第百八十八話 もう十時だぞ。流石にそろそろ何かしらの連絡があってもいいと思うんだが、この時間まで連絡ひとつないっていうのはどうよ?
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楽しんでいただければ幸いです。
日の出が遅くなった時期とはいえ、とっくの昔に日が昇って俺は既に朝食まで済ませている。
朝食もこの白タヌキ亭の食堂で済ませたけど、軽食というかパンとハーブティーとスクランブルエッグっぽい卵料理など、元の世界のホテルの朝食なんかでよく見かける料理が出てきたのは驚いた。ただ、あのハーブティーには砂糖がいると思うんだよな、割と渋みが出てたし。
それはいいとしてだ。
「もう十時だぞ。流石にそろそろ何かしらの連絡があってもいいと思うんだが、この時間まで連絡ひとつないっていうのはどうよ?」
もしかしてアツキサトで何か起きた?
もしそうだったら連絡する暇もないかもしれないけど、その場合俺を呼び寄せる為に緊急連絡位入れるはず。という事はこの時間までかかってまだロミルダの情報が集まってないという事なんだろうか?
ん? ようやくブレイブフォンに着信アリだ。
「はいもしもし、こちら鞍井門」
「待たせたな。ようやくロミルダって冒険者の情報が集まったぞ。そのロミルダって女冒険者はこの国の直轄地の北方にある町ミヨッシィで冒険者登録をして、その周囲の街でいくつも依頼を熟してるぞ。そのミヨッシィって町は七年前位に壊滅してるみたいだが、おそらく結晶竜ヒルデガルトの仕業とみて間違いないだろう」
「七年前か……。という事はその頃から各地を回りながら結晶竜ヒルデガルトを探していたという事なのか? 雲を掴むような話だろうに」
「ロザリンドに話を聞いたんだが、冒険者の中には何人か同じように結晶竜ヒルデガルトを探してる奴がいるらしい。せめて一太刀でも恨みの籠った一撃を浴びせたいんだろう」
敵討ちってのは理屈じゃないだろうしな。結晶化は死じゃないから元に戻す事が出来る。でも、現実問題として結晶化から元に戻すには相応の奇跡の力が必要だし、教会に支払わないといけない額も相当なものになる。
奇跡の使用に大量の金を要求している教会の言い分は理解できる。その金は奇跡の力を使う為の代償であり、そう簡単に依頼をしてこないようにするための枷なんだ。もしタダでそれを行えば、教会の溜める奇跡の力は溜まり切る前に枯渇するだろうから……。
「敵わぬ敵に向かっていくのは勇気じゃないんだけどな。でも、それが分かっていても親しい誰かの仇を討ちたいって気持ちは理解できる。それを他人に委ねたくない気持ちもね」
「俺達には力がある。だけど誰にでもその力がある訳でもないし、その力を得る為のチャンスが巡ってくる訳じゃない。どんなに辛くても誰かにそれを託すのは間違いじゃないんだが」
「そう簡単に割り切れないから、冒険者ギルドに情報を渡したりしたくないんだろう。それが結果的に被害を拡大させてるってのにな」
「そこだ。命懸けで敵討ちをしているのはいい。だが、持っている情報を故意に渡さないってのは、結晶竜ヒルデガルトのやってる事に協力しているのと同じだ。許される行為じゃないぞ」
「不幸を拡散させてるってのは確かに許される行為じゃない。だが、その冒険者が全員結晶竜ヒルデガルトの情報をもっているとも限らないだろう」
「それもそうだな。それだけにロミルダって冒険者がなぜ情報を持っていたかは気になるな。ちょっとこっちに連れ帰って情報を吐かせた方がいいんじゃないか?」
……割と雷牙もこういった怖い面があるんだよな。
相手が悪だと判断したら、より多くの人を守るために尋問っていうか下手すると拷問までおこないかねない。割とソフトな部類ではあるけどね。
