第百四十三話 なんで王都はそんなに食事が不味いんだ? 食材がない訳じゃないよな?
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冒険者ギルドでルッツァ達から王都や周辺にある都市の情報を集めている。食い物がまずいのは理解した。ダリアが二度と戻りたくないといった理由も大体理解できたくらいだ。
「つまりさ、この町で普通に食べられてるこの料理が、王都で出てくる晩餐会の料理の質をはるかに超えてるって事なんだよ。以前の料理でも晩餐会といい勝負だったんだから」
「なんで王都はそんなに料理が不味いんだ? 食材がない訳じゃないよな?」
「長年の倹約令の弊害だな。貴族の多くはシェフを抱え込んで美食に走っているが、王族や王家の人間は本当に質素な食生活を送っている。王都に住む人間がどっちの基準を強いられるかなんて考えるまでもないだろう? あとお前は理解できると思うが、普段そんなメニューを作り続けてるシェフが急にまともな料理を作れると思うか?」
なるほど、超納得。王城のシェフは経験不足で急に高級食材が手に入ってもどう調理していいか理解できない状況なんだ。王都のレストラン系は味付けが不味いというか、基本的に薄いんだろう。薄味でも美味しい料理は出来るけど、単に薄味にしただけじゃ不味くなるだけだしな。
味が濃くて甘みの強い焼き菓子が飛ぶように売れる訳だ。
外食をするとそこで出てくる料理の質が低い、そんな物を食べる位であれば家でシェフに作らせる方がいい。そして食後やティータイムなどに摘まむものとして焼き菓子が重宝されると……。
「薄味の不味い食事だが、アレも計算でやってるって話もあるんだぞ。王家の人間には不評だろうが、少なくとも今まで迫害してきた貴族の留飲を少しは下げられる。王族は普段の食事だとあんな物しか食えないんだって笑わせる事で、前の王がやってきた悪行を少しでも清算する目的って言われてる」
「そういえば食事が不味くなったのって、その位の時期からだよね。小さい頃はあまり覚えてないけどまだマシだったはずなんだよね」
「正確には例の疫病が流行った後からだ。最初は今ほど倹約令も厳しくはなかったが、最初に削られたのが食費だったと聞いている。流石に王族がみすぼらしい格好をする訳にもいかんからな」
「ボロを着てても心は錦じゃないが、周りに王家の力を誇示したいんだから流石に服とかはケチれないか」
「服だって庶民よりマシで、貴族よりは劣るレベルだよ? 装飾品だってさ、宝物庫の奥に転がってたような物を作り直したりしたものばかりだったんだよ」
王族でそのレベルなのは凄いな。
貴族の方はでかい所領があるんだろうし、王都に居を構えていても自分の領地から莫大な額の税金と物資が運び込まれてるから幾らでも贅沢が出来たに違いない。
「ルッツァの実家って王都に近いのか?」
「少し東に離れてるな。ここほどじゃないが割と大き目の穀倉地帯と鉱山を持ってるぞ。王家以外で金の鉱山を持ってるのもうちの実家くらいだ」
「……それは凄いな。今までに魔物の襲撃とかは無かったのか?」
「何度かあるが領都まで攻め込まれた事は無いな。騎士団長は堅物だが実力者だし、魔法使いの育成にも力を入れている」
「魔物の襲撃は規模が小さけりゃ北の方だとよくある事なんだ。だから冒険者の質も王都周辺の都市の方がこの辺りより優れてるって訳さ。あっちに出るのは剣猪とかみたいな獣じゃなくて、もっと強い魔物ぞろいだし。魔生物と呼ばれるおかしな魔物も多いぞ」
ん? 魔生物? なにそれ?
