第百五十六話 そうですね。後はあそこの鉱山をスティーブンが持ってる事くらい調べてるでしょうから、グレートアーク商会との確執辺りも狙いでしょうね。意外に切れる参謀がいるんですね
連続更新中。この話でこの章は終わります。
楽しんでいただければ幸いです。
シルキー教会に寄付をしたその足で王都を脱出し、魔導車を使ってあっという間にカロンドロ男爵領まで戻ってきた。といっても、途中の町で泊まったから戻ったのは二日後だけどね。
ヴィルナは一足先に家に戻ったが、俺はいろいろと用事があるのでカロンドロ男爵の屋敷に足を運んだ。預かって貰ってたシャルを迎えに行かないといけないしね。
「なるほど、あの国王はお前に子爵位を用意してきおったか。隣の廃棄領を押し付けるのが目的だったのだろうな」
「そうですね。後はあそこの鉱山をスティーブンが持ってる事くらい調べてるでしょうから、グレートアーク商会との確執辺りも狙いでしょうね。意外に切れる参謀がいるんですね」
「臣下に悪だくみに長けた奴が多いのはあの王家の伝統だ。……もうお前の方が位は上なのだが、儂に敬語は無くてもいいだろう。むしろ儂が敬語で話した方がよいか?」
「やめてください。爵位を貰って喜ぶほどガキじゃないですし、上とか下とかもこの際関係無いでしょう。しかも色々訳ありの爵位ですよ」
この爵位ひとつ俺に渡すだけでカロンドロ男爵との仲違いを狙い、浮かれて旧レミジオ子爵領を拝領していたら更に壊滅した領地の再建、スティーブンとの鉱山問題、グレートアーク商会との関係悪化まで狙えるんだから向こうとしても最良の一手だったんだろう。
俺が調子に乗らずに領地を断ったのは割と計算外だったはずだ。その手に乗る程俺も無能じゃないんでな。
「領地無しの子爵位という事は国から出る金は年間でニ百万シェル程度だ。お前にとっては小遣い程度の額だろう?」
「塩の利権関係だけでも年間その位は入りますからね。正直そこには何の期待もしてないですよ」
「一般人であれば羨む額なのだがな。子爵位の方も歯牙にもかけておらんのだろう」
「正直、あまり価値を感じていませんね。もし仮に旧レミジオ子爵領を拝領していた場合はまた別だったんでしょうけど。流石にあの領地には旨味が無さすぎます。王都に行く前にちょっと調べててよかったですよ」
「広大な荒れ地と森。しかも領内には黒色鮮血熊などの魔物も多い。塩の産地が無い事、穀倉地帯が狭い事、河川はあるが割と頻繁に氾濫する事など問題も山積しておる。あの領地の経営はレミジオ子爵も苦労しておった事だろう。しかも今は唯一の資金源である鉱山をスティーブンが押さえておるしな」
俺もその情報は仕入れていた。情報源は当然スティーブンだ。
あの貴族領の人口が少なかったのも食糧問題が大きかったそうで、結果として生き残った難民の数が少なかった為に近くの貴族領で何とか面倒を見れたんだよな。一部の住民は自力で生活してるっぽいし、そういった住民を手なずけるのも大変だろう。
「あんな僻地が割とあるって聞きましたが」
「男爵や子爵は僻地に飛ばされた者ばかりだ。儂も飛ばされた当初は相応に苦労したのだぞ」
「今も二度目の改革期ですしね。これに成功すれば王都に匹敵する大都市が完成するでしょう」
「最終的にはな。それまで結構な年月が必要だろうて。儂はエルフの血が少し入っておるのでまだ現役だがそのおかげで王家に妬まれてな。些細な事で難癖をつけてこの僻地へ僅かな手勢と共に飛ばされた訳じゃ」
初耳なんだけど。エルフの血?
