第二百三話 流石にアレ以上探すのは無理だしな。おそらく他に存在していてもこの状況だとこの冬を越す事は出来ないと思うぞ
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楽しんでいただければ幸いです。
結晶竜ヒルデガルトを討伐した事でとりあえず当面の脅威は去った。黒龍種アスタロトと敵対しているんだったらあいつの手下位倒してくれてればいいんだがな。
これで分かってる敵はラスボス確定の邪神の残滓、黒龍種アスタロト、西の国で人を攫っている何か。とりあえずはこの三つに絞られた。
「結晶竜ヒルデガルトの残党があいつらだけだったらいいんだが」
「流石にアレ以上探すのは無理だしな。おそらく他に存在していてもこの状況だとこの冬を越す事は出来ないと思うぞ」
「洞窟を拠点にしているとは思わなかったが、運よく食料調達中の残党を見つけられたのが大きかった」
結晶竜ヒルデガルトを倒した後、アツキサトに向かう前に旧レミジオ子爵領方面に向かって五十キロほど進んでみたら、探索範囲内に五十名ほどの人が引っ掛かった。
はじめはどこかの村人か大規模な行商人だと思ったんだが、調べてみるとどうやら結晶竜ヒルデガルトの仲間だという事が判明したんだよね。
おそらく、作戦を終えた結晶竜ヒルデガルトや一緒に攻め込んでいた仲間の為に食料を確保しようとしていたんだろう。
「結界を作る為に必要な石も回収できたし、新たに冒険者カードを五十枚回収できた」
「そこから調べるか、あの男に聞きだすかだな」
他に実行部隊がいるんだったら喜んで話すだろう。何せ妻子の身の安全がかかっているんだし。
「肩の荷が下りたというか、これでしばらくは平和だろう。西の国で人を攫っていた魔物とやらがどうなっているかは知らんが」
「一応隣の国の事件になるしな。向こうから救援の要請でも来ない限りこっちからは動けない。向こうの国王としてのメンツが丸潰れだろうからね」
「くだらんプライドだな。ただ、王族にプライドが無いと卑しい真似を始める。だからある程度は必要だが」
貴族や国王が直接商売をするのはあまり褒められた行為ではない。
なにせ自分で法律をどうとでもできるのだ、商売相手にとってこれほど不利な状況はそうは無いよな。
「カロンドロ男爵はそのあたりをよく心得てるし、領民にも温情をかける。移民もよほどの事が無ければ追い出したりしないし、病傷者にも生活を再建できるように色々と援助を行ってるからね」
「お前が入れ込んでる訳だ。確かにあの領主もいろいろとおかしい。贅沢はするが常識の範囲内だし、他の貴族領に比べて税金も安すぎるぞ」
「今でも相当な額の税収があるからな。はっきり言ってこの国の総税収より上だろうよ」
あれだけ派手に公共事業を行っているのに予算が有り余ってるからな。
魔法学校の一件は俺をあそこに縛り付けておくためだろうし、実際には予算がない訳じゃないしね。
「最終的には独立する気か?」
「おそらくそうだろうな。この国の南半分と西に勢力を広げれば国土的にも勝る。正直この国に所属している利点が何一つないからな」
塩や穀倉地帯など必要な物はすべてそろっているうえに、独自に外国との貿易を行っているので外貨も獲得できる。
逆にこの国は塩の一大生産拠点と砂糖の輸入ルートを失う。そして穀倉地帯から収穫する米や麦なども不足するはずだ。
「俺たちがいるから戦争を仕掛けたくても仕掛けられまい。平和に交渉を行ってその後次第って訳か」
「俺がいるからフローラ教をはじめとする教会連中はこっちの味方だ。どう転んでもこっちが不利になる事は無いだろう」
この世界は毒殺しようにも毒消しの魔法や薬があるから即死させるほど強力な毒でもない限り無効化される。即死すればどうなるか分かってるからそんな毒は使えない。
それに傷も強力な傷薬が存在するし、最悪死んだ状態からでも蘇生が可能だ。だからこの世界では暗殺が成立しにくい上に、実行犯がすぐに割れるから相手からの報復が確実に待っている。
ある意味平和って言えば平和なんだよね。