「その顔は理解していない顔だね。魔生物っていうのはね、生まれながらの魔物の事。魔素とか関係なしにどこで生まれても魔物になる特殊な存在なの。竜とかもその一種って言われてる。後は生き物を石に変える魔物とかの多くは魔生物に分類されてるんだ。でも、塩食いとか新種の魔物は魔生物かどうかすらわからない」
「つまりあいつらが自然発生する魔生物だったら、また出てくる可能性はあるって事か?」
「あそこ迄特殊だと本当に魔生物かどうかも怪しいけどね。出てくるにしてもまた数十年後だろうけど」
「魔生物は特定の条件で生れ落ち、そして本格的に活動を開始するまで長い時間を必要とする。大昔に魔生物を研究した奴がいてな、そこまで突き止めたそうだ。竜種は自然発生以外に繁殖もするし、その辺りは結構曖昧なんだよな。魔物や魔生物の研究をする人間が少ないのが問題なんだろうが」
「その魔生物を研究してた人は凄いな。そこまで詳しく調べられるものなのか?」
「七十歳で死ぬまでに五回くらい石に変えられて、それでも懲りずに魔生物が出現しそうな場所に足を運んだ結果だそうだ。教会に事前に莫大な額の寄付をしていたから、石になった後で運よく見つかって石化を解除して貰えたらしいが」
五回も石に変えられて活動を続けるなんて馬鹿じゃね? というか、研究者ってのはそんな人種なのかもしれないな。自分の考えた理論を証明する為に魔生物の生態を調べていたんだろうし。
「死因は何なんだ?」
「エルフの血を引いていたらしくて七十歳でもまだまだ若かったんだが、破壊不能な宝石の中に閉じ込められたらしい。北の方のどこかの遺跡にあるそうなんだが、流石に運び出すのは不可能って事だな」
「魔生物に宝石に閉じ込められたんだろうから本望だろうね。発見された手記を読み解いた結果、一応死んでないって話もあるんだけど完全に死んだ扱いになってるよ。助ける方法が無いのは死んだのと同じだし」
「助け出す方法が無いとそうなるだろう。本人がどう思ってるのかは別としてだが」
何千年後かに遺跡が崩壊して、誰かが移動させれば助かるんだろうけどね。
生き返っても無一文とか生きてた時代から数千年後とかは冗談きついよな。生き返った瞬間から詰んでるようなもんだ。
「意識があるままだったらと思うとぞっとするな。俺はごめんだな」
「私も嫌かな。何千年も経ってると全然知らない世界になってそうだしさ」
「全然知らない世界か……。助かった後の状況次第かもな」
俺も似たようなものだったし。
宝石に閉じ込められた奴がどんな力を持ってるのか知らないけど、アイテムボックスとかを使えれば何とか生きていけるだろうしね。
「意外に前向きなんだね。誰も知り合いがいないんだよ?」
「だから状況次第なのさ。食べるものと寝るところ、最低これだけがあればしばらくは生きていけるだろ?」
何もないと本当に苦労するけどな。
ん? 冒険者ギルドに俺たち以外の冒険者が来るなんて珍しい……。って、あの人は。
「この町の冒険者ギルドは飯が旨いと聞いてきたんだが……。確かに美味そうなメニューが並んでいるな」
「この冒険者ギルドはクライドさんにいろいろ教わってますから。ほらあそこにいる人ですよ」
「クライド? スティーブンから聞いた事があるが、あいつか?」
いや。マジで逢えると思ってなかったよ。
テレビ画面の向こう側の存在で、そしてあの人はその向こう側の存在どころか本当にあの世界から来た人だろう。
「ええ。初めまして。雷牙勇慈さん。俺は鞍井門颯真といいます」
「その名前……。お前まさか」
「その話はまた後で。今から昼飯ですか?」
「ああ、此処にはいろいろあるんで何か食いたいと思ってた所だ。クリームシチューも他じゃ見かけなかったしな」
いや。このひとにふさわしい飯はそれじゃない。というか、このひとが本当に食いたい飯はそれじゃない筈なんだ。
「すいません、ちょっと厨房借りてもいいですか?」
