこのメニューも全部何度か食べて貰ってるからね。
この後、南方で獲れたスッポンのスープ、同じく南方の海岸で見つかった大岩牡蠣のグラタン風と続けてみる。
大岩牡蠣のグラタン風は大皿を別に用意しておかわりが出来るようにしたんだけど、余った大岩牡蠣のグラタン風は呑兵衛連中がツマミにして全部平らげてくれた。あの一角だけ完全に居酒屋になってるな。
「本日のメインは牛のステーキミルフィーユのベリーソースがけです」
「これは変わった料理ですな。……肉の他にもいろいろ挟まっているようですが」
「薄切りにしたガリンの実や牛の脂身などを挟んであります」
流石にこの辺りで飼い始めた牛は品種改良の進んでいない牛だから硬い上に脂が全然乗っていない。あの牛には食肉用としてはまだまだ合格点はあげられないんだよね。
だからいったん牛肉を薄切りにして舞茸に漬け込んで柔らかくして、足りない脂分は同じように薄切りにした脂身をガリンの実と共に挟んでみた。
「これは……、濃厚な肉の旨味と甘酸っぱいソースとの組み合わせが素晴らしい!!」
「牛の肉はあまりおいしいと思いませんでしたが、これは凄いですな」
正直、現状だと豚肉とか毛長鶏とかの方が人気だ。本格的に牛が食べられるようになるのはホントに数年先だろうね。
「最後に、ミニケーキの盛り合わせです。イチゴのショートケーキ、フルーツタルト、チョコレートケーキ、チーズケーキ、ミルフィーユ、ミニクリームパイの中からお好きな物をお選びください」
「なるほど、どれを幾つ選んでもいいのか。無難にイチゴのショートケーキだ」
「あの、フルーツタルトとチーズケーキ、それにミルフィーユを」
「私はひと通り全部かな」
女性陣は皿一杯にミニケーキを乗せる人も多い。
それをそのままワインで楽しむ人や、紅茶やハーブティー、それに特別に用意した珈琲などそれぞれが選んだ飲み物で味わっている。
「お土産には焼き菓子、ミニケーキ、フルーツケーキのセットをご用意しました。それぞれの賞味期限の目安は別紙に記載していますので、それを参考にしてお楽しみください」
「本当に最後の最後まで……」
「流石カロンドロ男爵。そして勇者クライド子爵。我々のような者とは格が違いますな」
今日出したワインひと瓶で、普通の人間の年収なんて吹っ飛ぶって言われてるしね。
ただ、あのワインに慣れると本当に苦労するよな。ラウロなんてたまに頼みに来るしさ。
◇◇◇
「雷牙と土方には別にお土産があるんだ。口に合うか分からないけど」
「重箱? ああ、お節料理か?」
「こんな漆の重箱なんてこの世界に来て初めて見るぞ。中は家に帰ってからのお楽しみにするぜ」
「ひと通り定番のメニューは入れてる。雑煮も鍋であるけど」
「「欲しいぞ!!」」
角餅と丸餅を別にわたして雑煮が入った鍋も手渡したけど、ほんと雑煮も地方差が出るからな。
雷牙には割と薄めの出汁の雑煮、土方には白味噌でやや甘めの雑煮を渡してある。それぞれ作中で出た雑煮を再現しているから間違いない筈だ。
「これを貰うと正月になったって気になるな。明日からはこのお節を食べながらゆっくりするぜ」
「南方の開発が進めば土方の力が必要になるからね。頼りにしてるぞ」
「ああ。そういえばひとつ忘れてた事があった。あけましておめでとうございます。本年もよろしくな」
「あけましておめでとう。この挨拶をするのも久し振りだ」
「あけましておめでとう。同じ価値観を持つ仲間か。本当にこれからもよろしく」
邪神の残滓や黒龍種アスタロトとの戦いはいつになるかはわからない。
でも、俺には共に戦う仲間がいる。どんな敵でも立ち向かっていける、心強い仲間がね。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。




