第百八十九話 頭を使う時には甘い物もいいし、疲れを取るのにも必要だ。この辺りで採れる果物じゃないが、こっちのモンブランは岩栗で作ったものだけどな
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楽しんでいただければ幸いです。
アツキサトに戻った俺は真っ直ぐにスティーブンのいるグレートアーク商会を訪ねた。簡単な話し合いの後、即座にそこに雷牙とロザリンドを加えて今後の事を追加で色々と話し合う事になったんだが……。
街道を全力で走り抜けてきたので時間はちょうど三時、全員甘い物がダメじゃないのでとりあえずイチゴのショートケーキとモンブランをひとつずつ出してみた。飲み物は紅茶といきたかったが呑兵衛が多いのでワインだ。
「頭を使う時には甘い物もいいし、疲れを取るのにも必要だ。この辺りで採れる果物じゃないが、こっちのモンブランは岩栗で作ったものだけどな」
「去年お前が要らない情報を流したおかげで一部の渋石まで割りと収穫されているけどな。森桃なんかの一部の食材は人気が落ちたが、この岩栗は相変わらず人気だ」
「渋石ってあのでっかいドングリだろ? あれを食う奴がいるのか?」
「去年まだここまで食糧事情が改善されると思っていなかった俺がひろめたんだ。食の多様化から考えたら正解だと思ってるよ」
とはいえ、そこまで人気にならないだろう。
無価値の渋石がお菓子に化けるとはいえ手間が半端ないし全部の渋石が使える訳じゃない。どれが美味しいかも去年伝えているので、森の動物が食べる分は採り尽くされていないという話だしな。
「やはり岩栗のおかしはおいしいですねぇ~。クライドさんの手にかかると元々美味しい岩栗がここまで美味しくなるんですねぇ」
「こんな場所でおやつに出すにゃ勿体ない。……まさか砂糖の話を今持ち込んだりしないよな?」
睨むなよ。今すぐ手出ししようとは思っていないよ。いろいろ手を打つ下準備は始めて貰うけどな。
「持ち込まないけど一言だけ。南方でサトウキビの群生地が見つかった。時期を見てこの噂を流すだけでいい」
「……相変わらず怖い奴だ。見つかった以上仕方がねえよな。それがもともとあったのか人の手で整備されたのかは確認のしようがねえし」
「クライドさんのそういう所は本当に怖いですよねぇ。悪い事をしている訳じゃないんですけど、何かをする地盤を作る時のやり方とかぁ」
「砂糖が安くならないとこれ以上こういったデザートが広まらないだろ? 商人ギルドも王都依存を少し何とかした方がいい。もう外国との貿易でずいぶん儲けてるんだしさ」
王都に何かあったら売り上げ激減では困るし、他の貴族領にしたってカロンドロ男爵領からのおこぼれでそこそこ成長してるから、もし仮に王都に売り込めなくなっても今後の売り上げはそこまで落ちないだろう。
それに、新しく作り出した陶器やガラス細工なんかも外国に売り始めている。この後も色々開発予定なんでそろそろ甘味は開放してもらおうって話だ。それでも数年がかりだけどね。
「それはそのうちだ。今手を出したらリリに殺されかねない」
「今はあれこれ忙しいだろうしな。噂を流す分にはタダだし、他国への牽制にもなるだろ?」
「それを僅か一言でなんとかしたおめえが怖いだけだ。とりあえずこの話はここまでだな」
砂糖の件はこれでいい。
今後砂糖を量産する為の下準備みたいなもんだしな。うわさを流すのは年を越してからでも遅くないし。
「ここからが本題だが、結論から言えばリドルフォ子爵領の村が襲われた時期は絶対に十月じゃない。遅くても八月頃には結晶化されているはずなんだ」
「報告に二ヶ月の狂いが出てる訳か。いろいろ考えられるんだが」
「一番有り得るのが役人の怠慢ですかねぇ。どこでも珍しくない事ですしぃ」
「それが一番平和で問題の少ない状況なんだけどな。ただ三ヶ所の村を全部となると流石に職務怠慢が過ぎるだろ?」
「どこの僻地にあるド田舎でも三ヶ所も適当な報告をすれば来年は自分が僻地に勤務する事になるだろうな。そのままクビって事も十分に考えられる」
幾ら少ないとはいえ全体の税収に影響が出るし、村で異変が起きていないのかを調べていないのも大問題だ。
故意ではないとしても今回みたいなケースがある訳だし、暴君鮮血熊みたいな魔物が出現する兆候を見逃せば一大事だしな。
今回もサボりだったら最悪その役人の首が飛ぶだろうね。物理的に。
「そして最悪のケースがそいつが結晶竜ヒルデガルトの手下だった場合だ。結晶竜ヒルデガルトのシンパというか、手下になってる冒険者もいるそうなんで他にも仲間がいてもおかしくはないだろう」
「活動資金というか、生きていくには金も必要だしな。結晶化した村や町で略奪してりゃその位は稼げるんだろうが」
「結晶化した村を割と調べてみたんだけど、家とかにあまり荒らされてる形跡はなかったんだよな。村長クラスの家位しか金なんてそこまで持っていないだろうし」
「僻地にある田舎の村なんてそんなもんだ。現金収入は殆どないし、あっても山菜とかを売った金でそのまま何かを買って帰るパターンがほとんどだしな」
行商人も立ち寄らないんだったらそんな感じだろう。
使えない金なんて何の価値も無い。
「手下だったら逆に話が早いだろう? ちょっと尋問すりゃ色々吐くんじゃねえのか?」
「結晶竜ヒルデガルトをどこまで信望してるかにもよるけど、忠誠度が高いと尋問する手間が増えるだけだしな。偽情報をつかまされる可能性も高い」
