第百八十話 南方と西の空白地帯を組み込んだら領土的にはこの国の半分を超えるだろうね。しかも必要なものがほとんど揃ってるから、独立しても何の問題もない
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ここ最近、男爵領を取り巻く状況がかなり変化してきた。各貴族領から住人の流出が続き、そしてカロンドロ男爵領に逃げ込んでくるんだよね。そりゃ、食うに困らないどころかカロンドロ男爵領は基本的に税金が安く、治安が良くて暮らしやすいとくれば当然の結果だ。
他の貴族領も住民が暮らしやすくなるように頑張ればいいんだけど、それがかなり難しい状況なのは理解している。元々この男爵領は資源的に恵まれてて、しかも今は人材にも恵まれているからね。
流石にこの件は割と困ったらしく、男爵が俺とスティーブンを呼んで今後の話をしたいといってきた。俺を呼ぶと面倒ごとが増えるって思ってるのにさ。
「現状、他の貴族領が儂に従属したいと申し出ておるのだ。しかもその中には子爵や伯爵も何人か存在する」
「名簿を見せて貰ったが近くの子爵領と伯爵領だな……。ここに書かれているのは、どこも爵位だけ高い貧乏貴族の領地ばかりだ。それでもここまで領土が増えると、この国の南半分はこの男爵領の物になるぞ?」
「南方と西の空白地帯を組み込んだら領土的にはこの国の半分を超えるだろうね。しかも必要なものがほとんど揃ってるから、独立しても何の問題もない」
人口が数十倍になっても支えられるだけの穀倉地帯、無限に生産可能な塩、金以外は大体産出している鉱山、マッアサイアで外国との交易も本格化しているので、外貨も十分すぎる程獲得できている。
逆に王都はカロンドロ男爵領を失えば砂糖の入手ルートを失い、塩の供給量が激減し、穀物など主食の生産力も激減する。いや、ほんとにこの男爵領をここまで放置してたのも凄い話なんだよな。
「後は金だな。地金や地銀は外国との貿易で入手可能だが、通貨の発行は流石にできない。それに手を出すといろいろ面倒な事になる」
「通貨の発行はこの国がしているのか?」
「王都に五百年前からある型に流し込んで作っておるのだ。アレは特殊な魔道具で、金の純度が落ちると作動しない仕組みなのだ。銀貨も同様だな」
「以前通貨の質が落ちたとか言ってなかったですか?」
「あの時は特殊な魔法で魔道具を誤作動させてたという話だ。そのせいで魔道具を壊しかけたという話なのでもう二度と同じ事は出来んだろう」
その時の国王ってバッカじゃねぇか? その魔道具があるからこの国の通貨はどの国でも信用されているという事だ。それを根底から覆すような事をすれば下手すりゃ国が亡ぶぞ?
「誰も止めなかったんですか?」
「国王と大臣だけで実行した計画だ。当然責任を取らされて大臣の一族は全員処刑、国王も別の家から新しい王が即位した。退位の理由は病って事でな」
「他の国で通貨は発行していないのか? 金や銀は産出してるんだろ?」
「いろいろあるが、この辺りだとこの国が発行してる通貨だけだな。加工には結構な魔力を消費するので、大勢の魔法使いか魔石が必要になる。現状この国位しかあの魔道具を使って通貨を発行するのは無理だ」
「王都で魔法使いの育成に力を注いでおる理由の一つだ。他の都市での魔法使いの育成は散々邪魔しておいてな」
本気でこの国の上の方は腐ってやがるな。
この男爵領には来年の春からでかい魔法学校が開校するから、いろいろまたちょっかいを出してくるんだろうけど。
「しかし、よく王都がこの男爵領に魔法学校が開校するのを認めましたね。魔法使いギルドにも圧力をかけていたんでしょ?」
「なんでも、勇者が女神フローラから魔法使いを育成せよという神託を受けたそうだ。儂も流石にそれを無視できぬのでな」
「ちょっと待ちましょうか? その話もしかして……」
「お前の事だな。神託を偶に受けているってのは割と知られてるぞ。ミランダとか神職の人間にはなんとなくお前から神の気配というか力を感じる事があるんだそうだ」
……そうなのか?
【そうですね。干渉できないといってもこうして接触すれば、少しは神力の影響を受けます】
もしかして天使が接触してもおなじですか?
【私たちの時でも同じだね。フローラ様程強くはないけど、十分感知可能だと思うよ】
なるほど、それが原因で以前の熊退治辺りでミランダにばれてたのか?