「いつ独立の話を持ち出すかは知らないけど、多分ここ数年だろう。周りの貴族領もかなりカロンドロ領に併合されているしな」
「一応は独立した貴族領で、同盟のような状態って事になってる。表向きだけの話だけどね」
建前上の話に過ぎない。たぶん王家の方も気が付いてるとおもうけど、ここまで来たらもう止める事は無理だって理解しているだろう。
「人々が平穏な暮らしを送れるんだったら、誰が国王でも構わないんだけどな。今までこれだけ魔物を放置している王家に、この国を統べる資格はないぞ」
「もう一歩踏み込んで考えたんだが。あいつらがこの事件に一枚噛んでるって考えるのが自然じゃないか? カロンドロ領にしてもそうだけど、何処かがうまくいき始めると魔物が湧いてくるみたいだしさ」
「……可能性としてはあるな。証拠がない以上、流石に王家に対して攻撃する訳にもいかんが」
丸くなったな。
元の性格のままだったら、このまま王都に攻め込んでもおかしくない男だったんだが。
さて、アツキサトに戻ってもうひと仕事だ。
◇◇◇
アツキサトの役場。その地下にある牢屋の中で男はいつか訪れるであろう処刑の時を待っていた。雷牙は一足先にカロンドロ男爵に討伐の報告に向かって貰っている。報告に二人もいらないしね。
ちょうど飯時だったのか、トレイの上に器が二つとパンが二つ乗っている。他の牢屋にも囚人がいるが、全員同じメニューの様だ。
「よう、元気か?」
「あんたか。どうした? 俺に何か用か?」
「いい知らせがあるぞ。結晶竜ヒルデガルトとその手下六十一人の討伐が完了した」
お? 意外に冷静だな。
「……そうか。あの人は何も言わなかったか?」
「色々話してくれたよ。黒龍種アスタロトや食料問題。人類を魔族に進化させようとしたおぞましい計画までな」
「人類が生き残る方法がそれしかなかったんだ。この先どうするつもりだ? あんたはあの黒龍種アスタロトとか言う化け物に勝てるとでもいうのか?」
「当然あいつも倒す予定だ。それに食糧問題はこの男爵領をみりゃわかるだろうが、全然問題じゃない。いろいろあったが全部俺達でなんとかさせてもらった」
塩も穀物もすべてな。
アレにも黒龍種アスタロトが一枚噛んでいるんだろうが、結果的にいろんな計画が前倒しで進んだだけだ。
「ここの飯を食やそれぐらいは分かるさ。囚人にここまで旨い飯を出す貴族領なんて他にありゃしねえ」
「なにを出しているんだ? スープとパン。おかずは揚げ物がもう一品ついてるのか。今は最低でも出汁位はとるし、パンも以前に比べたらかなり旨くなってるからな」
「最初は処刑前に良いものを食わせてくれているんだと覚悟をしてたんだが、毎回同じレベルの飯が出てくる。よっぽど食い物が余ってるんだな」
「余程えり好みしない限り大抵のものは食えるからな。最近はマッアサイアから魚介類も仕入れてるみたいだし、保存食というか、ウインナーやベーコンなんかも作り始めてるぞ」
「揚げ物なんて囚人に出す料理じゃねえだろ? どれだけ油が必要だと思ってるんだ?」
多分ラードじゃなくて、普通の植物油を使っているんだろう。安い油も結構あるしな。
多少味は落ちるけど、囚人にだすには贅沢過ぎるメニューさ。
「誰もがそうして美味しいものを食べられ、安心して暮らせるようにするのが俺たちの使命だ。だから平和を脅かした結晶竜ヒルデガルトは葬ったし、黒龍種アスタロトも許す事は無い」
「あんたの存在をもう少し早く知ってりゃ、俺だってあんな奴に手を貸したりしなかったさ。終わりを迎えそうな世界から妻や娘を助けたかっただけだ」
「それは運が悪かったとしか言いようがないがな。結晶化に参加した回数は? 役場に勤めながら奴らの行動に参加するのは至難の技だろう?」
何処だって役場の仕事は難しい。
休みを利用して奴らの結晶化などに参加するには、余程前から計画を知らなけりゃ出来ない事だ。
「残念ながらあの魔道具を受け取っていたが実際には参加してない。リドルフォ子爵領のマグレーディ地方の村を襲う筈だったんだがな」
「八月か九月だろう? いろいろ忙しい時期に休みなんて取れんだろう」