「尋問するにも問題はあるしな。お前らの言ってる尋問はどう考えても拷問クラスなんだが」
失礼な。ちゃんと手加減位してやるよ。
それに尋問する前には確実にそいつが悪側についてる事を先に確認するしな。疑わしいだけの時には普通の話し合いでなんとかするし。
「曲がった針を爪の間にさしてその先で蝋燭を燃やす程度の尋問だぞ? これなら傷薬で再生可能だし身体に跡の残らない軽い尋問だ」
「そこまで優しくなくていいだろ。指や腕位だったら切り落としても再生の秘薬でなんとかなる」
「お前ら鬼か!! ライガは悪に容赦ないとは聞いていたし、今まで何度かそういった行動をみているが、クライドも割と容赦がねえんだな」
「何の罪もない人を苦しめる奴らに人権があるとでも?」
「後で元に戻すから問題ないぞ。ちょっとトラウマになるかもしれないけど」
自分の都合で誰かを襲う時点でそいつに人権なんてねえんだよ。
特に今回みたいな規模の犠牲者が出てる事件に関しては、敵の一味にかける情けなんて一ミリたりともない。
「いろいろと裏取りしてからあそこの領主に任せるしかないな。流石にリドルフォ子爵領の役人を勝手に尋問なんてできん」
「襲われた時期の情報をリドルフォ子爵領に流せば、流石にお咎め無しって事は無いだろうな。尋問はその後にしてもらえればいいし、情報だけ貰えれば手間が省ける」
「クライドさんって意外と黒いですぅ」
「いや、こいつは色々考えて行動するが割と真っ黒だぞ。敵に回すと一番怖いタイプだ。何かする時は先の先まで見通して影響も最小限にとどめようと努力してるのはちょっと真似できねえが」
「言われたい放題だな。ここまで生きてくるにはいろいろあるだろ?」
「そりゃそうだが……。とりあえずその話もここまでだな。結晶竜ヒルデガルトやその手下に関しては警戒するし街の門番や衛兵に特徴が書かれた手配書を回しているから、今後この男爵領には手を出せないだろう」
「街に入れなきゃ被害は少なくて済むし、もし不穏な動きをすれば魔導衛兵が撃退するぞ」
結晶竜ヒルデガルトが無理でも周りの手下位は何とでもなる。
普通の冒険者でアレを何とか出来るんだったら、この辺りに魔物なんて存在しないだろうしな。
「元々カロンドロ男爵領だった街は心配してねえよ。移民を受け入れてるって言っても、街に住む為にはいろいろ手続きが必要だし、街へ入るのも以前より簡単じゃねえ」
「冒険者ギルドも協力していますからねぇ。怪しい動きなんてしたらぁ、矢の雨が降りますよぉ」
「日銭が稼げるから名乗りを上げる冒険者も多いそうだしな。弓の腕で多少賃金が上がるそうで、日々精進してる奴もいるって話だ」
弓の腕がいいのはいい事だ。誤射も減るだろうし。
「結晶竜ヒルデガルトの情報が入り次第また招集をかける。しばらく遠出は控えろよ。特にライガ!!」
「俺は最近そこまで遠出してないだろ?」
「エヴェリーナ姫の為に海産物を買いにマッアサイヤまで行くのは遠出じゃないのか?」
「日帰りだ。海産物は買いこんであるからしばらくはもつ」
最近料理の練習を始めたらしいが基本は焼くか茹でるそうで、あまり手の掛からない海産物もよく焼いて食べているそうだ。
ハマガイとかはそのまま焼いただけで旨いし、バター炒めにしてもいいしな。
「俺が渡したレシピの本があるだろう?」
「包丁の扱いがまだいまいちでな。貝なんかは焼けばいいだろ?」
「炭火で焼けば十分だしな。味付けも醤油あたりをほんの少し垂らすだけでいい。でも少しは練習してレシピを増やした方がいいぞ」
「家での料理はライガがするのか?」
「エヴァもするぞ。まだ危なっかしいから、俺も一緒に作る時が多いな」
俺も一度その様子をみさせてもらった。
とりあえずキャベツの千切りをもう見たくなくなるレベルでするか、大根のかつら剥きを延々練習した方がいいと思うぞ。キャベツの方は千切りした後の処理も困るけど、アイテムボックスがあれば無駄にしなくてもいいだろう。
包丁の練習といえばキャベツの千切りの後はタマネギのみじん切りだし、挽肉使ってハンバーグでも作るといいさ。付け合わせは千切りキャベツで。
「便利調理用具が欲しい時は言ってくれ。皮むきはまだピーラーだろ?」
「安全なスライサーとおろし金が欲しい。よく通販で見てたアレだ」
「これな。どんな手段を使ってもおいしく作るのが一番だしね」
慣れるまでは仕方がないか。
スティーブンの視線が怖いけど、これは売らないからいいだろ?
「本当にそんな物を何気なくポンポンと……」
「これはまだ売る気はないぞ。売り出したら人気商品になるだろうけど」
「箱部分は木で作れるし、刃の部分も簡単に再現可能だろうからな。……ついでに俺にも渡さないか?」
「わかった。売り出す時期は任せるよ」
「リリに見せてから書類は作らせる。どうせこれの利益なんてそこまで考えてないだろう?」
「まあな。料理が便利になる道具のひとつ程度さ。包丁が上手い人はそれが無くても何とかするだろう。おろし金とかは役に立つと思うけど」
手間は省けるよな。
「こうして色々売りに出されていくんですね……」
「こいつはちょっと目を放すとすぐにこういう事をするからな……」
反論できないのが悔しいがしかたないな。
スティーブンの知らない所でも割と色々流してるし……。パスタマシンとか。
さて、そろそろ帰らないとヴィルナやシャルが寂しがってるだろう。
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