迂闊といえば迂闊だったか。
「しかし、それでもその神託って捏造だろ?」
「確認する方法がない以上、いったいどっちを信用するかだ。お前の実績は既に知られているし、為人も広く知れ渡っておるからな」
「聖人にして賢者。あれだけ教会に寄付してれば、そう呼ばれても仕方がないぞ? あのウエディングドレスの一件がトドメだな。結婚式を挙げた人間からも感謝されているって話だ」
幾ら懐が暖かいとはいえ、あのクラスのドレスを買う金なんて無いだろうしな。ヴィルナが普段着てるドレスとは比べ物にならない位には安いドレスだけどさ。
「その事でお前に話しておかねばならぬ事がある。かなり強引に王都に許可を取り付け、しかも魔法使いギルドの職員を呼び寄せたのでな。一応だが魔法学校の理事長はお前という事になった」
「完全に事後承諾ですよね? 神託の一件も含めて」
「お前にとっても悪い話じゃないぞ。お前が理事長になれば、いろんな魔法の研究を指示できる」
……死者蘇生の魔法は無理でも、石化とか結晶化を解呪する魔法は見つかるかもしれないな。
研究費もかかるだろうし、それなりに資金力のある人間が理事長をする必要があるって訳だ。
「教師や研究員の予算は俺持ちですか?」
「うちの領は割と資金が潤沢だったのだが、流石に他に金がかかり過ぎてな。魔法学校分はそっちで持って貰えると助かる。各街の防衛計画を最優先で進めておるからな」
「今でも十分すぎる位だと思いますが」
「今までうちの領内にあった町はな。問題はその他の街だ。例の従属を申し出てきた貴族領では、碌に防壁も作られておらんような街まであるそうだ。金は貸す形にしておるので、そのうち回収できるだろうが……」
今までの領主は何やってたんだ? 防衛に回す予算も不足してたのか? ……してたんだろうな。
「前も言ったがこの領はかなり恵まれてるんだ。領内に塩田もなく岩塩が産出する場所が無かった場合、塩を買い続けないといけない。どの位の額になるか、お前だったら想像できるだろう」
「そこそこ大きめの穀倉地帯が無いとキツイな。他に何か特産品があればいいんだけど」
「街の防壁も作れん様な貴族領にそんな物があると思うか? 森も伐採しつくして荒れ地だらけにしている貴族領がほとんどだぞ」
「伐採されていない森には強力な魔物がいる場合がほとんどだな。その為に存在していても森の恵みや木材の入手には役に立たない。鉱山か何かあればまだマシなんだが」
そんな物があるんだったら、とっくに開発してるだろうね。
仕方ねえな。
「予算の件は了解しました。人命優先ですので各街の防衛強化は賛成です」
多分男爵がここまで言うという事は、金を貸し出す貴族領の街が一つや二つじゃないんだろう。
この男爵領の予算が莫大だとは言え、今まで放置していた問題を全部解決するのは簡単じゃない。だから人命を優先させたんだろうな。ついでに防壁の強化で金を町に流して経済を活性化させる狙いなんだと思う。
「魔法学校の校舎は例の廃村に建設している。あそこまでの街道は既に整備して、街の一角として取り込み済みだ。流石に何かあるといろいろ被害が出るのでな、少し離れた場所に建設する事になった」
「王都の魔法学校でも、たまに魔法を暴発させる奴がいるそうでな。魔法の実践は王都の外で行うそうだ」
「あの廃村。もう何も見つからなかったんですか?」
「でかい地下室があったそうだが、中には何もなかったそうだぞ。ライガにも同行して貰って確認したから間違いない」
ちゃんと調べてから潰したんだったら問題ない。
「理事長って何をするんですか? 毎日顔を出さないとまずいですよね?」
「顔を出すのは週に一度くらいでいいぞ。忙しけりゃ月一でも問題ない」
「そんな頻度で大丈夫ですか?」
「お前も忙しいのは分かっておるからな。必要以上に無理強いはせぬよ。就任は春からだが、教師候補や魔法使いギルドのギルマスとの顔合わせは近日中に行う予定だ」
「細かい打ち合わせはその時ですね」
……オリジナルだったか? 超強力な魔法。
その中に解呪の魔法があればいいんだけどね……。
魔法学校の権限をくれるって事は、すきにしろって事だろ? これで色々動きやすくなった気はするな。どうせ金は余ってるし、俺が持ってるより経済を回すのに使った方がいいに決まってる。
教師の給料とかも見直すのもいいかもしれない。人を育てる施設にはそれなりの予算を突っ込まないとね。
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