第百七十二話 はははっ、俺がヴィルナに嘘をつく事なんてある訳ないじゃないか。ところでこの文字はさっきの文字とは別なんだよな?
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楽しんでいただければ幸いです。
俺は元々勉強は好きじゃない。知識が増える事は素晴らしい事だと思うが、どちらかというと技術が身に付くような事の方が好きだった。
それは料理であり、格闘術であり、その他には仕事に使っていた様々な技術だ。技術が増える事は割と楽しいので、それを得る為であればそこまで苦痛ではなかった。え? 英会話とかも技術? 好きなのは身体を動かす技術って言ったらよかったか……。
だからといってこの状況をよしとしている訳ではないんだけどね。
「ふむ、この世界の文字を読み書きできぬというのは本当であったようじゃな。こんな簡単な絵本も読めぬとは」
「はははっ、俺がヴィルナに嘘をつく事なんてある訳ないじゃないか。ところでこの文字はさっきの文字とは別なんだよな?」
「ここまで形が違っておっても似ておるというのか? こっちはこの部分が少し長いであろう、こっちはこの部分と揃っておる」
文字の形が抽象的すぎて何がどうなってるのか理解できねえって。
女神フローラが先日の小説のお礼として、この世界の自動認識能力のスイッチ機能をアイテムボックスに追加してくれた。なんでも女神たちであっても俺の能力に干渉するのは物凄く神力を使用するそうで、今度追加で何か買ってくるという約束までさせられた。そのおかげでこの世界の文字をそのままの状態で見れるようになったんだけど……。
「筆記体の英文字というか、昔の筆書きの崩した漢字に近いのか? 文法は日本語に近いけど、文字は漢字よりもアルファベットに近い感じ?」
「ソウマが何を言っておるのかは知らぬが、これはまだ子供用の簡単な文字じゃぞ。これに上級文字が加わるとこんな感じになるんじゃが」
「なんだろう、この脳が理解するのを拒否するような感覚。歳を取るとこういった情報を受け付けにくくなるって本当なんだな」
「それは言い訳なのじゃ。高齢でも魔法を覚えるものもおるし、別の国の文字を覚えるものもおる。意外にソウマはこういった事が嫌いなんじゃな」
その通りだけどさ。なんかこう、勉強って眠くなるじゃない。この世界の文字の勉強に付き合ってくれてるヴィルナに悪いから流石に寝ないけど、膝ではシャルが気持ちよさそうに寝てるし俺も一緒に寝たい気分だよ?
「この世界の文字というか言語を舐めてた気がする。なんだか物凄い難しいつくりなんだよね」
「わらわはこの世界の文字しか知らぬからこれが当たり前じゃが。これを崩して書く者もおるんじゃぞ。このようにな」
「似たような文字をネタで見た気がする。……で、なんて書いてあるんだ」
とりあえず、自動認識をオンにして。……ソウマ、いつまでも愛しておるのじゃ? いや、読めないと思ってこれはちょっと恥ずかしんだけど。
「その顔はズルをして読んだ感じじゃが、自力で読めるようになるまで頑張るのじゃな」
「そうだね。この言葉の返事を自分で書けるくらいにならなきゃだめだし」
「頑張るのじゃ、といっても長い時間かけて覚えてもそこまで頭には入らんじゃろう? 昼ご飯はわらわが作るからそれが出来るくらいまでにするのじゃな」
「わかった。英語とかオランダ語を翻訳した人に比べたら大した事は無いだろう」
昔の偉人はホントに偉大だったんだな。
俺が挑戦してるのはこの世界の小学生くらいの子供が覚える文字だけどな!!
◇◇◇
ヴィルナの作ったお昼ご飯。なんだか今日はいつもより機嫌がいい。何かあったのか?
「ソウマにも苦手な事があったんじゃな。ソウマはなんでもできると思っておったから、なんだか楽しゅうてな」
「そりゃ俺にも苦手な事はある。元々書類仕事というかさ、読み書きとかは苦手なんだ」
「わらわの知らぬソウマの一面が見れるというのは、なんだかうれしいというか楽しいのじゃ。普段ソウマはあまり隠しておる素顔を見せようとせぬじゃろ?」
「そんな事は……」
あるかもしれない。というか、いまだにヴィルナに隠してる事は多いしな。俺が特撮物をみてたりするのも隠してるしさ。
特撮系はアレだけど、映像ソフトとかもあるんだしそのうちどこかにでっかいモニターとデッキを用意して、映画鑑賞とかしてもいいかもしれない。
「話せると判断すれば、ソウマは隠そうとはせぬと信じておる。じゃが、たまに見える素顔を知るのも楽しいものなんじゃよ」
「この歳になるまでいろいろあったしさ、ヴィルナと出会っていろんなことがあったけど、正直俺はいろいろと救われてるんだ。生きてるけど生かされてるだけ、そんな時間も結構長かったしね」
「それはわらわも同じじゃ。まさか人間の住む町で聖魔族であることを隠さずに生きていけるとは思ってもおらなんだ。十年前、もう少しわらわに勇気があればこの街で生きていく選択をしておったのかもしれぬが、今となってはその勇気が無かった方が正解じゃったな」
「そうなるとあそこで俺と出会ってないだろうしな。俺も一人だと割と無茶をした可能性もあるし、ここまでいい感じで色々進んでなかっただろうね」
最初に白うさぎ亭に泊まった日にブレスのセットアップは済ませてただろうし、あの時から変身出来たら色々無茶しただろうしな。
一緒に行動する誰かがいない。その状況だと俺は相当無茶な行動をする自信がある。今となってはもう二度とそんな選択はしないだろうけど。
「あの竜を倒して一族の仇を討ってくれたのもソウマじゃし、ソウマには感謝してもし足りぬほどじゃ」
「そんな事は無いよ。俺だってヴィルナにいろいろ救われてるしさ、俺にできる事だったらなんでもするさ」
「ほう……、なんでもとな?」
ん? はやまった?
