第百七十一話 凄い。こんなデカい本屋が出来てたのに全然知らなかったよ。最近は町の区分というか東西南北の区分けがあいまいになってるしな
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楽しんでいただければ幸いです。
スティーブンの所から帰る途中、この街にできたという書店に寄る事にした。三店舗あるうちの二店舗は平屋建てでそこまで規模も大きくない。品揃えも平凡というかこれから仕入れて揃えていく感じなんだろう。
圧倒されたのは最後の一店舗。いや、この店があるから他の二店舗があんな感じになったんだろうか? 客数が全然違うし品揃えも桁違い。しかもこの店だけ三階建てだ。
「凄い。こんなデカい本屋が出来てたのに全然知らなかったよ。最近は町の区分というか東西南北の区分けがあいまいになってるしな」
以前の様に、北地区が商用地区って感じじゃなくて、西とか東地区にもいろんな店が混在するようになった。
古くからある商会が経営する店なんかはそのままなんだけど、新しく店を出した人がそのあたりをあまり考えずに商売を始めたせいでもあるんだよね。男爵も他が忙しくてそこまでかまってる暇が無かったみたいだし。
「この世界の本は殆どが手書き。印刷技術に関しては発展していない」
それどころか、少し前までは紙の本自体も割と貴重だったみたいで、安い本の紙の質はかなり悪い。
それでも本一冊の値段がかなり高いんだよね。
「一階が図鑑とか国の歴史とかそんな感じの本、二階は魔導書も含める学術的な書物か。絵本なんかもこの階にあるんだな」
なんとなく理解したけど、階が上がるごとに高額になる傾向だな。二階でも相当高いのに、三階の本なんて買える人間なんて……。
「え? 何、この客数?」
三階には人が溢れていた。殆どは若い普通の市民っぽいけどそんなに気軽に買える値段なのか?
……それなりに身形のいい貴婦人というか貴族も混ざったりするし、一体ここでどんな本が売られてるんだ? この街の傾向から考えて料理関係?
「料理のレシピとかだったらそこまで分厚い本じゃないし、値段もそこそこに抑えられるのか? えっと、この棚の本は一冊百シェル均一?」
それでもこの薄い本が一冊一万円か……。レシピだったら数種類増やすだけで店の売り上げに貢献できるだろうし、安い投資なのか?
棚にそれぞれジャンルというか区分が書かれてあって、この辺りにはあまり客がいない。……中身が見えないようになんか変な仕掛けもしてあるな。レシピとかだったら覚えて帰られたら意味ないしね。
「えっとタイトルから推測するとこの本には揚げ物の作り方とか、コツが書かれてるのか? こっちはパスタ、マカロニ料理、サラダ……。いや、サラダの作り方に百シェルはどうよ?」
温野菜とかマッシュポテトでも載ってるのか?
それでもサラダの作り方に百シェルは高いと思うぞ。
「なるほど三階は新書、新しく発行された本が揃ってるのか。製紙法もスティーブンに流したし、紙も大量生産し始めたって言ってたもんな」
本の値段というか、普及を狙っての事だけどね。後は印刷技術を流せば教科書なんかを安く売る事が出来るはず。羊皮紙にはそろそろ消えて貰った方がいいしね。
状況から言えば目論見は成功してるっぽいな。
「ほとんどの人が向こうのコーナーに……。あれ、なんて書いて……」
恋愛小説コーナー?
なるほど、娯楽書籍か!! 流石に漫画はまだないみたいだけど……って、その中でも人気があるのはあの一角? ああ、本の大きさを普通の本の三分の一くらいにして厚みを稼いでるみたいだね。
「この先生の新作が良くない?」
「こっちの先生の作品の方が……」
「それはハズレよ。この作品だったら間違いないわ」
中身が見えないから表紙やタイトルで内容を予測しているのか。
あのコーナーは一冊五十シェル、つまり一冊五千円だ。そこまで安い買い物じゃないし、シリーズっぽいのもあるから揃えるのは大変なんだろうな。でも、ハズレってのは酷い言い方だよね。
「この先生の作品がいい内容なの。すごく実用的で……」
「この作品もいいですよ。特に騎士様と令嬢の……」
実用的? もしかして、あそこって……。
うん、状況を理解したから即退散。あれだ、あそこは恋愛小説の中でも元の世界で十八禁とか書かれてたコーナーだ。娯楽の少ないこの辺りだと、この上ない娯楽になるだろうよ。
【すいませんが、隣のコーナーにある女神と勇者の恋物語シリーズや、天使と勇者の恋物語シリーズを買って来てくれませんか?】
隣のコーナー?