「顔とかの情報は俺が握ってるし、各冒険者ギルドとかで見かけたら情報を寄越すように交渉した方がいいと思うんだ」
「しばらく泳がせるって訳か。それもアリだけどな」
「これ以上結晶竜ヒルデガルトの犠牲者を増やす訳にはいかないからな。何の目的であんな真似をしているのかは知らないけど、どんな理由があっても許される行為じゃない」
「その通りだ。一日でも早くあいつを倒して、これ以上犠牲者が出ないようにしなくちゃならない。俺たち以外にあいつを倒せそうな奴もいないしな」
「他のブレイブがこの世界に来てたらいいんだけど、ライジングブレイブ以外の噂は聞いてないから。もし来てたら噂くらいにはなっているだろう?」
どのブレイブでもこの世界の魔物相手だったらまず不覚を取る事は無い。変身できなくても、元々の身体能力も高い訳だし……。
「そりゃそうだな。そっちで情報を集めたらこっちに戻ってくれ。スティーブンもいろいろ聞きたがってたぞ」
「了解。用事が済んだらすぐに戻るよ」
あの村が結晶化した時期。
役人が手下かどうかってのが大きな問題で、もし単なるサボりの場合はちょっと拍子抜けになりそうだけどな。僻地の田舎だとよくありそうな話だし。
とりあえずチェックアウトして街で情報を集めるか。
◇◇◇
昼飯の時間までいろいろな露店で話を聞いたけど、どうやら俺の予想通り夏頃から旧レミジオ子爵やリドルフォ子爵領からの行商人というか、あの村の連中が山菜などを売りに来た形跡が無い。
おかげで普段はあまり値が付かない森胡桃なんかにもいい値が付いているし、他の薬草とかの値段もわずかだけど上がってるみたいだ。
「この辺りの冒険者は喜んでいるだろうけど、食料の入荷量が減るってのはあまり歓迎出来ないな。他にも食べる物がたくさんあるとしてもね」
小麦や米は本当に大豊作で、各地の倉庫に山積されているという話だ。一度に市場に出すと値崩れしかねないので、カロンドロ男爵やスティーブンがキッチリそのあたりを管理してるって話だ。流石にその辺りは考えてるよな。
ただ、大豊作といっても加工なんかに回されてる食料もある訳で、特に米なんかは半数以上が酒の仕込みに使われている。清酒に関しては今回色々実験的に造る予定だから、今後使われる量よりも多いって話も聞いてるしね。清酒が売り出されたらかなり売れるだろうし、更にコメの増産もしかねないんだけど。
「この位の値上げだったら許容範囲内か。安い食堂はあまり値上げしてないみたいだし」
色々見ていて気が付いたんだが、アツキサトでは見かけなかったけどこのオウダウには存在する店が何件かある。その一つが豚丼屋だ。
大量の豚丼を一度に仕込む事でコストを下げ、五シェルから十シェルで丼に盛られた豚丼が食べられるお店。早いし安いし美味しいとくれば当然労働者の強い味方で、昼飯時になれば大勢の客で賑わっていた。俺も食べてみたかったけど、この格好であそこに並ぶのは野暮どころの話じゃない。
そしてもう一件の店。それはカレー専門店だ。元々この世界では香辛料というかスパイスの種類が豊富で、アツキサトでも俺が披露して以来カレーをメニューに加える店は増えてきていた。
しかし、このオウダウにあったのはカレーの専門店。おいしそうなスパイスの香りを店の外まで漂わせているような本格的な店だ。
専門店が出来るには時期的におかしい気もするんだけど近い料理は何種類か出してるし、そこからヒントを得た可能性はあるね。かなりやり手のシェフがいるんだろう。
「豚丼屋に比べて少し高いのか、こっちの店にはそこまで行列は出来てないんだよな。これだったら待たずに食べられそうだ」
このスーツでカレー屋に入る?