「それってどのくらい寿命があるんですか?」
「儂は婆様がエルフでな、まだあと数十年は問題ないぞ。孫娘の方はエルフの血が薄すぎて、もう普通の人と同じ位しか生きぬだろうがな」
「スティーブンが後見人とか言ってませんでした?」
「あいつも同じじゃぞ。それに万が一儂に何かあった時に後継者を選んでおらんと領民が迷惑するだろう」
それも初耳なんだけど……。というか俺も自分の事を色々秘密にしてるからお互い様って気はするな。教える気もないし。
後継者問題は孫娘にいろいろ問題があるんだろうな。確か病弱だって聞いた事もあるしね。
「これだけ色々抱えてますと、この男爵領に何かあった場合に王都やほかの貴族領にもいろいろ問題が起きそうなんですけどね。特に塩と穀物は大問題でしょう?」
「それでも奴らは難癖をつけてくるんだ。これ以上勢力を拡大されるといろいろまずいのだろう。自分が与えておいていろいろ見つかると取り上げようとするのは今も昔も変わらん」
「地形からいろいろ予想できそうですけどね。ここまで繁栄する要素があるとは思ってなかったんでしょうけど」
「外国との貿易だけでも相当な利益だ。仲を取り持ってくれたスティーブンには感謝しておるよ」
本当に有能な奴だよな。
最初は交易や塩田による砂糖や塩の利権が目当てだったんだろうけど、同じエルフの血を引く者同士何かあったのかもしれない。
「これであとは南方の森も手に入れば南への道が開けますしね」
「あの森の先は正確にはこの領ではないのだ。いくつか村や町があったはずだが、おそらくもう全滅しておるだろうな」
「あの竜ですか?」
「ああ、あの竜だな。十一年前に姿を見せたという話だが、被害はほとんど出ておらぬのだ。南の森の聖魔族の聖域と南方の町と交易をおこなっていた行商人の馬車が数台犠牲になっただけだ」
そこも謎のままなんだよな。
なぜこの町を襲わなかったのか。その理由はいまだに謎のままだ。
「この町にその竜を撃退する何かがあった? そんな事は無いですか?」
「あの時襲われておったら、この町も壊滅しておっただろう。あの時襲われなかったのが不思議だが、儂の知らぬ何かがあったのかもしれん。流石のあの当時はこの町に住む者を全員把握などしておらんからな」
「今はしているんですか?」
「増える前の状態であれば大体な。お前の事も白うさぎ亭に宿泊を始めた時点である程度は知っておった」
それはそれで凄いな。
動き出すまでは普通の旅人とでも思っていたのか?
「今は流石に無理ですよね。移住してきた人の数が多すぎますし」
「人口がすでに倍になっておるからな。周辺の町なども含めればさらに増えておる。問題さえ起こさなければ何処のどんな者でも拒みはせん。お前やあのライガに関しては怪しい部分が多いが、その力を悪用したりはせんだろう?」
「いろんな事がいい方向に向かう様にしたいと思ってますけどね。この辺りに住んでる人の生活が豊かになって、気軽においしい物を食べれて家族で安心して暮らせる。そんな街にできたらいいんですけど」
「まるでお前が領主の様だが、その甘さは確かに領主には向いておるまい。お前は敵対する者には意外に容赦せぬようだが、そうでない相手を突き放すことなどできんだろう? それに領主になれば大義の為に私怨を忘れねばならぬ事もある」
息子夫婦の事だろうな。
王都に戦いを仕掛ければ多くの犠牲が出る。だから王都からいまだに嫌がらせがあるのに我慢しているんだろう。領民の為に……。
「この男爵領が豊かになる手助けはしますよ。あと、降りかかる火の粉だけは完全に払いのけます。できればその火元ごと」
「例の魔物騒動もおそらく王家が関わっておるだろう。今の国王がどのくらい知っておるのかはわからぬ。だがこれだけは言える、黒幕は王家の誰かだと」
「もし仮にそれが当たっていた場合、この国が崩壊しそうな気がしますけど」
「ただではすまんだろうな。その黒幕の首を晒した時、どうなっているかなど知らぬよ」
俺もその黒幕の首は叩き落としたい。
その黒幕が黒龍種アスタロトとどんな関係なのかは知らない。でも、絶対に無関係ではないだろう。
報告はこの位でいいだろう、何かあればまたスティーブンも交えて今後の事を話していくしかないな。
「それではこの辺りで失礼します。あ、シャルを連れて帰りたいんですが」
「グリゼルダに聞いてくれ。客室で猫の世話をしておるだろう」
……仕事はいいのかメイド長?
シャルってあんまり手がかからないいい子なんだけどね。
◇◇◇
シャルを連れて帰る為にシャル用に魔改造された客室を訪ねてみた。いや、ここまでして欲しいなんて欠片も言ってないよ?
「シャル用のトイレとかはうちから持ち込んだものだけど、他の物はどうしたんですか?」
「シャル様用に揃えました。キャットタワーだけはたまに遊んでくれるようになったんですよ。後はあのクッションとかは割と気に入ってるみたいですね。あそこでよく寝ています」
「基本寝てますからね……。あ」
「にゃっ、にゃぁぁぁぁぁっ!!」
「よしよし。ごめんな寂しかっただろう」
シャルが俺を見つけたみたいで、すぐに背中をよじ登って顔に身体を擦りつけながら鳴きまくった。
毛艶はいいし、大事にして貰ってたのは間違いないんだけどね。
「やはりだめでしたか。もう少し懐いてくれると思ったんですけど」
「いえ、ここまでよくして貰ってすいません。ありがとうございます」
「にゃぁん♪」
シャルもお礼を言うようにグリゼルダさんに頭を下げながら鳴いた。
「もし同じような機会がありましたら、遠慮なくお申し付けください。いつでもお預かりしますので」
「本当にありがとうございました。その時はまたよろしくお願いします」
「うなぁ~」
肩から降りて俺に抱えられてるシャルが気持ちよさそうに鳴いた。
今度何処かに行くときの預け先も確保できたし、これで冒険者としての活動もしやすくなったな。
王都で見た珍しい植物とかの件は、後でスティーブンに頼むとするか。これで大豆の収穫後にウスターソースの生産に入れそうだ。
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