ああ、十八禁じゃなくて普通の恋愛ものコーナーか。あそこにいるのもほとんど女性だけなんだけど。
【その世界の男性はあまり読書に興味が無いみたいですね。英雄譚とかは少し読まれているみたいですが】
そりゃ、恋愛ものは特定層に受けるだろうけど、その特定層に男は少ない気がするね。男の場合この本買う金で花街に行くだろ。
【男性の場合その傾向が多いですね。クライドさんみたいな人の方がむしろ少数派です】
ああ、相手がいるのに花街に行く奴もいるのか。
不義理どころの話じゃないだろうに。
【その考えの方がどちらかというと異常なのですよ。ヴィルナさんは本当にいい人を見つけましたよね】
俺の場合は別問題があるしな。別の場所で使う体力なんて欠片も無いっての。
この冬は昔は高級食材だったし食べられなかったスッポンの鍋なんてものも考えているんだけど、アレを食べた後のヴィルナの状況次第だと回数制限も考えないといけないんだよな。
【スッポン鍋ですか、いいですね。鍋のセットと調理済の追加具材があると助かります】
神様ってほんと遠慮が無いというか、割と欲望に忠実だよな。
多分たくさん仕込むだろうし、鍋ひとつ追加する位問題ないけど。
【こちらにある食材といいますか、料理は本当に少ないのです。神は食べなくても死ぬことはありませんが、それでも美味しい物を食べるという行為は、人を見守って行く上で重要な行為なのですよ】
相手の心情を理解するというか、その辺りの考えは理解する。
世界の管理っていうのも大変なんだろうしね。
【理解がある事は本当に助かります。それで、女神と勇者の恋物語などのシリーズなのですが】
買ってフォルダの中に入れておくよ。いろんな作品を読みたいってのは理解できるし、俺もそこは否定しない。
なんといっても異世界の特撮物を引っ張って来てくれているんだろうからね。
【貴方に祝福があらんことを♪】
そこまで楽しみにしてるのか。天使たちの分も買っておくかな。
「……三十一冊。百五十五シェルになります」
「はい、銀貨二枚からお願いします。アイテムボックスで持ち帰りますので袋はいいですよ」
「アイテムボックスで持ち帰られるんですね。解錠しますので少々お待ちください」
「解錠?」
「はい、特殊な魔道具でアイテムボックス内への収納を妨害しているんですよ。中をみるのも同時に防止していますね。盗んじゃう方がいますし、いろいろ対策をしてたりします」
立ち読みとか万引き対策か。確かにこんな世界だと必要だよな。
「盗みも罪は重いしね。犯罪に対して割と容赦が無い」
「盗まれる方からすれば、その位はして欲しいものですよ? 私たちも生活がかかっていますし……。はい、解錠できました、これでアイテムボックスに保管できますよ」
「ありがとう。悪意を持って盗んだ場合は厳罰が必要なのかもね」
ここの陳列状況で勝手にポケットとか篭に入ったとかはないだろうし、捕まった場合は覚悟が必要だろう。
転売ヤーもだけど万引きする奴にも情け容赦は必要ない。
◇◇◇
女神フローラに頼まれた小説を購入し、エロ小説コーナーから撤退して二階で簡単そうな文字なんかが書かれた本を探してみることにした。といっても、本の内容をみれないんだから店員に聞くしかないんだよな。
「すいません、子供とかでも覚えられそうな文字とかの本ってありますか? あと絵本」
「小さなお子さんの為ですか? この辺りの本が評判ですね。ただ、一冊三百シェルしますけど」
「そのくらいでしたら問題ありませんよ。それじゃあそのあたりの本を十冊と……、魔導書ってありますか?」
「簡単な魔法でしたらありますが、高威力の魔法の魔導書は扱っていません。その辺りは今後魔法使いギルドで販売されると思いますので」
流石にそのレベルの魔法は一般人には教えない方針なのか?
街中で威力のデカい魔法使われても困るしね。街での戦闘用魔法の行使は基本禁止されているけど。
「そうですか、では魔導書は諦めます。……絵本も多いな、この辺りはまだ羊皮紙の絵本だけど」
「古い作品などは羊皮紙製の絵本が多いですね。この辺りの作品などは味わい深い絵と丁寧な描写が特徴です」
「表紙の絵もいいですね。この辺りをやはり十冊くらい」
「全部で一万シェル近くになりますけど」
「大銀貨十枚で払いますね。大丈夫全然問題ありませんので」
でも周りの人間は驚いているな。十冊単位で纏め買いしてる客なんてほとんどいないしね。
そう再々この本屋に来る事も無いだろうし、買える時に買っておかないと。
「ありがとうございます。すぐに解錠しますので」
「そこまで急がなくても大丈夫ですよ」
貴族とか相手だと横暴な奴もいるのかもしれないな……って、今は俺も貴族だったよ。ほとんど自覚が無いけどね。
これで文字を覚えるための教材は手に入った。
後は色々試しながら、この世界の文字を書けるようにしなきゃいけないな。
読んでいただきましてありがとうございます。