白いシャツに飛び散るカレールー。修復機能で元に戻せるとはいえ、店の店員は気が気じゃないだろうな。
「諦めるしかないのか? ここまで旨そうなにおいを漂わせている店を……」
短い葛藤の末、俺はいつの間にかそのカレー屋のドアをくぐっていた。仕方ないじゃん、ここでカレーを食わない選択肢なんて存在しねえよ。
「いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ。こちらがメニューです」
「はい、分かりました。……チキン系のカレーと豚系のカレー。剣猪やグギャ鳥のカレーまであるのか」
チキン系も毛長鶏じゃなくて突撃駝鳥や大山雉なのか。毛長鶏は旨いけど少し高いし、値段的には突撃駝鳥や大山雉なんかを使った方がいいんだろうね。
グギャ鳥のカレーってのも気になるけど、他には大鋏海老のカレーってのもある。へぇ、この辺りで海老を使うメニューって珍しいな。海からかなり遠いのに……。
「すいません、この大鋏海老ってどんな海老なんですか?」
「それですか? この辺りの清流で採れるこのくらいの大きさの海老ですよ。これですね」
それ大きいけど海老じゃなくてザリガニじゃねえか。その独特のフォルムを海老とはいわねえだろ?
でも、仮にザリガニでも清流で獲れたんだったら臭みもそこまでないだろうし、カレーのスパイスに負けないからいいのかもしれないな。
「えっとその大鋏海老のカレーをライスで。辛さは基本でいいです」
「十シェルになります」
「大銅貨一枚で」
「間違いありませんね。少々お待ちください。大鋏海老カレーノーマルライスで」
厨房の方から声が聞こえた。ん? なんとなく聞き覚えある声の気がしたけど気のせいかな? ふ~ん、厨房との境目で何か札を出してるけど、あの札の組み合わせでメニューを管理してるんだろうね。
客の入りはほぼ満席に近い感じ? 基本が十シェル、つまり千円だったらカレー専門店としては安いと思うんだよな。味次第だけど。
「お待たせしました。大鋏海老のカレー辛さ普通、ライスになります」
「ありがとう。さてどんな味なのかな?」
カレーはライスとは別の器に入っていた。元の世界でよく見かけるカレーが入ってるようなあれじゃないけど、この世界だとスープメニューで使われているような皿だ。
なるほど、これだとライスかパンのどっちの注文にも対応できるわけか。
「へぇ……。この大鋏海老ってかなりいけるな。身がちょっと堅いけど、カレーにするんだったらそこまで気にはならない。このスパイスにもよくあってるし、身の甘みもいい感じだ」
これはいい食材を知った。というか、まだまだ俺の知らない食材って割と多いんだよな。季節ごとに採れる食材はかなり差があるし、アツキサトに入ってこない食材も割とある。
貴族が使ってない様な食材は俺も知らない事が多いし、寿買で買ったりプラントとかで育てた食材を使う事も多いしね。
お、厨房から出てきたのはシェフかな? 一言挨拶をしておくか。
「ごちそうさま。とても美味しかったですよ」
「ありがとうございます。……クライドさん!!」
「……もしかしてブランか? 商人から料理人になってたんだな」
以前あのごろつきどもと一緒に俺を襲ってきたブランだ。いくらか金を渡して再起を期待していたが、まさかこんなに美味いカレーを出す店の店長になっているなんて。
「いろんな仕事をしているうちに、食費を浮かせるために食堂で働きだしましてね。そのうち家内に出会って……。あ、ウエイトレスをしている家内のマヌエラです。それでオウダウの再建の時にここで店を始めたんですよ。元々は定食屋だったんですけどね」
「あなたが主人がいつも話してくれていたあの……。クライド様ってもしかして」
「俺の事はいろいろあるんでその位にしてもらえるとありがたい。いつか必ず成功するとは思っていたが本当によかった」
やっぱり根は真面目でいい奴だし、これだけうまいカレーを出すには相当試行錯誤をしたはず。
「あの時の金を……」
「開店祝いに取っておいてくれ。今後も困った事があったら俺を頼って来てくれ」
「本当にありがとうございます」
「ほら他の客が別のウエイトレスに注文をしてるぞ。それじゃあまたな」
ブランはあの時見たような濁った眼じゃなくて、本当にいい目をしていた。
支えてくれる奥さんもいるしもう大丈夫だろう、ブランはもう二度と道を踏み外すまい。
さて、いい気分になったしアツキサトに戻るかな。結局魔導車の索敵範囲にロミルダは来なかったし、別の町を目指したのかもしれない。
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