大丈夫、ヴィルナは俺に無茶な要求をしてくるような嫁じゃない。
「可能な限り対処するよ。大船に乗ったつもりで言ってくれ」
「今晩のご飯は鰻がいいのじゃ。できれば大盛で」
そう来たか!! 鰻……、俺も好きだし炭火で焼いた鰻は物凄く美味いんだけどさ。シャルも俺の顔を見て目を輝かせない!! シャルも鰻が大好きなんだよな……。
「ウナギは美味しいからね。うな重でいいかな」
「あの卵で巻いた鰻巻きも欲しいのじゃ。卵焼きは流石にわらわじゃとソウマの様にうまくできぬのでな」
「卵焼きは簡単そうに見えてかなり難易度高いしね……」
大丈夫、二品までだったら量を加減すれば問題ない筈。
「タレも美味いのじゃが、白焼きもいいのじゃ、シャルには白焼きの方がよいしの」
「んにゃぁ~♪」
「ようし、出汁まで作ってひつまぶしも作っちゃおうかな。アレもおいしいし」
こうなったら出来る限り出してみようじゃないか。
大丈夫、体力回復剤は先日もう一段階強力な物を作る事に成功した。科学の勝利だ。
【科学じゃないですけどね~♪】
この感じは女神フローラじゃなくて天使の方か。ツッコミ担当はこいつらだった訳だ。
【万が一の時は私たちが自動的にエリクサーを使いますから、楽になる事はありませんよ】
死ぬことを拒絶された!! っていうか、ワールドリンカーなんてレアスキル持ちだったらそうなるのか……。そう簡単に死なせてはくれないよな。ん? ヴィルナが奇妙な表情で見てるな。
「……そうやって何か考えておる時も多いのじゃが、多分じゃが考えておるだけじゃないのであろう?」
「ああ、例の女神さまとかから神託というか話が来る時があるんだ。毎回対応するのも結構面倒なんだけどね」
「かなり不敬な言い様じゃ。そうか、女神さまと直接話とな……。流石にそんな事をサラッと暴露されても処遇に困るのじゃ」
「そうだろう? いろいろ面倒事も多いのさ。あえて話さない事も多いから、流して貰えると助かる」
「そうするのじゃ。やはり勇者となるといろいろ苦労があるのじゃな」
ちょっとマテ。勇者? 誰が?
「いや、俺は勇者じゃないぞ。どこにでもいる平凡な一般人さ」
「神と気軽に話せる一般人など世界中探してもおらぬじゃろう。勇者という話はミランダやダリア辺りまで言っておるのじゃが」
「あの二人はそうだろうな。ミランダは前も俺の事を勇者って言ってたし」
大体勇者の条件ってなんだ? 雷牙だって勇者って言われてもおかしくない位活躍してるだろ?
「あの男の事を考えておるんじゃろうが、あの男は若干素行に問題があるからじゃな。ソウマは否定するじゃろうが、人々の想像する勇者像から少し外れておるんじゃろう」
「風来坊だしな。それに、悪には容赦ないし……」
「挙げた戦果や討伐した魔物のレベルから言えばソウマに匹敵するんじゃろうが、ソウマの場合はかなり目立つ状況で倒しておるからの。それに助けられた人も多いのが決定打じゃろう」
「あの結婚式の一件とかもそうだけどな。そのうち俺の普段の姿を見て目が覚めるだろ。さて、それじゃあ昼ご飯の後にもう少し文字の練習をしたら鰻の仕込みに入るよ」
「楽しみにしておるのじゃ」
◇◇◇
俺も頑張ったけど、そろそろ手加減という事も覚えて欲しい、なんとなくそう思った。
俺の体力とか魔力とか氣とか以前に比べて相当に上がってる筈なのに、なんでだろうね……。回復剤のおかげで午前中から活動できたけどさ。
読んでいただきましてありがとうございます。