「ああ、一週間分の休みを申請したら即座に断られたさ。あんたの予想通り、あの村三ヶ所は九月には結晶化していたよ」
「お前の仲間で周りの森の恵みぐらい回収しておくんだったな。そうすりゃ少しはカモフラージュ出来た」
といっても、あれだけ広大な森の全ては無理だろうが、人目に付きやすい入り口付近位は何とかするべきだったのさ。
「アレはこの冬の食料にする予定だったらしい。拠点を襲ったんだろ? あそこで暮らしている六十人を食わせていかなきゃいけないんでな、っ!!」
「とりあえずこれをやろう。その手じゃ飯も食いにくいだろ?」
「傷薬か、ありがてぇ……。っ!!」
流石再生の秘薬。指位だったら即座に再生できるな。
「無事に元に戻ったみたいだな」
「これ、絶対傷薬じゃないだろ? 死刑が確定してる俺にこれ使うなんておかしいんじゃないか?」
「その方が処刑まで快適に過ごせるだろ? それにただって訳じゃない。お前に話して貰いたい事がある」
「もう情報なんて持ってないぞ?」
「いやあるだろう? いろんな町に潜伏している仲間の数だ。それをしゃべればいろいろ便宜を図ってやってもいい。お前の妻子だって生きていくには金が必要だろう?」
それにこいつにとっても悪い話じゃない。
残党がいなくなれば妻子の身の安全も保障されるんだし。
「オウダウに五人。拠点にいた数から考えてたぶんそれで最後の筈だ」
「名前とか特徴は?」
「何か書く物があればそれに。で、妻に金を渡すって約束、間違いないだろうな?」
「ああ。俺は約束は守る。しばらくは生活に困らない額を渡してやろう」
こいつは結晶化に参加していない。
もし妻子ある身であの光景を目にしていたら、心が壊れていたかもしれんしな。
「妻に、すまないと伝えてくれ」
「ああ。その位は伝えておいてやるよ」
さて、これで残党はひとり残らず退治できる。厄介事がひとつ片付いたな。
◇◇◇
数日後の深夜。南門の前に四つの人影が佇んでいた。
日が落ちての移動は基本禁止されているので、何か特別な任務でもない限りこの寒空の下で活動する事は無い。
「馬車位用意してやりたかったんだが、流石にいろいろあってな」
「いえ、こうして暖かい外套や魔道具を頂けただけでも十分です。それにこんなにお金を」
「三万シェルあれば、一家三人で暮らす分には十分だろう? 南下した先にある関所に見せる手形はこれだ」
「何から何までありがとうございます」
「ここで暮らせば、あの事件の犠牲者の報復を受ける可能性もある。南方にできたばかりの開拓村であれば、お前たちを知っている人間は皆無だろう」
今日、オウダウに潜伏していた残党を含めた五人の処刑が終わった。結晶竜ヒルデガルトとその手下はこれでこの世にはもう存在しない。
「本当にいいんですか? 俺はまだ……」
「書類上は処刑されたことになっている。カロンドロ男爵にも今回の件は伝えてあるし承認して貰っているぞ。ただ、あまり大っぴらにできないんで、こうしてこんな時間に出発する事になるが」
「今日は雪も降ってませんので大丈夫です。この子も寝ていますし」
「今夜は少し先の駅舎に泊まって、明日は馬車を使うといい。そうすれば明日の夕方には開拓村に着くだろう」
毎日馬車が往復していろんな物をこの街に届けているんだけど、人の行き来も割と多いんだよね。
ただ南方からこの街に帰るのは簡単だけど、向こうに行くには各ギルドか役場で発行した通行手形が必要になる。密猟対策が主な目的だ。
「このご恩は一生忘れません」
「それじゃあ、達者でな」
「ありがとうございます……」
あの元役人と妻子はほぼ真っ暗な街道を魔道具の明かりを手に進み始めた。
数キロ先に駅舎があるので、今日はそこで休む事だろう。
まだ犠牲者を結晶化から戻していないけど、いろんな問題があるからもし仮に魔法が入手できても雪が解ける春以降になるんだよね。
それまでに魔法も入手しなきゃいけないな。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。