「クライドさんの頼みは断れませんよ。何か作るんですか?」
「雷牙さんに出したいものがありましてね。それの準備です。あ、ルッツァ達も食うか?」
「おう、お前が出すものなら間違いないだろう」
「へえ、ずいぶん信頼されてるんだな」
「いろいろありましたんでね。少し待っててください」
あの人にふさわしい料理。
おそらくこの世界に来てから、何度も口にしたいと思ったに違いないあのメニュー。
あの時の再現だな。
◇◇◇
雷牙勇慈の目の前にお盆を置き、アイテムボックスから事前に用意していた箱を取り出す。箱の他に七味入れや醤油なんかも出しておいた。
「お待たせしました。牛丼並盛、生卵付き。紅しょうがはこの箱の中にあります」
「これ……、いいのか? この世界には牛丼なんてない筈だろ?」
「あの店の味付けに近付けてますけど、何かあれば言ってください。ルッツァ達にも配って貰えたみたいだし、みんなで食おうか」
「いただきますっ!! んっ、これだ!! なんで? いろんな店があるのにあの店の味の牛丼を?」
牛丼屋は多く、チェーン店ごとに割と味が変わるのは広く知られている。
雷牙勇慈が贔屓にしてる店は熟知してるし、この状況で食わせる味付けはこれしかない。
「これは旨いな。……生卵ってアリなのか?」
「これは大丈夫な卵だ。普通に買う卵は加熱する事をお勧めするよ」
「……確かに旨いな」
キッチリ管理されてる卵だから食える方法だよな。
あ、雷牙勇慈はやっぱりあの状態になったか。
「牛皿の大盛です。良ければこれもどうぞ」
「本当に……、あんた何者だ? あの時の事を知っているのか? あの時の店には俺しかいなかったはずなのに」
「決戦前の最後の食事。割と有名ですからね」
ライジングブレイクである雷牙勇慈が、最初のシリーズ最終回直前に死を決意して食べた最後の食事。
それがあの世界の牛丼屋のこのメニューだ。決戦前だからと控えめに並盛を頼んで、追加で牛皿の大盛を頼むまでがワンセット。以降何度か同じライジングブレイブシリーズで繰り返されてるシーンでもある。
「その事も知ってたのか。スティーブンから凄い奴だと聞いていたが、本当だったんだな」
「そこまでじゃないですよ」
追加された牛皿を乗せて残った飯をかきこみ、俺が用意していたお茶で一息ついた。本当にあの場面の再現だよな。
「ごちそうさん。牛丼を食ったのは本当に久しぶりだよ」
「あなたに出会えたら食べて欲しいと思っていたメニューですからね。雷牙さんはスティーブンか男爵を訪ねてきたんですか?」
「呼び捨てで構わないぜ。俺も鞍井門って呼ばせて貰う。敬語も必要ない」
「わかった。この町に来たのは魔物対策なのか?」
「ああ。鞍井門が留守にしている時にって事だったが、その意味が少しわからないんだが。何体か魔物を倒してるとは聞いてるが」
そりゃそうだよな。
普通の冒険者の代わりに呼び寄せられるとは思ってもいないだろう。
「塩食いは魔怪種ナメギラスの可能性があった。って、いったら信じるか?」
「……なんで魔怪種ナメギラスの存在を知ってる?」
「詳しい話は俺の家でしないか? 現状を確認というか、情報の共有がしたい」
「スティーブンに呼ばれていたがそっちの話が先だな。案内してもらってもいいのか?」
「少し歩くけどいいか?」
「問題ないさ」
これでしばらくは安心というか、例の竜とか来るなら今来て欲しいね。
今なら絶対に勝てる状況だ。
「厨房を借りてすいませんでした。残りもよかったら使ってください」
「はいよ~。ありがたく使わせて貰うよ」
「ルッツァ達もまたな」
「おう。またな」
本当に雷牙勇慈が存在した。しかもこの感じ、作中の雷牙勇慈と同じだ。
これでこのままこの町に永住してくれればいいんだけどね、この風来坊が。
……あの番組の世界みたいに、魔物がボコボコ出る状況じゃないと無理かな?
読んでいただきましてありがとうございます。




